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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
21/35

18球目 「敵わねぇ」

3番本間が水上ウイングス・ショート赤田のファインプレーで倒れるも、状況は2アウト3塁。ヒットが出れば先制点は必至というこの場面でバッターボックスへ向かうのは、チームの大黒柱である芥川 輝夜(あくたがわ かぐや)


ネクストサークルで片膝を地面に付けて座る馬原は、芥川の野球センスを人一倍評価していた。


馬原はバッティングにそれなりの自信を持っていた。しかし、芥川は自分の数段上を行く。直角に流れ落ちる滝の上を拝むかのような、大きな差であり、そして大きな信頼感。


彼女ならやってくれるであろう。その気持ちは、馬原だけではなく、チーム全員が同じであった。



芥川の大きな信頼感は、ピッチャーの三峰(みつみね)も別の形で読み取っていた。


『この人だけは明らかに雰囲気が違う。ミスは許されない......真耶(まや)の全てを以ってこのバッターを封じこんであげます!』


気持ちでは負けない。


キャッチャー武内のサインに頷き、構えたミットへと投げこんだ。


1球目、芥川は振る素ぶりを全く見せず、アウトローへのストレートが決まる。主審の右手が上がり、ストライクを宣告される。


不気味だ。打席の芥川は刹那も見逃さず、ピッチャーの三峰から目を離さない。


2球目、3球目と続けてアウトコース攻めを仕掛けた三峰であったが、一つは逆玉(投球が反対のコースへと行ってしまうこと)、一つは大きく外へ外れ2ボール1ストライク。いわゆるバッティングカウントとなった。


4球目、キャッチャー武内が出したサインは「インコース低めへのスライダー」。三峰のウイニングショットである。



予め情報としては聞いていました。三吉女子にはプロスペクトのキャッチャーがいると。


シニアの世界では珍しい女性キャッチャー。度々動画にも上がっていたため、野球での身ぶり素ぶりは一通り確認できました。


幅広い対応力・閃光の如く鋭いスイング・一直線にランナーを刺す強肩。


この人だけは抑えるのに一苦労するであろう、だからこそ真耶は “たけっち” と策を練りました。


「“あの球” はスペシャルコースにする」


だからここは、1番の決め球で2ストライクへと追い込む。策としては上々!あとは真耶がミスをしないかどうか!



4球目、一度三塁へと牽制を行い、気持ちを整えた後の投球。


よし、いいコースだ。これなら空振りコー......!?


捕球しようと試みた武内の顔前から、白球が消えた。


鮮やかな弧を描いた芥川の打球は、惜しくもファウルゾーンへと吸い込まれる。


フェアゾーンに入っていれば、朝に設置したフェンスならぬネット直撃の長打になっていただろう。


三女ベンチからは、ため息が漏れる。


思っていた通りだ。事前にデータを見ておいてよかった...!でも次の球で終わりだよ.....フフフ...!


マウンドの上で三峰が白球を見つめながら微笑む。


三塁ベース上に居る小宮山は、三峰を【満月ちゃんと同じ】と分析していたが、それは間違いである。


それは、三峰の投げようとしている隠し球こそが “ウイニングショット” であるからだ。


三峰 真耶のストレートは平凡な球威、そしてスライダーもこれと言った変哲のない変化球。それでも県大会準優勝投手となったのは、この変化球の存在が大きかった。


5球目。三峰はいつもより長めに、左足を上げる。おおきく振りかぶって、右腕を振り下げる。


三峰の白球が右手を離れてから刹那、芥川は違和感に気づく。


ストレートの回転でもない、かと言ってスライダーのようにボールを抜いた軌道でもない。これは......“シュート” !


バットを振った芥川の腕が伸びきり、下半身で踏ん張る。ギリギリ外に外れたシュートボールを、バットの芯を外した先っぽで捉える。


鈍った金属音を聞いた瞬間、武内は勝利を確信した。打球はショート赤田の5m後ろほどであろうか。女性の力では先っぽに当ててしまったらこんなものだ。


打った芥川、そしてネクストサークルの馬原も確信していた。しかしその確信は、【打球は絶対に落ちる】という確信である。



***



部活が始まってから1週間ほどしてから、ブランクを埋めたいと、馬原は三吉市にあるバッティングセンターに通うことにした。


クラブのユニフォームを着た小学生・ジャージ姿の大学生・カップル...腕試しに球速100kmの打席が空いているか確認するも、先着がいたため休憩所でスマホと取り出す。しばらくして、一人の大学生ぐらいの男が打ちおわり、扉を開けた。


「おつかれー山ちゃん!カッコよかったよ!」


カップルか....


「はー傷つくよほんと。」


「え、山ちゃん怪我した!?ならここの社長でも呼んで訴えないと!」


「そういうことじゃねぇよ!......俺の右で打っていたあの女、めっちゃ打つからやる気失くしちゃってよー!」


女?他校の奴か...?


球速120km、女性でも稀に見る高速球で売り続けていたのは、芥川 輝夜であった。芥川は、120kmの球の殆どを芯で捉え、レフト方向へ流していた。よく見たらベースから大きく離れている。つまり、アウトコースギリギリを流す練習をしていたのだ。


時計は9時を回っていた。ただの気まぐれで来てみたが、以外な先客が来ていたものだ。


いつの間に魅入ったのか、馬原はすぐ後ろでじっと見つめていた。


打席が終わると芥川もさすがに気づいたのか、目を一瞬大きく開く。しかしすぐに平穏を取り戻し、汗をタオルで拭き、冷静を装う。


「......来たんだ。」


先に声をかけたのは、右手で汗を拭う芥川。


「あんたこそ、いつから通ってんの?」


「......3年前から。」


ただ必要な情報だけを話す。野球の練習以外の芥川がこうなのは、同じクラスメイトとして日常を過ごしている馬原は知っている。


「......ずっと120kmで打ってたのか?」


「......」


タオルを置くと、芥川は淡々と語る。


「アメリカでは120kmを投げる女子ピッチャーなんて珍しくないから。」


「アメリカ?え、お前まさかメジャー志望?」


「なわけないじゃん。話してなかったっけ。あたし、帰国子女なんだよね。この辺に引っ越してきたのも中1の時。父が出張多くて。その度に振り回されてたの。いろんなところに行ったよ、パリ・ローマ・アムステルダム・デトロイト......」


「疲れてるからかな、少し話しすぎた。ごめん邪魔した。あたしはこれで帰るから。」


......驚いた。驚いて声も出ない。こんな ”ガチ“ な奴が身近にいたのかよ......!


話を済ませて帰ろうと馬原の横を通りかかろうとした芥川を、馬原の右手が止めた。


......敵わねぇ。今は。


「なぁ、混ぜてくれよ。あたしもその特訓に!」


人に頼むのは好きではなかった。だけど、こいつと一緒にいれば、あたしは成長できるはず!!!そしていつかは......!


「......次は早く終われば木曜日の放課後来るつもりだけど、まぁ来るなら来てもいいよ。」



2人だけの秘密の特訓。...のはずだったが、どこで噂が広まったのか、練習試合までには日替わりで三女ナインが来るようになっていた。家事が忙しく、時間がない五木と、ここなを除いては......



***



だからわかってるんだよ、芥川輝夜はやる女だって!この馬原 恋が認めた女だって!


「落ちろー!!!」


馬原は叫んでいた。


そして、その声は届く。


芥川の打球は伸びに伸び、打球を追うショート赤田の後ろに落ちた。


先制のタイムリーは、頼れる4番のバットの一振りが決めた。



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