9球目 「事故」
あれは、私が初めて練習試合でヒットを打った日の帰りだった。
いつものように両親が迎えに来てくれて、ヒットを打ったことにとても喜んでくれた。
「さすが僕の娘だ!プロ野球選手にもなれるんじゃないか?よーしじゃあ今日は果凛の好きなものを食べに行こうか!」
運転するパパ。
「あ、でも今月はパパの誕生日もあるから安くよろしくねー、まぁ高くなったらパパの誕生日も兼ねてってことで!」
後部座席に座る私の隣で談笑するママ。
「それはないよー!僕だって食べに行くもの決めてるんだからー!果凛、できるだけ安くね、できるだけでいいから」
「んーじゃあ前に食べた【アラモードプリン】がいい!」
「三吉町にあるあの【sweet・BASARA】のプリン?ママもあれ大好きだからそこでお願い、パ・パ♪」
私は両親が大好きだった。
「わかったよ、じゃあ今からあそこに向かおう、確かこの次の信号をみg
「果凛!!!伏せて!!!」
だけどもその幸せが一瞬で奪われることになろうとは、当時の私は思ってもいなかった。
ーーー
白い天井といくつかの光が映る。何か起きたのか、確か私はーーー
「痛ッッッ!!!!」
全身が痛む。特に身体の左側が痛み、あらゆる箇所に包帯が巻かれている。
「果凛ちゃん!!!目を覚ましたのね!!!あなた丸2日寝たきりだったのよ!」
私が寝ている横には、お正月とお墓参りの時くらいにしか顔を合わせてなかった母方のおばあちゃんが立っていた。
「ママとパパは......?」
おばあちゃんは黙って首を重く横に振る。
話によると、交差点の右側から強盗犯の車が信号無視をし、高速で私たちの車に突っ込んだとのことで、ママもパパも病院に搬送されたけど間に合わず......だけど、自分は席の左側だったこと、そしてママが衝撃から守ってくれたことによって軽症で済んだ。
入院中、絶望と虚無に襲われ続けた私を支えてくれたのは、わざわざ熊本から足を運んでくれたおばあちゃんと......富士村シニアのみんなだった。
ピコン!
私が起きてすぐに、SNSを交換していた満月ちゃんから動画が送られてきた。
そこには、チームメイトみんなからの励ましの言葉と「僕達はみんな果凛を待っている」というメッセージが収録されていた。
『島内が最近落ち着いたのは小宮山、君のおかげなんだ。みんな心配している。いつまでも待ってるからさ。』
そう語るのはキャッチャーの功太くん。
『か、かりん!!!わたしが、かりんのおかあさんになるから!!!はやくたいいんしていっしょにやきゅうしよ!!!」
満月ちゃんは顔面をくしゃくしゃにし、涙を滝のように流しながらカメラに話していた。
動画を見ていた私も、いつのまにか満月ちゃんみたいな顔で、くしゃくしゃになっていた。その時改めて現状を実感し、私は涙が枯れるまで泣き続けた。
ママとパパはもういない。でも私を待ってくれてる人がいる。立ち止まらずに歩くんだ。きっと天国のママとパパもそう望んでいるからーーー
***
「それからは両親と暮らしていた家でおばあちゃんと2人暮らしをしているの。正直、心に余裕ができたのは最近で......」
話を聞くうちに散り散りになっていたレンは、うつむいていた顔を上げる。
「かな?...じゃないよ。そんなこと言われたら......大馬鹿者じゃん......私......!!」
顔を上げたレンの目頭は赤くなっていた。
ここなも鼻をすすりながら涙を流し、ひたすら泣きじゃくる。
「私、兄貴のことで勝手に自分を無下に扱って、逃げていたんだなって。......あんたの話を聞いてよくわかったよ。」
「だから、許せなかった。私にとって野球はパパとママが繋いでくれた最後の夢だったから。」
黙って聞いていた満月に、シャーペンを譲ってもらった果凛は、それをここなへ差し出した。
「ごめんね意地悪して。でも、満月ちゃんも悔しいと思うし、わかってほしいな。」
ここなは鼻をすすりながらシャーペンを受け取る。
「ズッ、もう、気にしてないよ。」
ここなの後ろで、レンは机に手を置き、涙ぐんでいた。
「ここなの分も、私達が野球を軽い気持ちで汚して、ほんと悪かった。私達に出来ることがあればなんでもする!」
頭を下げたレンに満月が口で指す。
「そういう問題じゃなくてーーー
果凛が満月へ手をかざし、口を止めさせる。
「レンさん、ここなさん、よかったら私達と一緒に野球、やってくれないかな。今なら私、大歓迎だよ。」
「果凛.....」
どこまで優しく、寛大なんだ。と満月は果凛を見つめる。その優しさがいつ牙を剥くかもしれないか、少しだけ満月は恐れていた。
「......いいのか?さっきまで野球を馬鹿にしていた奴らだぜ?」
「えっ、ここなは......」
「迷ってる時じゃねぇだろここな。」
「うん.......うん?」
「私たち、野球部に入るよ。必ず果凛達の役に立って、罪を償うから!」
強い口調で覚悟を口にするレンに、果凛は優しく包みこむ。
「罪を償うとかは関係ないよ。ただ、一緒に前に進んでいこう。」
「........ッ!!!」
レンはただ下を向くことしかできなかった。果凛への感謝の気持ちで、下を向くことしか......できなかった。
「......え?」
ここなはまだ心の準備ができていなかったが、無事2人は三吉高等学校の野球部員として、迎え入れることになった。
***
「あら小宮山ちゃん、毎日毎日お疲れ様ね」
「いつものアラモードプリン、2つお願いします」
和解し、皆と別れを告げた果凛は、高校近くにあるスイーツショップ【sweet・BASARA】に寄り道をしていた。
「わかったよ。小宮山ちゃん、。あら、その後ろの子は友達かい?」
「友達?」
果凛は誰だと後ろを振り向く。そこにはコンビニ袋を手に提げた恋が口を開いて驚いていた。
「あーーーーー!!!」
ーーー
「そっか、お兄ちゃんの大好物なんだ」
「たまに買ってあげるんだ、毎日じゃないけど一応兄貴のお見舞いには通ってる。兄貴が欲しいって言ってた飲み物を買うから一旦コンビニに行って来たけど、まさかあんたがいるとは......」
「私もびっくりしたよ。でもほんと同じ場所で同じ食べ物を買うことになるなんてね。馬原さんのお兄ちゃんと私の両親、気が合いそう」
スイーツショップを出ると、もう雨は通り過ぎていた。2人はそれぞれの目的のため、駅で別れた。
ーーー
伊奈瀬湖畔霊園。県内有数の広さを誇るこの霊園には、果凛の両親が眠る墓が建てられている。果凛は【小宮山家之墓】と彫られたお墓にプリンを1つ、2つ、そして3つ、4つとお供えする。
「今日もね、新しく友達ができたの。事故の話をしたら、2人とも泣いてくれて......そのプリン、私が奢ろうとしたら友達も奢ってくれて、結局揃っていつもの2倍買うことになったの......おかしな話だよね。」
そう話しかけると、果凛は目を瞑り、両親に向けて手を合わせた。
ーーー
兄の軌央が入院している豊沢総合病院に足を運んだ恋もまた、アラモードプリンを入れた箱を手に持っていた。
リハビリを終えて戻っていた軌央の病室に、恋は足を踏み入れる。軌央はベッドに横になり、右手をゆっくり開いたり閉じたりを繰り返している。
「......恋か、2日続けてきてくれるのは珍しいね。」
「今日は報告が......あって」
視線をそらしながら恋は話す。
「私、高校は野球部に入ることにしたよ」
「そう......」
軌央は動かしていた右手を止める。
「え、今野球部入るって言った?言ったよね?」
「うぅ!」
兄貴は全く野球への道を諦めてねぇ!これだから野球バカの相手はめんどくさいんだ!そう思っていた恋に軌央は興味津々に話しかける。
「え、恋はポジションどこやるの?先生は?部員何人なの?グラウンドはーーー
「あーもうわかったら今度まとめて話すから!お土産置いてくね!」
来たな来たなと軌央は箱を開ける。そこには、2つのアラモードプリンが並んでいた。
「なんで2つ?」
病室をさっさと出て行こうとする恋の後ろ姿が軽くあしらう。
「さあね、店員さんが間違えたんじゃないの?」
病室の扉がパタンと閉まる。
「......素直じゃないやつなんだから。んじゃ、いっただっきまーす!」
軌央はため息をつくと、アラモードプリンにガブリついた。
次は登場人物一覧を作成する予定です。