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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
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オフシーズン 1日目 「現役JKによるJKを知るための元JKに贈る課外授業(前編)」

オフシーズンとは、簡単に言うと外伝に当たります。本編では描けないような短編を、不定期(大まかなペースとしては本編10球ごと)に更新していきます。

 5月末に行われる定期テスト。その対策に追われるのは、高校生なら誰でも経験した苦く、そして淡い思い出。


「だから早矢華ちゃん、仏教が元になってるのはイスラムじゃなくてヒンドゥー教だって!」

「”仏”って漢字はイとムが入ってるからイスラム教じゃあなかったっけ?あれー?」

「そこ、前にも杏子に指摘されてたとこじゃん!」


「なぁ輝夜、実はうち、数学が大の苦手でさ......アハハ」

「ちひろさん、ここなも文法わかんないから教えてー!」


「あーもう古文わからん、未然形?連体形?あーと、已然、だったっけ?英語はともかく、なんで古文なんか学ばなきゃいけないんだよー果凛ー!」

「な、なんでだろうねー?文部科学省が言ったから?」


 初めての練習試合が近づく三女野球部も例外なく、同じく初めてのテストに追われている。


 教室で学に励む彼女らを横に、ダンボールとプリントを両手で抱える新米公務員が廊下を通る。


 定期テストで追われるのは、テストを作成する教師も同じことなのだ。


「ハァ~!」


 9クラス全ての現代文の講師を務めながら野球部の顧問として働く彩野菜々美も、また頭を抱えていた。


 -新しい校舎で生き生きできるからってこの学校を選んだものの、1年目からすべてのクラスを任せられるわ、外部の教師向けガイダンスに定期的に参加しないといけないわ、ルールも知らない野球部の顧問に就任するわで......まだ野球部はソフィーさんがよく知ってるからいいけど、生田目さんって人は寡黙で波長も合わないし最初の練習試合に中学生を選ぶし......それと最近の学生の流行りがわからないのが一番つらい!あたしも5年前まではJKだったはずなのに!家で調べる時間もないし家からこの学校まで意外と時間もか


「わぁっ!!!」


 白い紙吹雪、ならぬプリントが宙を舞う。ダンボールで前が見えなかったせいか、行き止まりに衝突してしまったみたいだ。


 -この中にはあたしの大切なものが...!


 通りかかる生徒に頭を下げながらプリントを右往左往と集めていると、そこにJKの皮を被った天使が舞い降りた。


「彩野先生、大丈夫ですか?わたしも手伝いますね!」


 天使はそう口にし1枚、プリントをダンボールの上に乗せるとその両膝を地面に落とした。


 その人物は彩野がよく知る人物。野球部初期メンバーの五木理子であった。


 

---



「ありがとう五木さん!お礼に成績表を贔屓(ひいき)、できたらいいんだけどね」


 理子は空いた両手の手のひらを横に振る。


「いえいえそんないいんですよ。あ、あんなに大惨事じゃあ気にもなりますし」


「大惨事!そ、そうだねハハ......」


 返す言葉もない。理子に別れを告げようとした時、ひょんと彩野は尋ねた。


「ねぇ五木さん、もしよかったらイマドキJKのブーム、とかイチオシを教えてほしいんだけど...」


 彩野の言葉に、理子の目が丸くなる。


「先生、【咲良フレッシュモール】に行ったことあります?」


 咲良区。埼玉県の県庁所在地、さいたま市の一つの区ということは知っている。


「【フレッシュモール】はちょうど1年前にできた若者向けの商店街なんですよ?わたし、勉強には癒しも必要だと思うんです。明後日の放課後、中学の友達と【カーラ】の新作を食べに少し寄っていくつもりなんですけど、よかったら先生もいきませんか?」


 -明後日か。テスト2日前だけど明日の予定を詰めれば何とかなりそうだし、これも大人の勉強の一環!


 彩野は二つ返事で返答し、理子とJKブームの予習を始めるのであった。



---



 翌日の午後8時。なんとかノルマは達成した!


 机を外す前に改めて確認。問題用紙、答案用紙、各問題のポイントをノートにメモ......よし!


「アヤノサーングットワークデース!”リョクチャ”、注イデオキマスネ!」


 そう挨拶をすまし、カップに注いでくれるのはソフィー先生。意外にも、ソフィー先生が生まれ育った家庭ではお茶がこのまれていたんだとか。


「遅くまでお疲れソフィー。あたしはくたくただよー......」


 ソフィーの緑茶は厳選モノらしく、喉に通すと一気に体の力が抜ける。


「ソウナンデスカ?ワタシ、ニハ(タノ)シソウニミエマスネ?」


「明日は今日頑張った分早く帰るからねー。豪遊しますよ、ゴウユウ」


()()()()(タノ)シソウデスネ!デハワタシ、モモウ(すこ)シダケガンバリマスネー!アト、今週ノ”スポサイ”置イテイクデスネ!」


 いつもソフィーは笑顔でふるまってくれるが、彼女はおそらくあたしの倍は大変。毎日欠かさず野球部に顔を出して、5組の担任も請け負って、5クラス分の英語の担当。あー、ソフィーも気晴らしに誘えばよかったかな。でも、あんな美人なオランダ人がいきなり来たら五木さんの友達、困っちゃうだろうなー!


 ......あ、一応”スポ埼”、スポーツ埼玉新聞の女子野球面にも目を通しておくか。確かこのページ。


 へぇ、鳴水杯(なりみずはい)決勝は坂辺(さかのべ)を下して河原女子(かわはらじょし)が優勝か。鳴水杯、今年は忙しくて参加できなかったって言ってたけど生田目さんがいる限りは参加権利はあるんだもんね。来年はどうなるのやら......


 そうこう考え事をし腕時計を見ると、針は既に8時半を回っていた。あたしは急いで机に残る先生方に挨拶を交わす。この時間は高速道路が混む。その予想は的中し、自らの家に到着した時にはすでに11時を回っていた。


 明日に向けて英気を養おう。風呂と少しばかりの夜食を済ませ、早々に床に着いた。



---



 終業のチャイムが鳴り響く。6時間目の授業を終えた彩野はほかの職員に早めの礼を行い、車のエンジンを点けた。


 さいたま市咲良区。厳密には中央区との境界線を跨ぐのがあの咲良フレッシュモール。電車だと......三吉(みよし)駅から市営のバスで有馬三吉(ありまみよし)に向かい、そこから出ている東武大京(とうぶだいきょう)線を河原(かわはら)方面へ15分ほどで咲良(さくら)駅に到着ってところね。


 モールの駐車場まであっという間に車を進めた彩野はその赤い車を縁石に付け、時刻を確認する。


 -時間は4時半。集合時刻は確か......5時だったはず。そういえばしばらくまともに寝れてなかったしまぁ、アラームかけておけば起きれるでしょ......


  スマホが女子席に投げられる。深く、静かな寝息を立てる彩野の腕の針は、刻一刻と約束の時へ近づいていた。



「あっ!」


 スマホのアラームで意識を取り戻す。あれからどれくらい経っただろうか。眠気がすっかり取れ、満足な起床を迎えた彩野であった。


 が、逆に満足な起床を迎えたことが、彩野の焦燥感を駆り立てた。彩野は恐る恐る携帯画面で時刻を確認する。


 -やっぱり!


 5:27、約束の時間の30分を過ぎようとしていたのだ。焦り焦って周りが見えなくなる彩野。車のカギを閉め、全速力で駆ける彼女を目で追う者もいた。その人物は三女の制服を纏い、代名詞でもある一眼レフを首に下げていた。


「おや、あれは...」


 一瞬、カメラを握るもその手をすぐ放す。プライベートまでもレフに収めるのは2流のやることなのだ。


 人間で造られた人間迷路を呼吸を乱しながら走る彩野。先生の身としてだらしない、まずは謝らなければ。そう考えながら遂に集合場所の”中央噴水広場”へ到着した。


「あっ、彩野さーん!こっちです!」


 Yシャツ姿で大きく手を振る理子の姿が目に映る。その隣では三女とはまた違う、別の制服姿の女の子がスマホをバッグにしまう。


「ご、ごめん、ごめんね五木さん」


 彩野の手が膝を支える。切れ切れの声で何度も理子に頭を下げる。


「そ、そんなに頭を下げないでください!6時間目まで授業があったのにこの時間に指定したわたしが悪いので!」


 -......これは口が裂けても寝てて遅れたなんて言えないな。


「そんなことはないよ五木さん!」そんな2人をじっと見つめるもう一人の方に視線を向ける。


「彼女が五木さんの友達?」


「はい!わたしたち中学からずっと食べ歩きやファッションを見るのが趣味で」

 

 理子がそう紹介すると、友達の小さな口が開く。


「驚いた。本当におb、大人のお姉さんが来てしまうとは」


「二度目はないぞ小娘」彩野の暗黒微笑が友達を睨む。


「こころ苦しい、いや本当にこころ苦しいと思ってるようぬは。うぬはいつも素直ゆえ、よく失言してしまうのだ。うぬは梅村女子(うめむらじょし)高等学校1年の秀吉 明美だ。【ヒデの明美ちゃん】とでも呼んでくれ。それにしてもそちの服装、(まこと)に教師か?ふりふりとした”ぶらうす”、さらさらとした”すかあと”。うぬの高校ではらしからぬ光景であるが」


 彩野もいつもこの服装をしてるわけではない。日頃は黒いスーツを身に纏う彼女であるが、プライベートな時間にまでそれを継ぐのはまた違う。マイペースで口が止まらない明美に、理子は苦笑いを浮かべる。


「ごめんなさい、かなり個性がある子なんです...」


 今日の授業は、一筋縄ではいかなそうだ。

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