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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
17/35

14球目 「マサさん」

部活が終わり、人の気配が完全に途絶え、グラウンドの照明の電源も落とされる。


そんな中、野球部のバックネット裏に建てられている「監督室」と描かれた表札が目立つ一軒のプレハブの中で、生田目はジャージ姿になり、積み上げられたいくつかのノートに目を通していた。


【野球ノート】


高校野球ではよくある、各々の目標や課題点などを綴ったり、監督と会話するための手段として使われるこのノートは、芥川からの提案で始まったものだ。


『一から始まるこの野球部で私達が上に向かうには、常に高い目標を掲げる事が絶対だと、自分は思っています。未経験者の方々が上達するために、先生方も指導やサポートをお願いしたいです』


芥川さんは色や製造会社が異なった9種のノートを買っていたのだ。恐らくは自費......種類がバラバラなのは見る側が判別しやすく、個性を覚えて欲しいから.....芥川さんの配慮や意識の高さには頭が下がる。


いつのまにか1週間に1回、ノートを提出してもらい、目を通すようになっていた。


『日々向上心あるのみ。』

『馬原のバッティングは脇を開きすぎる事でレフト線を切れてしまう打球が多い。脇を締めると少し不安定になったが、克服できればパワーを生かした良いバッターになると思います。』

『足の速い松野は左打ちを検討してみるべき。と言いたいが松野の頭がパンクしないかが心配。翌日に本人に聞いてみます。』


芥川さんは頭が良い。その性格故にか、学校生活では口を開く事がとても少ない。同じ野球部の馬原さんや森山さんと群れることも無い。中間テストの際は2人揃って芥川さんに勉強を教わっていたのを見る限り、話すのが嫌い、と言うわけではなさそうである。


ただ、やはり()()()()()のだ。普通の女子高生とは違った、まるで野球以外の事に興味がなさそうな......


()()()()、まだノート読んでいたんですか?」


監督室の扉を開け、彩野が上半身を覗かせる。


教員同士の挨拶の際、『生田目』がわからない先生も複数いた。そのために彩野先生が考えたあだ名が、マサさんなのだ。


「それにしても意地悪なんですねマサさんも。練習試合が決まった翌日に相手の選手を連れてくるなんて」


「......はい?」


ノートへ向いていた生田目の視線が監督室の中に入る彩野や移る。


「来てましたよ。キャプテンの三峰 真耶(みつみね まや)が」


生田目は思わず首をグルンと回す。


「.....そうですか。散々言っておいたはずなんですが」


「え、何のことですか?」


「あ、いえ、()()()()()です」


話をすぐに切り替えたいのか、生田目はすぐに別の話題に持ち出した。


「二遊間の守備、順調そうですね」


「いえいえ、私はただ話をまとめてるだけで、2人の知識だけでどんどん上達して行くんですもん。最初は口だけで体が全く動かないって感じでしたけど、この1ヶ月みっちりと練習したおかげなのか、だいぶさまになってきてますよ」


生田目の方針で、毎日の練習に必ず「自由時間」がある。この自由時間というのは、『一人一人が自分がやりたい練習を自由に使える』時間であり、二遊間を守る杏子と理子はこの1ヶ月の間、殆どの時間を守備練習に充てていた。


「ソフィー先生のバッティング指導も本間が熱心に受けているみたいですし、練習試合が楽しみですね!」


生田目も「そうですね」と相槌を返す。


「じゃあ私は待たせている人がいるのでおさきに失礼しますよ〜、あ、そうそう先生、五木が『先生いつも険しそうな表情してるから怖い」って!では!」


機嫌がいいのか、勢いよく扉が閉まる。


やはり気さくに話した方がいいのか、しかしそれはどうも苦手である。


「では、私もそろそろ......」


そう呟き、【野球ノート 小宮山果凛】と書かれた最後の一冊を開く。


『4/21 初めてのブルペン投球。芥川さんに変化球を褒めてもらえた。島内さんのようにこれと言った武器はまだないけど、この変化球を主軸に出来たらいいかもしれない。』


『4/22 今日は外野の守備練習を行った。未経験の松野さんと森山さんにフライの取り方を教えた。2人の飲み込みは中々だけど、センターを守る私がしっかりしなければ。』


小宮山のノートには練習がある日は少なからず毎日書かれていた。この日は5/18。回収日だったため、5/17が最新の記録であった。


『5/17 芥川さんからもう一人ピッチャーを増やす話を聞いた。2日続けての投球は10回までの制限や、100球制限のルールを考えると確かに3人は欲しいなと思ったが、仮に誰がなろうとも、その人だけには負けたくない。』


一人増やす話については、誰にやらせるかは芥川さんとの話し合いで9割方、見当がついている。しかし、まずは2ヶ月後に夏大、いわゆる「全国女子野球高校県予選」があり、今はそれに向けて一人一人が一つ、ないし2つのポジションに専念してもらう必要がある。早くて夏大の後、夏休みが始まった時に考えてもらえばいい。


そして小宮山さんは、ピッチャーとしての活躍が不可欠となる。


次の練習試合、島内と小宮山の2人が登板するのは、生田目の中で決まっていた。



ーーー



練習試合は6/1。5/19の日曜日となるこの日から、13日後である。練習試合までまだ日にちがあるという事で、練習の手を緩める者は誰一人いなかった。


この日は午前中は全体でノックの後、バッティングを行う。


バッティングでは1ヶ所はマシンバッティング、もう1ヶ所はいわゆるバッティングピッチャーが投げている。いつもはローテーションで3、4人ほどで交代して投げるのだが......


「ストレート一本でいいの?と言っても変化球投げられないけど......」


芥川からの指名により、杏子が極力バッティングピッチャーを行っていた。


「杏子ちゃん、ストライク投げてくれる回数が多いからずっと投げてくれるのは本当に助かるよ」


打ち終わった本間が、待機していた五木へ話しかける。


「芥川さんが朝の準備中に声をかけたらしいよ。ピッチャーやるんかな?」


「まっさかぁ、コントロールはいいけど球が遅いし打ちやすいし」


「でも杏子ちゃんの球は良い感じに沈むから、ゴロの山を築き上げてたよね」


「あ、見ちゃってた?へへ」


コントロールが良い投手には注文もしやすい。馬原は脇を締めながら強い打球を打つためインコースを、小宮山は得意なコースだからこそ、とアウトコース低めをレフトへ打ち返すなど、バッティングの工夫も見られた。



飯を挟んで、1時から3時までは「自由時間」だ。


馬原と森山はティーを、五木と林は松野をファーストにつけゲッツーの練習を、本間と芥川は交代でマシンバッティングを、島内と小宮山のピッチャー組は外野を使いひたすらランニングをしていた。


それぞれが自分と向き合い、野球を覚え、レベルアップしていく。


2週間という日時はあっという間に過ぎ、順調な日々を過ごしていくのであった。


一人を除いては......



ーーー



試合前日、まだ日も沈み切っていない夕方の河川敷にはたった一人、制服姿で芝生に座り込み、携帯とにらめっこする松野ここなの姿があった。


『 ”ソラソラ“ さん、最近全く浮上しないよね』


『クランマスターがこんな事でいいのかァ???』


『ソラソラさんがいないこのクランにぶっちゃけ用ないので抜けます。ありがとうございました。』


『ーーーHibikiさんが脱退しました。ーーー』


私はオタクでありゲーマーだ。野球も流れで入部しちゃっただけ。部活が終わったらゲームをする暇もなく眠気が襲ってきて寝るだけ。ゲームをやろうと起動しても、寝落ちしてしまうことがしばしばであった。


『ごめんなさい、これからはちゃんと浮上するようにがんばります。』


『最高戦力頼むぞほんま』


『辛いでしょうけど一緒に頑張りましょう(*´ω`*)』


『この編成どう思いますか?』


この河川敷は私が小さな頃から一人になりたいときに使っていた。ここから見える夜空は綺麗で、心を清らかにさせてくれる。しかし明日は試合。早く寝なければいけないからチャチャっと家に帰って寝よう。


そんなこんなで家に帰り、家事を終えてベッドに横たわり携帯と向き合っていた。


このゲームにはプライベートを話せる友達はいない。かつて私が本気でゲームをプレイし、敷居が同じ人しか集めなかったから、ゲームのことしか考えていないような奴ばかりが揃っていった。だからゲームをプレイしていない自分が叩かれるのは当然である。


だけど、SNSなら話は別。【Solaris】が大好きな人々でいつも賑わっている界隈には、優しい人が多く、いつもここで悩みは相談していた。


『はろー“天美(あまみ)”、最近の悩み聞いてくれる?』


その天美と呼ばれる相手から、30秒も経たないうちに返事は来る。


『はろ“soraもん”。どした?』


思いを綴った。野球を嫌々、とまではいかないが微妙な気持ちでやっていること。ゲームが全くできなくなったこと。


『明日初めての試合なんだけど、すごく行きたくないんだよね。天美はどうしたら良いと思う?』


返事は早かった。恐らく何も考えずに冗談で返したのだろう。


『じゃあ行かなきゃいいじゃん!逃げるも恥だが役に立つ、よ?』


しかし、心は揺れていた。



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