最終話
美香のお陰でなんとか魔王討伐隊の一員に加えてもらえた菜子は次の日から大忙しだった
「これとこれも、あとこれも荷物に加えておけ」
目の前には見目麗しい金髪の勇者様
眉間に濃い皺を刻みつけて菜子を見下ろしていた
前々から思っていたがこの勇者様には良く思われていないらしい
というより嫌われていると言ったほうが正しいだろう
何故か敵を見るような目で見られることには慣れてきたが、今の現状はいかがなものかとさすがの菜子も疑問に思った
勇者様――レオンハルトの手には菜子が持ちきれないほどの大きな布袋が3つも抱えられていた
これを菜子に持って行けというのだ
魔王討伐隊に入ってから旅の準備に借り出されていた菜子は嫌とも言えず荷物を受け取ると案の定持ちきれずに床に落としてしまった
「何をしているのだ」
レオンハルトは待ってましたとばかりに菜子を怒鳴る
「すみません」
菜子が謝るとレオンハルトは見せ付けるように盛大な溜息を吐いてきた
「まったくこれだから何も出来ない侍女なんかを同行させるのは嫌だとあれほど」
「何をしてるんだ?」
またぐちぐちと嫌味を言われ始めたと思っていたら背後から声がかけられた
振り返るとアルベルトが腕を組んでこちらを見ていた
「申し訳ありません、この者が魔王討伐用の大事な荷物を落としてしまいまして」
レオンハルトはわざと周りに聞こえるように言ってきた
なかなかどうして顔に似合わず性格はアレなようだ
菜子はイケメンなのにもったいないと思いながらぼんやりとレオンハルトを見上げていた
「ふう、そんなに持たせたら落とすのも当たり前だろう、しかも女性に持たせるような量じゃないな」
アルベルトはそんなレオンハルトに溜息を吐きながら近くにいた男の従者を呼び寄せた
そして荷物を運ぶよう命令するとレオンハルトに向き直る
「ナコは魔王討伐の従者として参加するが、それ以前に俺付きの侍女だということも忘れるなよ」
暗にお前がこき使って良い相手じゃないと含める
レオンハルトは王子であるアルベルトに注意され額に冷や汗を流しながら頭を下げた
「も、申し訳ありません」
「わかってくれたらいいんだ、下がってくれ」
「はっ」
レオンハルトはアルベルトに見えないように一瞬だけ菜子を睨み付けると足早に去って行ってしまった
その姿を見送っていたアルベルトは盛大に溜息を吐くと菜子に向き直る
「あんまり一人で出歩くなよ」
「すみません」
菜子はそう言われしゅんと肩を落とした
「ま、あいつの事も許してやってくれ、あいつは今は勇者と呼ばれているが元は平民の出なんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、なんか孤児だったらしく色々あったらしい、そのせいで人一倍野心も強くてな……」
そう言ってレオンハルトについて教えてくれた
彼はもともと孤児で迫害を受けていたらしく、いつか周りを見返してやるんだと幼い頃から言っていたそうだ
もともと平民出の一般兵だった彼は魔王が現れたとき一番に勇者に名乗りを上げたそうだ
「あいつにとってはこれが一番の出世のチャンスなんだよ」
平民出の者が貴族出身の近衛兵や騎士になどなれるわけも無くこのまま一兵士で終わるのかと諦めていた矢先の幸運である、彼が躍起になる理由もわからなくはない
「あいつにとって聖女様は幸運の女神だ、それに……」
「それに?」
アルベルトはちらりと菜子を見たあと小声で囁いた
「あいつミカ嬢に惚れてるみたいなんだよ」
「……ああ」
なるほど合点がいきました、と菜子が頷く
美香に近付く者全員にあんな態度を取っているわけではないが、警戒というか牽制されてる気はしていた
――まあ、どちらかというと美人の美香さんに私が近付くのが許せないって感じですけど……
美醜の有無は生まれ持ったものだから仕方ないし感染するものじゃないんだけどなぁ、と菜子は小さく溜息を吐くのだった
魔王討伐隊の旅の準備が整い3日後に出発式を迎えたある朝それは起こった
城全体が揺れる程の爆発音が聞こえてきた
アルベルトと朝食を共にしていた菜子は驚いて椅子から立ち上がると辺りを見回した
「な、何今の音は?それに……地震?」
ぐらぐらと足元から伝わる揺れに只事ではないと青褪める
アルベルトも近くの従者を呼んで現況を確認している
「ナコ、さっきの音はダンスホールかららしい」
従者から話を聞いたアルベルトがそう教えてくれた
「見てきます!」
菜子は嫌な予感に居ても立ってもいられなくなりアルベルトにそう告げると駆け出した
「待て!俺も行く!!」
突然駆け出して行ってしまった菜子をアルベルトが慌てて追いかけて行くのだった
長い廊下を駆け抜け王宮の真ん中にあるダンスホールへと向かった菜子はそこで信じられないものを見た
破壊された壁
へし折られた柱
美しかったステンドグラスの窓は無残にも割れその向こうに見える空は暗い
先程の晴天は何処へやら辺りを真っ暗に染める暗雲が空に渦巻いていた
暗くなったホールを時々稲光が辺りを照らす
その光に映し出され、そこに居るはずの無いものの影を見つけて菜子は目を見張った
広いホールの破壊された壁際――そこに黒い大きな塊があった
よく見るとその黒いものは体中を真っ黒い太い毛でびっしりと覆われていた
時々聞えてくる唸り声が聞えるたびに生暖かい風が起こる
その黒い塊が突如むくりと頭をもたげた
見たままの恐ろしい姿の化け物がそこにいた――
稲光に照らし出されたその顔は牛とも熊とも似つかない恐ろしい風貌をしていた
爛々と光る金の瞳がこちらを見ている
その巨大な血走った目と視線が合った気がして菜子は一歩後退ってしまった
「ナコ危険だ下がれ!」
追いついたアルベルトが化け物の視線から庇うように菜子を背後へと隠す
「なんだ……これは?」
アルベルトは目の前に佇む巨大な化け物を見上げながら呟いた
『愚かな人間達よ』
その時地を這うような声が辺りに響いた
その声は目の前の黒い化け物から聞えてきた
そこに居た全ての人々が一斉に化け物へと視線を上げる
『我が主である魔王様を討伐せんとする不届きな輩は我が主の手を煩わすまでもなく我が捻り潰してくれようぞ』
被害を免れた壁や地面がその声にびりびりと震える
耳を塞ぎたくなるような恐ろしい声に菜子はアルベルトの背に隠れながら怯えた
そしてふと化け物から少し離れた場所に視線をやるとそこに人が倒れている事に気づいた
「あれは!!」
菜子の叫び声にアルベルトがその視線を追い目を見張った
そこには聖女である美香と勇者であるレオンハルトが倒れていたのだった
『くくく、聖女と勇者は我が既に倒してやった、貴様らはここで我に一匹残らず斃され滅びるのだ!』
アルベルト達の視線に気づいた化け物は勝ち誇った顔でそう言ってきた
その言葉を聞きながら菜子は思わず二人に駆け寄る
「美香さん、美香さんしっかりして!」
菜子は倒れている美香を抱き起こして揺するが反応が無かった
慌てて胸の辺りに耳を当てると辛うじてまだ死んでいない事にほっとする
「……す、すま、ない」
ふと、隣から声が聞えてきた
慌てて見ると倒れていたレオンハルトがなんとか顔を上げながらこちらを見ていた
「……聖女、さまを……守れなか……た……」
彼はそう言うと悔しそうに顔を歪めたまま気絶してしまった
その姿に菜子はぎり、と唇を噛む
――許さない
菜子の心に恐怖よりも怒りが湧いた
レオンハルトだけでなく美香さんまで……
運悪くこちらに召喚されて勝手に聖女に祀り上げられただけなのに!
彼女は……彼女はただの女の子なのに……酷い!!
キッと目の前の化け物を見上げる
化け物は勝ち誇ったように口元をにやりとさせながら周りの人間達を見下ろしていた
――力が欲しい
単純に思った
目の前のこいつを倒す力が欲しい
何者にも負けない戦う力が欲しいと思った
こんな所でこんなやつに殺されてたまるか!
菜子は怒りに任せて何度も願っているとぞくり、と身の内で血が沸騰するような感覚に見舞われた
体中が熱くなっていく
何ともいえない高揚感に息苦しくなった
思わず身を屈めた菜子に変化が訪れた
菜子の体が眩い光で包み込まれたのだ
菜子の輪郭が霞がかかったようにぼやけていく
「ナコ!!」
異変に気づいたアルベルトが叫んだ
熱い
体中が熱い
菜子は突然起こった変化に意識が飛びそうになりながらも霞む思考でそんな事を思った
続いて体中に力がみなぎってくる感覚が押し寄せてくる
菜子は堪らず「はっ」と小さく息を吐く
全身に漲る力と心の底から沸き起こる闘争心で菜子はゆっくりと立ち上がった
その瞬間菜子を包んでいた光が一瞬で霧散した
そこには――
真っ赤な鎧を身に纏った菜子の姿があった
――武士の鎧とも騎士の鎧にも見えるわね
菜子から出た最初の感想はそれだった
突然己の身に着けていた服が変わったことに気づいた菜子はぱたぱたと手で触りながら己を見下ろしていた
「ナコ……その姿は一体?……」
聞えてきた声に振り向くと驚いた顔のアルベルトがいた
菜子はアルベルトの言葉に笑顔だけで返すと化け物の方に視線を向けた
『貴様、何者だ!?』
化け物も異変に気づき菜子を見下ろしながら忌々しそうに呟いた
「あなたを倒す者よ」
菜子はそう言うとその場から突然消えた
そのすぐ後に地を這う雄叫びが上がる
『ぐ、うおおおおお、き、貴様ぁぁ!!』
見ると化け物は左肩から血飛沫を上げながら叫んでいた
そこには菜子が化け物の肩に長刀を突き刺している姿があった
己の力の使い方は先程の怒りのお陰でわかるようになった
覚醒したというべきか?
今まで疑心暗鬼だった不安は払拭した
自分はやはり聖女だった
もう力の使い方もわかる
目の前の化け物はもはや敵ではなかった
菜子は化け物の肩から刀を抜き取ると素早い動きで壁や床を蹴り何度も化け物に刀を斬りつける
そしてあっという間に化け物を倒してしまった
ずううううん、と地響きを上げ化け物が地に倒れ付す
周りの人々は何が起きたか理解できずにその様子をぽかんと見守っていた
菜子は軽い身のこなしで地面に着地するとその足で美香たちのもとへ向かう
美香たちはまだ気絶していたままだった
菜子はそこへゆっくりと腰を下ろすとレオンハルトと美香を交互に見る
そして美香に向かって両手をかざした
かざした両の掌が淡く光りだし美香の体を包み込む
彼女の体がゆっくりと宙に浮かび瞬く間に消えていった
菜子は聖女の力で美香を元の世界に返した
菜子の視界には美香が消えた場所に次元の穴が空いているのが見えた
その穴の向こうでは美香が元の姿に戻ってあの渡り廊下に横たわっている姿が見えた
菜子は無事に元の世界に戻った美香の姿にほっと胸を撫で下ろす
そして――
菜子はくるりと向きを変えると今度はレオンハルトを見下ろした
――彼はきっとここにいてはだめになる……
菜子はレオンハルトにも同じように手をかざし淡い光と共にあちらの世界へと送った
菜子に見えていた次元の穴は二つ
たぶん自分と美香の分だ
その一つをレオンハルトに使ってしまった
先程開けた次元の穴の向こうでは美香とレオンハルトが仲良く横たわっている姿が見えた
そして不思議なことにレオンハルトの勇者の格好は男子の制服の姿に修正されている
これは菜子の憶測だが、たぶん菜子の代わりにレオンハルトが行った事により上手い具合に”事実の辻褄”が修正されたのであろう
もう元の世界には菜子の帰る場所はないのかも知れない
――ごめんね、お父さんお母さん……
菜子はそれを寂しく思いながら胸中で父と母に謝罪した
静寂の戻ったホールには現状を理解できずただ呆然と佇む人々がいた
「……ナコ」
寂しそうに美香たちの消えた場所を眺めていた菜子にアルベルトが声をかけてきた
「これで良かったんです」
「……そうか」
いつの間にか元の侍女の姿に戻っていた菜子にアルベルトが静かに頷く
アルベルトがそっと菜子の肩に手を乗せたとき悲鳴にも近い声が聞えてきた
「せ、聖女様が……ゆ、勇者様も……こ、これはどういうこと!?」
聞き覚えのある女の声に菜子たちは振り返る
そこには青褪め取り乱したローズがいた
そのすぐ側にも先程の光景を見ていた国王たちもいた
「ア、アルベルト殿下、こ、これはどういうことですか!?」
ローズは信じられないといった表情をしながらアルベルトに縋るように訊ねる
「先程の光景を見ていただろう、ナコがミカ嬢とレオンハルトを元の世界に送ってやったのだ」
アルベルトは淡々とした声で事実を教えてやる
「な、ばかな!聖女ならず勇者まで消してしまっては魔王はどうするのじゃ!!」
アルベルトの説明に声を張り上げたのは国王だった
国王は真っ青になりながら息子を見つめる
そんな国王の姿に息子であるアルベルトは嘆息すると菜子を見ながらこう言ってきた
「ミカ嬢は聖女ではなかった、ここにいるナコこそが聖女です、貴方方も見ていたでしょう?」
何の問題があるんですか?と視線で訴えれば国王はぐぅっ、と呻きながら口を閉ざした
「そ、それならばそこにいるナコ……せ、聖女様は私たちの為に戦ってくれるということですか!」
ついこの前まで美香を聖女だと祀り上げていたローズは調子の良いことに今度は菜子へ鞍替えしてきたようだ
期待に満ちた瞳でこちらを見ている
そのずうずうしい変わり身にアルベルトはげんなりとしながら菜子を見る
菜子はアルベルトの視線に気づきにっこりと微笑み返すとローズへと視線を移した
そして同じように笑顔を作ると「ええ」と頷いてみせたのだった
その返事にローズは喜ぶ
傍にいた国王たちも安心したようにほっとした表情をしていた
しかし――
「ですが、私が力を貸すのはアルベルト様にだけです」
次の瞬間菜子が発した言葉にローズや国王達が目を見開いた
「なっ、そ、それはどういう」
「言葉通りですよ、私はアルベルト様の専属侍女なので」
驚いた声で言うローズの言葉を最後まで言わせず菜子はにっこりと微笑みながらはっきりと言ってやった
その言葉の意味を理解した者達がぴしりと固まる
誰も彼もみんな真っ青な顔をしている
その反応に菜子は満足そうに頷くとアルベルトへと向き直る
「そういうわけですから、アルベルト様行きましょうか」
「ああ、そうだな」
アルベルトはにやりと笑うと菜子の手を取り歩き出した
「ま、待てどこへ行くのじゃ?」
我に返った国王が慌てて二人を止めた
二人は揃って振り返ると面白そうに笑いながら答えたのだった
「「もちろん、魔王討伐へ!!」」
そして二人は誰の見送りも待たずに手を繋ぎ魔王のもとへ旅立ったのだった
終
【おまけ】
魔王討伐の旅の途中
「あ、あの……アルベルト様」
「ん、なんだナコ?アルベルトじゃなくてアルと呼べって何度も言ってるだろう」
「う……す、すみません、じゃなくて!」
「なんだ、どうした改まって?」
「あのですね、勢いで出てきちゃいましたけど私と一緒で良かったんですか?……その、私……美人じゃないですし……」
「は?何言ってるんだナコ?」
「だ、だってやっぱり聖女は美人な方がいい」
「俺はナコでいい」
「え?」
「ああ違うな、ナコがいいんだ」
「・・・・・・」
「これからもずっと一緒だよな、返事は?ナコ」
「は、はい!!」
「よくできました♪」
おわり




