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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
27/35

23球目「逃げ場のない」

 三吉女子高ベンチ、監督の生田目は、用意されたパイプ椅子に座ることなく、仁王立ちで試合の行く末を見つめていた。


 輝夜が果凛の元から戻るタイミング、ただ一度も独り言を言わずに口を閉じていた生田目監督が、首に左手を添え、一度首を回す。


「小宮山さん、そうだったんですね...」


 まるで仲間を見つけたかのような意味深な一言。


 マネージャー・ちひろは古くサビのできた勉強机に置いたスコアブックにシャープペンで細かく書き込む。視線は離さずとも、生田目監督の行動は逃さなかった。



---



 一死満塁。二塁ベースに右足を置き、三峰は外野の位置を確認しながら不敵な笑みを浮かべた。


 -智花ちゃんも気づいていました。確かにあの変化球は一筋縄ではいかない。だけどもストレートはスピードガンで80前半と丁度打ち頃。とはいってもさっきのピッチャーといい天才キャッチャーといい、やっぱり克さんはわたしに厳しい試練を与えてくださる!克さん、真耶はまだ貴方のことを...フフフ......


 無意識のうちなのか、三峰の両手に顔が乗る。


 考え事をしている間に、果凛の左手から白球が(ほう)られた。


 1球目、高低のあるナックルカーブが、低く構えた輝夜のミットにアジャスト。


「ストライク!」


 審判のこぶしを握った右腕が上がる。


 あのピッチャーも素人とは違う、何かを感じる。興を感じた三峰の耳に、ベンチにいるはずの武内天音(あやね)の怒号が聞こえた。


「真耶ー!!ちゃんとリードしてよ!!!まーた()()()してたんでしょ!!」


 本職がキャッチャーと言うこともあり、チームでは一番声が大きい。グラウンドに立つ戦女たちは、各々反応を見せる。


「でけーな声!」 恋は思わず口にする。


「果凛ちゃん、ゲッツー狙ってこ!」 理子は頬に汗を垂らしながら声援を送る。


「まぁまぁ天音(あまね)、たまによくあることだから...」 打席の中丸の言葉は、フォローになっていない。


「それにしてもいい変化球投げるよねこの()()は!」


 独り言なのか輝夜に話しかけているのか。中丸、そしてチーム全体の口数が増え、水上ウイングスのムードが盛り上がる。


 輝夜の心の内は、一つの言葉に表せば混沌。試合状況・果凛の違和感・バッターの思惑・守備への指示......,落ち着いて対処を考えてはいたが、一つの紛れもない事実が、大きく輝夜の思考を苦しめていた。


 『あたしは果凛に気圧(けお)された』


 この場面、当初は果凛に委ねるはずだった。しかしながら今はその逆。何が輝夜をそうさせたのか、いまだにわからない。わからないからこそ、輝夜は己の実力不足を感じていた。


 百戦錬磨の輝夜は同時に、その思考一つが試合を大きく左右することもわかっていた。故に一度、負い目は消し去る。輝夜の黒い(まなこ)は、前を向いていた。


 ファースト・サードはスクイズを警戒し浅めの守備、二遊間はセカンドゲッツーを意識して深く守る。外野はセカンドランナーだけは絶対に本塁を踏ませまいとそれぞれの守備位置を確認しあう。


 -さぁ来なよ。


 中丸が無意識に放つ威圧感に連られ、再び果凛の違和感が増した。


 1球目、ベースの真ん中を通るナックルカーブを中丸は見逃す。審判の右手は上がらない。


 一度様子を見たか、ストレート一本に絞っていたか......輝夜は目で一度、中丸の様子をうかがう。


 2球目、遂に中丸が動く。


 果凛の投球に合わせて、中丸がバントの姿勢をとる。


 スクイズ!


 恋、果凛、始音が本塁に駆ける。始音が横目に3塁ランナーの様子を見るが、スタートは切っていない。


 スクイズを読んでいたかのようにピッチアウト(投手が打者のバットの届かない外角に投球することで、攻撃側の盗塁、ヒットエンドラン、スクイズプレイなどを阻止する戦術。)を選択していたバッテリーであったが、中丸は白球を悠々と見逃す。


 -ベンチのサインはストライク球だけに仕掛けるセーフティースクイズ、もしくはバッテリーを揺さぶるための見せ球ならぬ見せバント。カウントは0ストライク2ボール。いよいよこちらが追い込まれたか。次もセーフティースクイズを仕掛ける可能性は低くない、が......!


 輝夜は腹を括り、中丸の膝下でミットを構えた。


 3球目、ナックルカーブを選択したバッテリーの眼前を中丸の全力スイングが空を切り、空振りのストライク。

 

 -さっきのバントは揺さぶりと捉えていいだろう。打者もまだ球を捉えきれてはいない。希望はある!


 4球目、同じコースを要求したするも、球はアウトコースに大きく外れる。


 3ボール、文字通りの絶体絶命。後がない三女バッテリーであったが、2人の目の光は消えてはいない。


 5球目、果凛の変化球は、輝夜のミットへと綺麗に収まりストライク。インコースギリギリ低めを攻めた完璧な球に、中丸は手を出せず。


 思わず中丸は声にならない唸りを口にする。カウントは2ストライク3ボール。次の1球で、決まる。


 勝負の6球目。輝夜のサインは裏を掻くインズバ(インコースへのストレート)。果凛もただただ信じて頷く。


 照り射る日差し、仲間の声援、輝夜ちゃんの言葉......



 守るんじゃない。今は、背負っているの!!!



 果凛の想いが肩、肘、そして指先へ繋がり、今ある渾身のストレートを放つ。



 その時を待っていた



 中丸の眼が獲物を捉えた。念願の直球。果凛の最高のストレートに、中丸も全身全霊を持って、それに応えた。


「ピッチャー!!!」


 金属音とほぼ同時に響く掛け声。自らの顔面に飛んでくる弾丸のような当たりに、果凛は反射で右手を顔に被せる。








『果凛!!!伏せて!!!』








 車の窓から見えた正面から容赦なく襲いかかる逃げ場のない恐怖。大切な家族を奪われた恐怖を思い出したのは、必然か。



「セカンド!」


 一瞬意識が飛んだかのように、果凛は尻もちをついた。自らのグローブ、白球はキャッチしている。


 すぐに立ち上がり、セカンドベース上に立つ理子に腕を振る。ランナー三峰のヘッドスライディングも虚しくゲッツー成立で3つ目のアウトランプを灯した。


「ナイスプレイ果凛!腰は大丈夫?」


「よく取ったよあの打球を!」


 満月や恋を始めとしたチームメイトみんなの祝福が果凛に降りかかる。0点に抑えた代償が果凛が蝕まれていくことを、まだ誰も知る由もない。

 

次回更新は4/19日を予定しており、オフシーズン2日目を更新予定です。

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