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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

おめめが大事 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あー、つぶつぶ、もう準備オッケー? 相変わらず、男って気軽でいいご身分だわ。

 ちょっと待ってて。少なくともこのビューラーだけはかけさせて。

 ……なにジロジロ見てんのよ。女が化粧する過程なんぞ、男が好きこのんで見るもんじゃないと思うんだけど。というか、見られたくないの。わ・た・し・が。

 はいはい、さっさと退いた、退いた。


 お待たせ。どう、まつ毛の向きとか問題なさそう? 人前に出るんだったら、少しは気を遣わないとね。

 私、どうも逆さまつ毛体質なの。刺さるのよ、頻繁に。もうかゆいどころか、痛いくらいにね。

 そりゃ多少は、自分の見栄えを良くしようという意図もあるけど、それ以上にまつ毛に関して、ちょっと怖い体験をした親戚がいてね。私もどうしても気になっちゃうというか。

 ……まだ出場まで時間がありそうね。じゃ、この間にお話をしましょうか。

 

 その子は、小さい頃からよく目にゴミが入ってしまう子だったらしいの。「こすっちゃダメ。目に傷がついちゃうから、まばたきするか、水で流しなさい」とはよく言われたみたいなんだけど、律儀に守れた人ってどれくらいいるかしら。その子もね、ついごしごしと袖で目をこすること、しばしばだったらしいのよ。

 ただ、小学校の高学年くらいの時。彼女は学校帰りに、突然、目に激痛を覚えたの。

 異物感じゃない、痛み。眼窩の奥まで突き通るんじゃないかって、思うほどだったと話していたわ。

 こするどころか、まばたきすることすら怖い。まぶたが閉じ合わさるたびに、目に刺さった杭の頭を、木づちでひとうち、ひとうちされて、先端が中に潜っていく……そう感じるほどだったとか。意識するたび、眼全体が脈打っているような気がした、とも。


 あまりの痛さに、帰宅後すぐに彼女は親と相談。実際に眼が充血していたようで、眼科に連れていかれたわ。

 その間、彼女はまばたきをしないよう、しないよう、細心の注意を払っていたけど、本能にはかなわない。しかも時間が経って状況が変わったのか、まばたきをしても、痛い時と痛くない時に分かれるようになったの。

 これはこれで恐ろしい。いざ覚悟してまばたきをすると、何も感じない。「あれ、大丈夫かな」と気を抜いてパチパチッとすると、ズンと鋭い痛みが走る。先ほどよりも、その重さを増して。

 もう自分の目を信じられなくなりそうになった時、彼女の診察順が回ってきたの。


「ああ、これはまつげが眼球に刺さっているね。両目にそれぞれ三本ほど」


 眼医者さんは、顕微鏡のようなスコープをのぞく彼女の目を、反対側のレンズからのぞいて淡々と呟いた。もう見飽きている、と言わんばかりに。

 あっさりと三本のまつげを抜き、スコープから顔を外した彼女に見せてきたの。

 あれほど深々と刺された痛みがあったのに、その下手人たちの身体は、爪ほどの長さもない。

 こんな小さいものが、自分をあれほど苦しめていた――彼女が身体の敏感さやバランスについて、信じがたさを覚えた瞬間だったみたいね。

 眼医者さんは、念のため視力検査も行い、問題がないことを確認してくれたけど、診察の終わり際に彼女へ注意をしてくれたわ。


「不安がらせたくはないが、はっきり伝えておこう。君に刺さっていた三本のまつげ。実をいうと、かなり奥まで埋まっていた。もう少し遅かったら、すっかり眼の中に潜り込んでしまい、取り出すことがかなわない状態になっていたかも知れなかった。抜いた後の穴はじきに塞がるが、それまで涙などが今まで以上に沁みるかもしれない。気を付けてくれ」


 その言葉の通り、たとえあくびなどで目に涙が溜まったりしても、彼女の目はチクチクしたわ。痛いというより、清涼な風が眼の中を吹き抜けていくかのごとき刺激。

 瞬間的にはかなりスッとした、と話していたわね。ひりひりするものが後に残るから、好きにはなれそうになかったみたいだけど。それでも、あのまばたきのたびに、おびえなくてはいけなかった時間に比べれば極楽のようなものだったわ。

 じきにこの沁みもなくなるはず。もう少し、もう少しなんだ……。

 彼女はそう言い聞かせながら、床に入ったそうよ。


 以降、家ではぼんやり眼のことを考えるようになった彼女に、また別の問題が。

 寝転がって白い壁の方をぼんやり眺めると、時々、顕微鏡をのぞいたような景色が映る。その中にぽつぽつと、糸くずだったり、ミドリムシやボルボックスといった微生物に似ていたりと、やや濁った色の物体が浮かんでいたの。

 下を向こうとすれば下に。上を向こうとすれば上に移動し、止めることができない。かといって、眼にぐっと力を入れて見ようとすると、たちまち見えなくなってしまう。

 また病気? と親に相談する彼女だったけど、今度は笑いながら返されたわ。「それは、眼球の傷だ」って。

 両親も小さいころから、同じようなことを経験している。微生物のように見えるのは、眼球についた傷たち。見ようとした方向にずれていくのは、眼球の動きに沿って彼らも動いているからだと。

 問題ないと返されて、少し不満げな彼女だったけど、こんなに短いスパンで眼科に行くのも少し気が引ける。お医者さんの言葉もあったし、もう少し様子を見ようかしら、と彼女も思ったみたい。

 一週間、二週間と時間が過ぎていき、やがて涙が目に沁みることがなくなっていく。ぼんやりと見えていた糸くずたちも、今や空っぽのプレパラートをのぞくようにクリーンな視界に戻った。

 眼が元通りになったことを喜ぶ彼女は、あの痛みと刺激と気味の悪さをじょじょに、じょじょに、忘れていったわ。


 それから数年。高校生になった彼女は、おしゃれにも気を遣うようになっていったわ。

 いつぞや苦しめられたまつ毛も、今や彼女にとってはビューラーとマスカラによる、メイクアップ対象のひとつ。長いまつ毛を生かして、どうにかカールをつけようと、日々、道具と技術の研究をしていたみたいね。

 そんなある真夜中。化粧を落としてベッドに入った彼女は、無意識に、自分の両まぶたが「ピクピク」と動いたのを感じたの。

 はっとして目を見開いたけど、その時には何も起こらない。けれども少し気を抜くと、思い出したようにピクピク、ピクピクと、文字通り、目障りにまぶたが動く。

 彼女はこの症状について、友達から聞いていたことを思い出していたわ。その友達は、ケータイを一日中使うようになってしばらくしてから、この症状が出始めてしまい、目薬を差してしばらく携帯電話から遠ざかったら落ち着いた、と。おそらく、目の疲れが原因なんじゃないかなと、友達は話していたわ。


「テレビとかケータイとか、目を酷使することは、あまりしてないはずなんだけどなあ」


 彼女はぼやきながら、部屋の明かりをつけると、隅にある鏡台へ。鏡の前に置いてある化粧品たちの中から、目薬を手に取ったわ。

 久しぶりだったせいもあって、一滴目を外す彼女。鼻の骨に沿って、薬が垂れ落ちる感覚。落ち着いて、もう一度狙いを定めたわ。

 二滴目。来る、と思った時には、透明なケースよりの落とし子が、自分の眼球を叩いていた。後はゆっくりまぶたを閉じて、目薬を眼全体になじませる――つもりだったのだけど。


 心臓が眼球と入れ替わったんじゃないか、と思うほど閉じたまぶたが、急激に脈打ち始めたの。また、彼女の意志と関係なく。

 思わずうつむいて、眼をしばたたかせる彼女。そのふちから、涙と薬に混じって床にこぼれ落ちていくものがある。

 糸くず、ミドリムシ、ボルボックス……あの時に見た「眼球の傷」たちが、今、彼女の涙の池の中に転がっている。いずれも肉眼でとらえられる大きさで。

 目をこすっても消えない。奴らは確かにそこにいた。叫びたいのをこらえつつ、彼女はティッシュを取ると、出てきたそれらを包んでゴミ箱へ。すぐさま洗面所に向かい、夜が明けるまでずっとずっと、自分の両目を洗い流し続けたのだとか。


 翌日。親たちに夜中の話をしたのだけど、あまり信じてはもらえなかったみたい。あいつらを包んだティッシュも、今朝になって広げてみたら、薬のにおいが混じる、彼女の涙が沁み込んでいるばかりだったの。

 眼科さんにも行ったけど、特に異状はないとのこと。念のため、彼女の証言だけは書き留められたみたいだけど。

 それからの彼女は、長いまつ毛は軒並み抜いてしまう方向に転換したわ。

 まぶたがピクピク動くことは、ここ最近ないらしいけれど、あのぼーっとした時に見える「顕微鏡」の映像は、穴のような泡のような、細かい粒たちがほとんど埋め尽くしてしまっているそうよ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 白内障の手術の後遺症で目の前を常時蝿が飛んでいる私にとって、凄く恐怖を感じる作品でした。
[一言] まぶたの「ピクピク」目の疲れからなら、まだいい方かもしれません。 海外での話ですが人間の目の中に寄生虫がいたというニュースをで見た事があるので、このお話はある意味、真実味を帯びているような気…
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