20球目「信頼と心配」
「監督、水上ウイングスとはどんなチームなのですか?打撃が強い、とか堅実なスタイル、とか......」
ここまで順調に来ている、いや出来すぎている。マネージャーである金子ちひろはスコアブックにシャーペンを走らせながら、思わず生田目監督に問いかけた。
「...そうですね、彼女達は......
監督は一塁側ベンチを見つめ、5秒ほど沈黙する。
「対応力......ですかね。経験を重ねながら強くなっていくのです。」
そう呟いた途端であった。
2アウト、4番・三峰が放った打球は右中間のど真ん中に落ちる。ライトを守る松野がボールの処理にあたふたとしている間に、三峰は2塁へと滑りこんだ。
そして次の打者、5番・斎藤も甘い直球を捉え、センターに鋭く飛ばす。
2アウト1・3塁。見せてやろうと言わんばかりの連撃で、バッテリーを追い詰めた。
「6番、レフト中丸さん。」
放送席を借りた、水上ウイングスのマネージャーの声が響く......
ーーー
第5回茨城県中学硬球女子野球で見事準優勝に輝いた水上ウイングス。計5回の試合を行なったが、そのうちの全てでチームは逆転勝利を果たしていた。
6番に身を置く中丸は、準決勝に駒を進めた試合で、サヨナラタイムリーを放った言わば勝負師。
両陣営にとっても、ここが台風の目。
中丸が1回、2回と素振りしたタイミングで、芥川の右手が挙がった。タイムの合図である。
「ボールの質は良い。だけどコースがだんだんと高くなってきてるから、最後まで腕をしならせ振り切るように。あとは......五木さんと林さん」
「このバッターは左打ちだけど見た感じのスイングと、今日の結果がファーストゴロと引っ張り気味だから、いつもより2歩、左に寄って守って。投球はアウトコースを攻めるつもりだから、特に五木さんは寄りながらも三遊間も視野に入れて欲しい。そして分かってると思うけど本間さんも........
芥川の熱く、冷静な指示はチームにとって、大きな原動力となっていた。
『恋...腰が高い。もっと膝を曲げてしなやかに』
『五木さんは基本がしっかりできてるからセンターラインを任せられる。林さんも同じ』
『本間さんの力強いスイングなら、クリーンナップでいけそうだね』
『満月、明日は絶対に、勝って最高のスタートを切ろう』
芥川に認められたい。
彼女の前向きな言葉に導かれ、チームは彼女に絶対的信頼を置いていた。一人、小宮山を除いては......
島内の掛け声で内野陣が散り、審判のプレイボールが告げられる。
勝負は、一球目で喫した。
バッテリーが選択したのは、インコース低めのスライダー。特徴を分かっていながらのあえてのチョイスであった。
(自分の思考が読まれれば、バッターも外に対応してくるかもしれない。そうならないように、ボールを散らしながら、最後は外で勝負!)
芥川の思考とは裏原に、中丸は初球からバットをたたみ、鋭く落ちる白球を捉えた。
「セカンド!」
一二塁間に鋭く低いゴロを放つ。地を這いずる打球を、林はギリギリの守備範囲でグラブが追いつく。ボールはグラブから取りこぼれてしまうが、焦らず右手でボールを掴み、ファーストへストライク送球で締めた。
「っしゃああああああ!!!!」
マウンド上の島内は下を向き、思わず叫ぶ。
4回裏。三女のシフトが見事に刺さり、スコアボードに0の数字を連ねた。
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ピッチャーとして、なんとか山場を乗り越えた。息を整えながらベンチに戻ると、ちひろが黄色いコップを手に、「ナイスピッチング!」と掛けてくれる。
9人、いや10人全員が色で識別できるよう、わたしたちは文字通り十人十色のコップを使い、水分補給を行っている。わたしは名前が満月だから、との理由で黄色。例えば芥川さんはグローブの色から黒、理子は好きなプロ球団のイメージカラーから緑、などなど......
「...お疲れ満月ちゃ~ん、よかったよアウトにできて~」
今にも溶けそうな声で話すのは、飲み干した黄緑色のコップを手にした杏子。
「いや、よく実践しょっぱなにあの球を捌けたなと思うよわたしは、その前にはゲッツーも決めてるわけだしさ」
「あれは理子ちゃんも誉めてあげてよ~、みんなで朝一から守備練を頑張った日々が報われたって気持ちと焦りの余韻で頭がトロトロだよ~」
頭はトロトロ、体はガチガチであった杏子だったが、そんな彼女がアウトにできたのも、芥川さんの適切かつ冷静なアドバイスのおかげであろう。芥川さんがいなかったら......と、改めて思う。そして---2人が見つめる視線の先。理子、とハイタッチする始音のプライズが---
***
「おはよう満月ちゃん!朝早く呼び出してどうしたの?」
4月下旬の朝6時半ぴったり。果凛が時間通りに三吉駅に到着する。いつもより1時間半も早い集合であった。
「おはよー、さてわたしはなぜこの時間に果凛を呼んだと思う?」
果凛は腕を組み、思慮深く考える。
「い”た”っ”!”!”」
目を閉じていたため気づかなかったのか、電灯に頭から当たり、果凛のおでこに赤いデキモノが。
「ぷふ、あははははは!!!」
思わず笑ってしまうわたしに、果凛はその赤い顔の目を細くし、答を促す。
「うぅ......で、どうなの満月ちゃん」
「うちって、ほら、朝練の文化がないでしょ?先生は何も言わないし、一部の連中はその気もないし。だからわたしたちで直々に朝練の要請とそのメニューを考えようってこと!だからそのために......
桜がとっくに散り、緑が付き始めた一本道。まだ日が昇り始めて眩しい校門。話を進めているいつの間に、グラウンドに到着していたようだ。
先に覗いた果凛が、テストを自慢したい子供のような目で満月の手を引っ張る。「ほら!」
ティースタンドから打球を放つジャージ姿の始音。同じくジャージ姿で追いかけるアンリコ。わたしにはその光景が、陽も合わさってとても眩しく見えた。
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「よし、ラスト!」かすれ気味の始音の声が、グラウンドに響く。エラーしたボールを集めよう。体で息をする理子が後ろを向くと、そこには白球が詰められたカゴを手にする満月の姿があった。
「はい、お疲れさま」その言葉と共に自販機で買ったスポドリを放る。驚いた表情でグローブでペットボトルを掴んだ理子に、今か今かと待ち望んだ表情でわたしは訊いた。
「いつからやってたん?......あ、それ飲んでからでいいよ!」
一度うなずくと、理子は封を開け一回、そしてもう一回喉に流してから話し始めた。
「部活動が始まって3日目からなの。その前の日、ポジション適正練習?みたいなのをやって、私、なにもできないんだなって......」
「林さんや本間さんも同じ思いで。しがみつきたい一心で、やってたんだよね。でも、それでも未だに......」
理子は籠に詰められたボールの群を見つめる。辛そうな表情を浮かべた理子、そして果凛からボトルを受け取った杏子も下を向く。
掛ける言葉に迷った。3人が朝練を始めて10日ほど。その間に何もしなかった自分がどうすればいいか、未熟なわたしにはわからなかった。
「だーかーらーわたしたちはここにいる!!!」
かすれながらも力強い。左手にボトル、右手にバットを持ちながら始音が声をかける。
「わたしは今までバレーやバスケ・水泳とか、たくさんのスポーツに挑戦してきた!でも、最後に戦っているのはいつも自分よりすごい人ばかり。練習あるのみ、練習は裏切らない!と、わたしは証明したいから今ここで頑張ってる!2人だって、同じでしょ?」
始音が両腕で杏子と理子を包み、笑う。その背後から照らす太陽が、やけに印象的だった。
理子は小さな声で「うん」、と呟き、杏子の目頭は赤くなる。
「こっちも拾い終わったよー!ここ最近雨は降ってないはずなのに水たまりがあって、ちょっとてこずっちゃった!...あ、あれ、林さんな、泣いてる?さ、さっき何かしちゃった?」
駆け寄る果凛にわずかに首を横に振る杏子を右腕に、朝の会の準備だー!と、始音と4人は、校舎の方へと足を進めるのであった。




