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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
22/35

19球目「新童級のノビ」

......まさ...


「森山さん!」


「守備!守備の時間ですよ!」


 ああ、もう終わったのか。


 ベンチに座るとふと気が抜けて寝てしまっていた。


 スコアボードには...1!?ここなのチームが点を取ったのか.....


「いやー、でもあの鈍い金属音でショートの頭越えるなんてなー!」


 本間さんの声がする。そういえば試合前に話してたっけ。芥川さんの防具の装着はベンチから近いサードとショートで手伝うって。


「それに比べてどっかの脳筋スイングマンは初球から振ってボテボテのサードゴロ。せめてわたしぐらいは粘ってくれればいいのに。なぁ理子?」


「最初の実戦だし緊張してたんだよ、うん、そうに違いない!実際、私もよく送りバントを決めたなと思ってるよ。ほら、今も喜びで手が震えてるし」


「震えてるせいかそっちのプロテクター付けるの遅いじゃん!」


 やっぱ “天才” が点を取ったのか。


 森山は重い腰を上げ、松野に急かされながら自分の守備位置へと走って行った。


 

---



 [水上ウイングスベンチ]



「はい、ちゃんと飲んでから打席に行ってよ。ちゃんよあんたの好きな緑茶を持ってきたんだから」


 淡々と準備を進めていた三峰の視線が、バッテリーである武内の右手に向く。天気予報では28℃と報じられており、日の光がグラウンドを射す。


 忘れてた、と三峰はすぐさまコップを受け取りグイグイと喉に流した。


「赤田も言ってたよ。ありゃ打者がすごいだけだって。コースも悪くない、1発目のシュートであんな打ち方されちゃあ誰も真耶(まや)を責められないよ。」


 最後の一口を飲み干し、ありがとう、とコップを返す。


「大丈夫、奇跡の準優勝を果たしたチームが逆転してくれると思って真耶は投げるから。ここからは、全力で行くよ...フフフ...!」


 フフフ、と笑うのは興奮している時だけ。この試合、真耶を動かすモノはいくつもあるだろうけど、それが真耶のためになるだろう、とわたしも、石山監督も願ってるよ。



---



 2回表


 人にはその幅に大小はあるものの、【調子の波】があると言われている。


 投球練習を行う島内は、自分が今、波の最高潮に立っていると感じていた。


『投手を続けるに当たって、波のコントロールを行う。行えないにしても自分の波の位置を把握するのは大切なこと。』


 部活が始まってから今に至るまで、芥川さんには大きく分けて2つ、教えられた。そのうちの1つがこの【波のコントロール】である。


 調子の波を知るにはまず、自分を知る事。そのためにはひたすらミットへ投げ込むのが一番であった。


 疲労の蓄積度・日時のサイクル・天気・ルーティーン......


 芥川さんの投手に対する理解度は尋常ではなかった。


 その芥川さんによると、今日の球は “90点” 。太鼓判を押してくれた。


 そしてもう1つは.....



「ストライーク!」


 三峰は振るどころか、身体をのけ反っていた。


 これを見た水上ウイングスの新監督、石山はとっさに選手に『スピードガン!』と指示する。


「ナイスボール!」


 島内へと返球する芥川の口角は僅かに上がっていた。


 2球目、3球目と直球はコースを外れ2ボール1ストライク。


 4球目は低めを抉るスライダーで三峰の空振りを取りカウントは2-2。


「監督、スピードガンの準備OKです!」


「よし、しっかり計測頼むぞ!」


 まさかここでスピードガンを使う事になるとは。とはいえあちらの監督は生田目さんだから、怪物を生み出していてもおかしくはないんだけどね......


 石山はまじまじと島内の様子を伺う。


 島内は一つ頷くと、左足を下げる。


『私はアマチュアで1年、中学クラブで3年、女子野球というものと向き合ってきましたが......私の推測上では......


 監督の一言を思い出す。


 大きく前に踏み出した左足に全体重を乗せ、高く伸ばした右腕から白球を放つ。


 芥川さんが教えてくれたもう1つのこと、それは私の個性であり、大きな武器...!


『あなたの球のノビ......新童モアを思い出しますね。』


 歪みない直線を描く白球は、黒い芥川のミットに収まる。


 三峰のバットは、宙を振り抜いた。


「ストライクバッターアウト!」


 審判の右腕が上がり、島内はついガッツポーズを浮かべる。


「スピードは!?」


 汗を浮かべる石山監督に選手も応える。


「97キロです!...えっ」


「97!?あの球...せめて105はあるだろう!」


 水上ウイングスのエース、三峰真耶の最高球速が104キロである。石山、いや誰の目にもそれよりも早く見え、威力を感じた。


 それを身近で感じた三峰は、大きな衝撃を受けていた。


「......あれは攻略が難しいな。」


 石山監督は、ベンチに帰ってきた三峰に呟いた。


「...真耶、撃ち抜かれたかもしれません。フフフ...」


 意味深にも感じる一言に、そうか、と言葉を返した。



---



 三吉女子高校と水上ウイングスの練習試合は、三峰と島内による熾烈な投手戦と化した。


 三峰の投球術に三女ナインは苦しめられ、水上ナインも島内にあと一歩という所で点を奪えずにいた。



 そんな中、4回表。三女に綻びが生まれる。


「あっ!やべっ!」


 2番則本の打ったサードゴロを、本間が処理に手こずり記録はサードのエラー。不穏な空気を漂わせたノーアウト1塁となった。


「ごめん満月(みづき)、次は任せてよ。」


「言ったな?お願いね始音(しおん)!」


 少し弱気になる本間を励まし、3番赤田を迎える。


 赤田は三峰と共に茨城選抜に選ばれた、攻走守揃ったチームの要。あいつなら均衡を打破してくれる!


 石山監督は願いをこめての ”ノーサイン“ 。


 島内は一塁ランナーに一度牽制を入れ、考える時間は与えまいとすぐさま投げこむ。


 甘い!


 芥川が気付いた時には赤田の打球は鋭く島内の右横を貫いていた。


 やばい!


 島内は振り向き打球の行方を確認すると、ヘッドスライディングでグローブの先に打球を捕まえた五木の姿が見えた。


 五木はすぐさま膝立ちで2塁ベースに立つ林へトスで繋ぎ、林も慣れない手つきながらも1塁へ投げる。


 その送球は、馬原の胸に届き、審判のアウトの声が鳴り響く。三吉女子高校野球部初めてのゲッツー達成に、グラウンドは大きく湧いた。



---



「......ナイスショットあたし!」


 グラウンドの隅、大きなサクラの木の影。木漏れ日に照らされた三女の制服姿の少女が一眼レフから目を離した。

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