オフシーズン 2日目 「現役JKによるJKを知るための元JKに贈る課外授業(後編)」
JKの流行を教わる課外授業。彩野は理子とその友達、秀吉明美と共に3人で散策を 始めた。
東の方、”日の出方面”へと足を進める。日は既に沈み始め、向かう方には橙の夕焼けが空に広がる。夕焼けのカーテンがモールを囲うさまも、寄り道しているという背徳感をそそらせる。
ここに入ってきたときには夢中で気づかなかったけど、五木さんの言ってた通り、平日なのに若者であふれてて活気がすごい。店員さんが生き生きとしていて、なんだかあたしも............懐かしいな、あたしも親の電話を無視して友達とクレープ食べながらダベっていたっけ。あの地理の若い先生がイケメンとか部活がだるすぎて行きたくないとか妄想でなんでも仕立て上げちゃうような数だけの恋バナとか、今になってはくだらない、と思える日々を今まさに彼女達は歩んでいるんだよね。大人になって縛られた時間をひたすら歩くだけの生活になってからは......少しだけ羨ましいかも。
「ん、どうしたの明美ちゃん」
どうやら明美さんが五木さんの裾を引っ張ったようだ。彼女は人差し指で、ある店の方を差す。
「理子殿、うぬらの勅命の一つに、あの”固めプリン”も入ってなかろうか」
【かちかち山のイタリアン】。イタリアン専門店を醸し出すその店のスタンド看板には、『インスト映え間違いなし!固めプリン!』と書かれている。
スタンド看板にマーカーで描かれた“固めプリン”らしき画。あたしは一昨日交わした理子との会話を思い出す。
『まず選ぶ基準とし、見た目が大事なんですよ!要は”映え“です!美味しそうで、【インスト映え】して、変わってるものが好かれるポイントかもしれないですね!』
この固めプリン、全身カラメルで固められてて変わりものとしては充分、だからといって無駄な彩色はせず、シンプルなスイーツプリンとしてとても美味しそう……!プリンというよりアラモードみたい。
あたしたちは、惹かれるままにお店へ導かれた。先に入った明美さんが景色の良い窓側の席を取っていたようで、あたしもJK2人の対のチェアに腰をかけた。
高校入りたて、無垢な表情を浮かべながら2人は久々の再会を喜んでいた。久々、というのは高校が始まって2ヶ月、一度も目を合わせずにSNSだけでやりとりをしていたらしい。特に五木さんは明美さんの身なりに驚いていて、
「ヒデちゃん、なんで髪の毛染めちゃったの!?」とその長い髪を手のひらに乗せていた。
とはいえ、その髪の色は普遍な黒。あたしも聞いてみたが、どうやら”ヒデちゃん“は地毛が絵の具で描いたような紺色らしく、ヒデちゃんも
「仕方がなかろう、上の指図がうるさい。うぬもママに持ちかけてはみたのだが、ママも同じ相貌ゆえの経験談を持ち出してきてな。石橋を叩いて渡る、という言葉はうぬには似合わんのだが......」
と渋々と語る。古臭い喋り方のくせにママ呼びなのね。
「そういえばヒデちゃん何部に入ったんだっけ?中学と同じ美術部?」
「理子には口述しておらぬか?断じて伝えてないと確信しておったのだが......と責任追及しても無機質であろう。芸術部だ。」
あたしにはヒデちゃんが一瞬目を逸らしたかのようにもみえたが、真偽は2人にしかわからない。
「芸術?わたしにはよくわからないけど芸術と美術って同じものじゃ......」五木さんの言葉は全て喋らせてもらえず、ヒデちゃんが五木さんのほっぺを左手で押し上げる。
「叶わない話。芸術は美術の深淵......つまり”真理”をおもむろにせむのだぞ。美術は観客的に拝見する者のこころを踊らせる。対の芸術は、他を捨てうぬの全て。否、真理を殴り描く!」
無頓着そうに見えた、いや自分勝手に判断しそう見えてしまったヒデちゃんが小さな口で熱弁する。あとから五木理さんに聞いたが、「叶わない話」はつまり「ありえない話」だという。ヒデちゃんの口癖らしい。
「ほ、ほうはんはへ......」癪に触ったのか、ヒデちゃんの手はしばらくそのままだった。
いつも通りの世間話。学校で起こった話。プリンは来ていないのに、腹がいっぱいになるほど沢山の話を聞いた。話の折を進めていくうちにあたしの口数も増え、いつの間にかあたしは束の間の高校生活を楽しんでいた。
「おまたせしました!こちら、【濃厚カラメルカスタードプリン】となります!」
笑顔が似合うシェフが、その太い腕に皿を乗せ、1皿1皿丁寧に音を立てずに置いていく。
丸く、中央に奥行きがある皿に高くたたずむカラメルプリンの上には、生クリームとイチゴがタワー状に乗せられている。
これを見た五木さんとヒデちゃんは目を大きくし、実物のみで一度、2人の顔を画面の縁に収めもう一度撮影する。
あたしもこれを真似しようとするが、おぼつかない手付きで苦戦していたところを「はいチーズ!」と五木さんが正面からの写真を自らのスマホで撮ってくれた。
肝心のお味は.........
どこから食べてもカラメルが染み込んでいてうまい!ザクッと音がしそうなほど固く付着するカラメルと中の優しい肌触りのプリンのギャップ!......ん〜、病みつきになる!
一口食べるとスプーンが止まらず、つい無口になったあたしに、ヒデちゃんがスプーンを向けながら話しだした。
「そちの”すまほ“、便宜性がいとをかしだ。手帳型の容物を形作っているが、封をしても透明な箇所から時間を容易に確認でき、磁石も塩梅良く機能しており片手での開け閉めもしやすい。」ヒデちゃんは許可を取りマニキュアを塗った手でケースを眺める。
「デザインもいい。うむ、うぬも真似たいものだ。そちの”すまほ“が古い故、同物があるかは懸念点ではあるが......」
ん?「あたしのスマホ、2年前のモノだから......とはいっても、高校時代に比べたらまだいい方よ。高校2年の始まりまで、お姉さんのお下がりガラケー使ってたんだもの......」
五木さんはなぜか申し訳なさそうな顔になる。
「ガラケー......ふむ、年代的に出会い頭にうぬが呟いたあの言葉はあながち間違いではないということか」
「すみません、今日私は一つの蒼い果実を殺めてしまうかもしれません」
ガラケーって5年前までは生産されていて、普及率も高かったのよ?友達間でも”半ガラ“の人が少なくなかったのよ?
「彩野さん、、心の声がダダ漏れです、なんなら心が意識を通り越してます」
ーーー
この後も3人でいくつものグルメ・ショッピングを楽しんだ。
『彩野さーん、【サーティーファイブ】の新作フレーバー!』
『次はこれですこれ、今流行り真っ只中の【トゥンカロン】!』
『ちーずの形をしたちーずけーき.......いとをかしだ。』
『ヒデちゃん、今度はコンビニ!?』
『うぬ。うぬはちーずどっぐたるものを気になっておる』
JKでも大人でも、時間が過ぎるのはあっという間。黒く染まる空が現実を映し出すかのように1日の終わりを告げる。時計の針も7時半を過ぎようとしていた。
「もう7時半か、あまり夜遊びしていたら怒るだろうし、そろそろか〜。」満足し切った顔を浮かべる理子。
「うぬ、うぬも睡眠欲が出てきたところだ」明美は口に手を当て大きなあくびをする。
「それじゃああたし、先生として駅まであなたたちを送るから」彩野が先導して歩こうと前に出たその瞬間、
「まだ一つだけ残ってることがあるでしょう!」と、そのまた前を理子が立ち塞ぐ。理子の後ろを歩くかのように、明美もまた前を歩く。
「そうであろう彩野よ、うぬらJKと言えば、【タピオカ】に尽きるであろう!」
今のJKの生活には、タピオカが付いて回るらしい。
「ということで店に行き至ったのだが相変わらずの行列だのぉ......うぬは花摘みに行きたいのでうぬの分も頼んでおいてくれ。抹茶の気分じゃ」
「あれ、ヒデちゃん抹茶は嫌いじゃなかったけ!?」
「そ、そんな事実はない!うぬはいつでも大人に片足踏み込んでいる!」完全に彩野を意識したチョイスを行う明美。
「大人ぶっちゃって......それじゃあ先生どうします?」颯爽とトイレ探しの旅に出た明美を遠くに、彩野は理子から渡されたメニュー表を人目見て、1番人気の“タピオカミルクティー”を指差した。近寄る店員に、理子は慣れた口調で注文を行う。
「............」
不規則に進んでいく行列。見た感じでは10、いや20人はいる。時間はかかりそうだ。
「....................」
初めての邂逅ではないはずの2人であったが、双方とも会話に持ち出せない、両思いのカップルかのような歪な雰囲気を醸し出していた。
「.........五木さんは、野球に慣れてきた?」年上として、先陣を切り出したのは彩野。
「はい、少しずつですけど守備の方はおかげさまで......打撃は全然ですけど」
「みんな、仲良くできてるのかな?」先生という立場からは簡単に聞けない質問も、理子にぶつける。
「はい......!部活が始まってから、果凛ちゃんと恋ちゃんをはじめとした事件が心配だったんですけど、みんな野球をやるうちに意気投合してきて。輝夜ちゃんがチョコ、特に苦いチョコに目がないことやわたしと同じ初期メンバーの始音ちゃんがお茶が大の苦手だってこと、果凛ちゃんと恋ちゃんの行きつけのスイーツ店が同じ店だったって事とか色々あって。あとは........
「ねぇ五木さん。」遮る形で彩野は質問する。
「あ、はい!」
「森山さん。あの子は大丈夫?あたし、あの子のクラスも現代文も持ってるんだけど、あの子いつも現状に満足していない、何かを変えたい、そんな表情をしているような気がして......」
彩野は時折出会う、部室に向かう時の森山を思い出す。彼女は苦しそうに見えた。
無意識にうつむいてた視線、そこには自分の手を取り両手で握る理子の手が映った。
「はい!あの子、見た目とは裏腹にとてもかわいいんですよ!やっているスマホゲーが一緒だったり、話が合ったりするから話すのが楽しいんですよ!」彼女は天使のような満面の笑みで話してくれた。
杞憂でよかった。ひとときの安心が心を包んだ。
「でもあの子はわたしにいつもハルトってキャラを覚醒しろっていってくるんですよ、わたしの理想のパーティーにはアルベルトを入れたいからその運用を教えてくれっていってるのに!あ、タピオカありがとうございます!」
「な、なるほど......?」とりあえず楽しそうなのはわかった......かも?
ーーー
「ヴッ!なるほど“へびーめたる”で“もなりざ”の味がするのだな......?ヴェッ」
花摘みから戻ってきたヒデちゃんの味覚表現はもちろん分からなかった。ただこれまでに見せなかった苦悶の表情を見るに、相当無理をしているのだろう。抹茶の味も分からないようではまだまだお子様同然だ。
「タピオカ、おいしいですか?」
「うん、すごく!」厳密に言えばいつもとは違う、生徒達と飲むタピオカがうまい。
「しかしそちは安定を求めすぎた故の選択であるからな、うぬのようなちゃれんじゃーには及ばぬゴホッ!ゴホッ!」
とうとうヒデちゃんが蒸せてしまった。彼女を介護しながら、残りの抹茶タピオカは五木さんが戴いた。
「それじゃあ今日はありがとうございました!わたしはあと2分の電車に乗らないと次が遅いんで、また機会があったら!」
咲良駅に着いてすぐに五木さんは改札機を鳴らし、遠くへと行ってしまった。でも、”また“といってくれた。
駅のホーム前、あたしは五木さんを見送るヒデちゃんの方を向く。
「......?ああうぬか、うぬは理子の1つ奥が最寄駅である。同じ中学出身といっても、立地が最の悪であるからな。志茂駅とは違い急行が止まる故、無理に走って乗る必要はないのだよ。」
五木さんの最寄りは咲良駅を一つ下った志茂駅である。今日、口にしてくれたばかりの話だ。
「彩野、先生と言えばよろしいのか?」かしこまった態度を取るヒデちゃん、流石に今までの振る舞いを反省したのか?いや反省しろ。
「理子、彼女はいつも柔らかく、万人を包む優しい性格をしているが、負を抱えている時に顔に出しにくい。先生だというのなら、そんな理子を遠い視点からでもいい、見守ってほしい。”ずっ友“としてのお願いだ。」
”先生だというのなら“という言葉が気がかりだったが、あたしはすぐに「夜遊び仲間として断れないよね」と返す。
「ありがとう、ずっ友としてうぬも次を楽しみにしておるよ。」
「へぇズッ友。ヒデちゃんもかわいいとこあるじゃん?」改札機の前を歩くヒデちゃんは、足を止めず「電車が来る」とだけ言い残し、人混みの中へ消えていった。
無事に送り届けたあたしは駅の出口を抜け、駐車場へと歩く。明日からは中間テスト。忙しくなるぞー!と、背伸びをして自らを戒めた。
バッグの中の携帯が鳴る。マナーモードにし忘れていたのか、SNSの通知みたいだ。
携帯のロック画面、通知の下には3人の満点笑顔が詰まっている。




