16球目 「似てる」
(左から、打順、ポジション、名前、投げ打ちの利き手となります)
先攻 水上ウイングス
1 三 増田 右右
2 右 則本 左左
3 遊 赤田 右左
4 投 三峰 右右
5 一 斎藤 右右
6 左 中丸 右左
7 捕 武内 右右
8 中 小野 左左
9 ニ 鈴木 右右
後攻 三吉女子高等学校
1 中 小宮山 左左
2 遊 五木 右右
3 三 本間 右右
4 捕 芥川 右左
5 一 馬原 右右
6 投 島内 右右
7 右 松野 右右
8 左 森山 左左
9 ニ 林 右右
ーーー
双方のチームのシートノック(試合直前に行う、実践を大きく意識したノック)の後、島内と水上ウイングスのキャプテン・三峰 真耶がメンバー表交換と先攻か後攻かを決めるためのじゃんけんを行う。
この日まで、三女野球部のキャプテンとなるような役目は島内・小宮山・芥川の3人で分担してきた。試合中のキャプテンの役目は、『先攻後攻は先発である島内さんが決めてこい』という芥川の配慮により、島内が担っていた。
島内が相手のメンバー表を手に持ち、笑顔でベンチに戻ってくる。
「後攻ー!じゃんけん勝った!」
”勝った“。この何気ない一言で、チームの雰囲気は多少とは言えど良くなるものである。後攻と分かった瞬間、最初は守備のため、芥川はキャッチャー道具を足から順に付けていく。
「なんで後攻にしたん?」
チームの雰囲気に流され、多少の笑みを浮かべながら芥川は島内に問う。島内から出た言葉は、意外なものであった。
「わたしの打順はすぐじゃないし、先に点を入れてくれたら気持ちも楽にマウンドに行けるからね。それとーーー
『サヨナラ勝ちは後攻の特権だからね!』」
最後まで諦めず闘志を燃やす、それが島内の魅力なんだ。
初めての試合ではあるが、芥川は直感で理解できた。
「...あと....」
島内は仁王立ちしている生田目監督へ小声をかける。
「相手のキャプテンが監督によろしくって言ってたんですけど......それもかなり不気味な笑顔でしたよあれは」
生田目監督は首を一回、また一回と回し、ため息をついた。
「......あの人はほんと......」
島内は違和感を見逃さない。
「あの人って、相手の人と知り合いかなんかですか?」
「え、ええ、あのチーム......去年まで私が監督をやっていたんですよ。」
衝撃の事実を聞いた島内の耳が思わず飛び跳ねる。
「え、いやなんでそんな大事な事今まで黙ってたんですか!?」
「別に言うほどでもなかったと思ってたので......言いにくい事でもありましたし」
「じゃああのチームの選手は監督をよく思ってないんじゃ」
「いえ、私が教員免許を取得するまで監督として勉強をしに来たとチームには言ってあるので。それよりもむしろ......」
「まさか、好かれちゃってる......」
また一回、首を回す。
「ええ、特にキャプテンの三峰さんには何回も告白されたくらいには......もちろん断り続けました」
「えええええええええええ!!!!!」
グラウンドに島内の驚きの声が響き渡る。
「どうしたんだよ満月......」
素振りをしていた馬原を始め、チームメイトは島内の声に驚き、あきれ返っていた。
ーーー
試合の時間になり、それぞれの選手がベンチの前に一列に並んでいた。
バックネット付近には、青い服を着た中年男、おそらく主審(ホームベースで判定を行う審判)をやるであろう審判の方と、水上ウイングスのジャージを袖に通した3名の選手が並んでいた。審判は水上ウイングスから出してくれるらしい。
主審の「集合!」の掛け声に、ホームベースからマウンドへ一直線に並んだ。
改めてキャプテン同士、島内と三峰が握手を交わし、ついに試合が始まる。
“よろしくお願いします!!!”
試合開始の合図と共に、遂に戦いの火蓋が切られた。
ーーー
1回表
挨拶が終わると三女ナインはそれぞれのポジションへ散っていく。
監督室から見ていた彩野先生、ソフィー先生はまだ1、2歳の子供を見つめるかのように心配していたが、その心配とは裏腹に、バッテリーはたった8球、3人でピシャリと抑えた。
スライダーがキテた。1番・増田を外のスライダーで空振り三振にすると、2番・則本は初球を振らせ、詰まったボールはサードゴロに。本間の危うい守備があったが、これで無事に2アウト。次の3番・赤田への3球目、内に放ったストレートを捉えられたが......
ライトの松野の足が止まり、ライトフライに。
中学生相手とはいえ準優勝チームを相手に、島内満月は好スタートを切った。
対する、ネクストサークル(ベンチとバックネットの間にある、次の打者が準備するための円)で待機していた4番でエースの三峰真耶は、ベンチメンバーにグローブと帽子を貰うと、三吉女子高校のベンチで選手に声をかけている生田目に目をやり、口を動かしていた。
ア・イ・シ・テ・マ・ス・ヨ
ーーー
1回裏
1番・小宮山は投球練習で見た三峰のピッチングから、頭で戦略を練っていた。
球の速さはそこそこ、変化球はまだ投げていない。1番バッターの役目である、球数を投げさせて相手の引き出しを開けさせること、しっかり果たしていこう。
そう考えながら、左打席に入る。
左足で足場を作り、姿勢を低く構える小宮山に、間髪を入れず、三峰は次々を投げてきた。
1球目、様子を見るかのようなアウト低めの直球。ボール。
2球目、同じコースに要求したのか、同じく低めの直球。ストライク。
3球目、少し抜けたのか高めに浮いたスライダー。初めての変化球である。しかしこれがストライクとなる。
追いこまれた。さてどうするーーー
4球目、テンポよく投げる三峰の直球は、インコース低めに構えたキャッチャーのミットに収まる。
やばい、これはーーー
「ボール!」
僅かにインコースに逸れたのか。小宮山は思わずホッとする。しかし、キャッチャーからの返球を捕る三峰の顔は、依然微笑んでいた。
2ボール2ストライク。インコースに投げたから、次はアウトコースのストレート、いやスライダー?
頭の中で悩みに悩んで出た小宮山の結論は一つであった。
とにかく粘る!!!
三峰も頭の中で小宮山をどう抑えるか考えていた。
真耶には分かりますよ。その低いバッティングフォーム.....低め...特にアウトコース低めを打ち返すのが得意なんでしょう?ならば意表をついたこの球で!
この思考は、一般的な相手なら凄く有効であり、よくてファール、大抵は驚いて空振りしてしまうのだろう。しかし ”あること“に気づいた小宮山には、結果的に悪手となってしまう。
この配球、満月ちゃんに似てる......!強気な満月ちゃんに......ならば次は!
小宮山のバットは、インコース高めにきたスライダーを、迷いなしに振り抜いていた。
「ファースト!」
キャッチャーの指示も敵わず、鋭いゴロはファーストとセカンドの間を抜ける。
チームとして最初の打席にして、小宮山は見事初ヒットを成し遂げた。
「すごいよ果凛ちゃん!」
1塁コーチャーに着いていた林が思わず声をかける。
「よかった〜!」
1番として指名された事への重圧、それを跳ね返した果凛は心から安堵していた。
しかし勝負はここからである。
一瞬の安堵の後、小宮山はすぐにサインを待つのであった。
2番五木はサイン通りにサード方向への送りバントを決める。パワーが人より劣る五木は、送りバントを特に日頃から練習しており、その成果が発揮された。
そして1アウト2塁、三女はチャンスを迎える。
打席に向かうのは、未経験で唯一クリーンナップ(3番から5番の、ランナーをホームに返す期待度が高い打順)に指名された、本間始音であった。