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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第五十七話 霧島 摩利香の微笑

最終話一歩手前、いよいよ本当のクライマックッスへ……。

泣いても笑ってもあと2回です。


 悪魔をも魅了する荘厳優美な光の階段――天国への階段――の最上部に鎮座した異界へと繋がる大きな門。僕らは今その門の前で、運命の扉が開かれるのを見る。

 数百年ぶりに開かれる異界への扉を前に、僕ら三人はまるで世界の終焉でも見ているみたいだった。そして、天使や妖精たちが飛び交う夢のような世界へと繋がる扉が、今ゆっくりと開かれた。



 ところが、開かれた扉の前で僕たちが目にしたものは、何者かの“目”であった。別に目玉が落ちていたわけじゃない。僕らの目の前にあったのは、何か巨大な生き物の眼差しであったのだ。



 「何よこれ……」

 「霧島……これは一体?」



 僕らがこの状況を判断する前に、扉の向こうの巨大なそいつは動いた。そいつは扉の中から浅黒い巨大な手を伸ばし、僕の前にいた霧島と毘奈を鷲掴みにして扉の中に引き込んだのだ。

 僕はわけも分らず、扉の中へ消え去って行く二人へ手を伸ばして叫ぶ。



 「霧島!! 毘奈!!」

 「那木君、来てはダメ!」



 ここへ入れば、もう生きて帰れる保証はないが、ここまで来て僕に引き返すことなんてできるわけがない。もう覚悟などできているはずだ。僕は一呼吸置き、スロウダイヴをしてその扉の中へ飛び込んでいく。

 扉の向こうに降り立った僕は、広大な青い空の下にどこまでも広がる白い雲海のような大地の上にいた。

 街もなければ山も川も森もない。地平線まで見渡せるその神聖にして静寂な場所は、良い意味で何もなく美しいだけだ。僕が想像する天国という場所にしては、些か寂しいところではあったが、天国が雲の上にあるなんていう大昔の迷信も、あながち嘘ではないような気がする。



 その幻想的な大地に心奪われてしまいそうだったが、僕は連れ去られた霧島と毘奈の行方を探す。

 何もない殺風景な光景の中に、僕はある動く巨大な山みたいなものを見つける。かなり離れてしまったようだが、あれは人影、巨大な人影だ。

 あれだけでかいと、僅かな時間でも遠くへと行ってしまう。僕はスロウダイヴしながらその大きな人影を追った。

 相手は動けないのも同然なので、そいつとの距離はすぐに稼ぐことができた。だがどうだ。一見巨人に見えるそいつは実体があるようでない。ただ一つ言えるのは、そいつが右手に霧島と毘奈を握り締めているということ。



 「二人を放せ!」



 僕の存在を見向きもしないそいつの巨大な足を、僕はヘヴンリーブルーで斬りつける。

 何かを斬った感覚はなかった。スロウダイヴから浮上すると、ただ鳥の群れみたいなものが、ワーッと舞ってそいつは前につんのめった。

 二人を握った手が地面付近まで下ろされると、僕はすかさずそいつの手首を斬りつけた。先程みたいにワーッと何かが舞い、そいつの手は実体を失くして二人は空中に投げ出される。



 「那木君、天城さんを!」

 「……ああ! わかった」



 霧島は意識があったが、どうやら毘奈は気を失っているようだ。霧島のおかげで、僕は空中へ投げ出された毘奈をギリギリキャッチし、霧島は体勢を立て直して自力で着地する。

 謎の巨人から距離を取ると、そいつの足や手はまた何か鳥の群みたいなものが集まって実体を取り戻す。



 「霧島、あいつは一体何なんだ!?」

 「巨人のように見えるけど、あいつは精霊や妖精の集合体みたい。どうやら、目的は天城さんのようね……」

 「そ、そんな……ひ、毘奈は無事なのか!?」



 僕は自分の手に抱きかかえた毘奈に目をやる。不思議なことに先程までの彼女とは打って変って血色がよく、身に纏った虚無の瘴気は跡形もなく消え去っていた。



 「どうやら、あのでくの坊が天城さんを浄化してくれたみたいね……」

 「じゃあ、これで毘奈は……」

 「どうかしら、そんなに穏やかにはいかないみたいよ……」



 元の姿に戻ったその巨人は、ただ本能のままに僕らの元へ向かってくる。

 毘奈を地面に寝かせ、僕が再び剣を構えると、霧島は僕の前で左手を翳して静止させ、得体の知れないその巨人に向かって大きな声で呼びかけた。



 「神々の国の高貴なる方々よ! あなた方の目的は何か答えられよ! この者をどうされるのか?」



 そいつにとっては鼠程の大きさしかない霧島の言葉に、巨人は歩みを止めて彼女を見おろし、その見た目からは想像もつかないほど清らかな声で言葉を発した。



 「人間の少女よ、我らの言った通り、彼の者は再び闇へと堕ちた。昔、我らは彼の者を拒絶したが、それは我らの過ちであったのだ。再び世界の脅威とならぬよう、我らが永遠に彼の者を虜としよう」



 彼らの目的は、毘奈の魂を永久にここへ留め置くことであった。しかしどうする。邪悪な存在ではないにしろ、おいそれと僕らを帰してくれるわけないし、こんな得体の知れない奴とまともに戦って僕らに勝算なんてあるのだろうか。

 のっぴきならない状況に焦燥する僕を尻目に、霧島は不敵な態度でそれに返答する。



 「この者の心は既に浄化された。残念だが、あなた方の思惑は叶わず、この者は帰るべき場所へと帰還するだろう!」

 「どういうことだ、霧島?」



 首を傾げる僕の呼び掛けに、振り返った霧島は得意気に微笑した。



 「色々予期しないことは起こったけど、どうにかなったみたい。そろそろ時間……チェックメイトってやつね……」

 「え……?」



 霧島はそう呟くと、地面に横たわる毘奈へと視線を映す。するとどうだ。毘奈の姿が蜃気楼のように徐々に薄れていくのがわかった。

 気が付けば、僕らが通ってきたあの扉も忽然と姿を消していた。僕は慌てた調子で霧島に詰寄る。



 「霧島、毘奈が消えかかってる!」

 「安心して。彼女は元いた世界に帰るだけ……。言ったでしょ? あなたたちのこちらの世界での存在は、召還した私たちの魔力で維持されているだけ……。もうすぐノエルの魔力が切れるのよ」



 霧島は僕に向き合い、晴れやかな顔でそう答えた。間もなく、すぐそこで横になっていた毘奈の姿は、完全にこの世界から姿を消した。

 突然のことに、僕は今のこの状況を呑み込めずにいた。いや、確かにノエルによって召還された毘奈の存在が、ノエルの魔力切れで維持できなくなったというのは理解できる。問題はその先なんだ。



 「お前は……俺とお前は一体……?」

 「扉は消えたわ。このままここに居続ければ、私たちの肉体は浄化されて魂へとかえる……って言いたいところだったけど、もうすぐ私の魔力も尽きるの……」



 彼女のその水晶のように美しい瞳は、一寸の淀みもなく涙目になっていく僕の瞳をただ優し気に見つめていた。

 気が付けば、あの妖精の集合体である巨人は、すぐ目と鼻の先に立っていて、僕らのことを見下ろしながら再び厳かそうに言葉を発した。



 「またしても我らを出し抜くとは、人間とは賢しき種族だ。しかし汝らの行為はときに危うく、意地らしく、それでいて高潔で美しい。良かろう、汝らが過ち、あと一度だけ見過ごそう……」



 その言葉と共に、巨人の実体を成していた精霊や妖精は、蜘蛛の子を散らすように辺りへと拡散していき、あっという間に巨人の姿は跡形もなくなってしまった。

 このどこまでも広がる白い雲海の大地に、僕らはまるで二人きりで取り残されてしまったようだった。顔が燃えるように熱くなって涙を堪える僕は、もう結論は分っていたんだと思う。だけど僕はそう言わないわけにはいかなかった。



 「お前も……お前も帰れるんだよな? 確か最初にハシエンダに行った時も、最後は一緒に……」



 霧島は僕に気を使うように、ただ穏やかに微笑して首を振り、僕の頬を伝う涙を片手で拭いながら言った。



 「残念だけど、元の世界へ強制的に転移されるのは、被召還者だけ……。あの時だって、後からあなたを追ったに過ぎないの……」

 「そ……そんな。お前がいなくなってしまったら、俺は……」



 泣きべそをかきながら彼女の細い肩を掴むと、彼女は突然不敵な笑みを浮かべて僕の顎を人差し指で軽く突いた。



 「全く、フ〇ッキン那木君にも困ったものだわ……愛しの幼馴染にあんな情熱的な告白をしておいて、今更私にどう申し開きするのかしら?」

 「い……いや! そ……それは、その……幼馴染としてというか、人ととしてというか……」



 痛いところを突かれてしまった。僕はまだ霧島に面と向かって好きだとも言ったことがないというのに、よりによって彼女の前で別の女の子に大々的に告白してしまったんだから。

 普通に考えて、霧島に愛想を尽かされても文句は言えない。いや、むしろもっと怖い亜人の天才金髪少女を知っていた気がしたが、今僕にそれを考えている余裕はなかった。

 自分の体に目を向けると、徐々に薄くなっているのがわかった。それを見た霧島は、全てを悟ったように穏やかに微笑し、もぎたての果実のような柔らかな唇で震える僕に口づけをした。

 霧島の白く端正な顔、鏡のように透き通った黒髪、華奢な肉体からは、煌びやかな光の粒が溶け出し、まるで蛍のように美しく空へと昇っていく。



 「泣いている場合ではないわ。何があっても、もうあの人を決して離してはダメ。世界の為にあなたはあの人を幸せにしなければならないの……。あなたの……勇者の戦いはこれからも続くのよ……」

 「き……霧島……もう……会えないのか?」



 霧島へ伸ばした僕の両手はどんどん薄くなっていき、儚く瞬く彼女の存在が遠いものになっていった。

 僕が最後の最後まで、何も気の利いたことを言えなかったにも関わらず、霧島はずっと僕の大好きだったあの穏やかな微笑を浮かべていてくれた。



 「那木君……本当にありがとう。あなたのおかげで、この私が……世界を売ったこの私が、世界を救うことができたのだから……できることなら……」





 ★





 「……吾妻! 吾妻ったら! 吾妻、起きてよ!」



 聞き覚えのある懐かしい声だった。ただ、人生最大の悲しい夢から覚めた僕にとっては、快活過ぎて些か胸焼けしてしまいそうな目覚めだった。

 僕はこの胸焼けしそうなほど快活な声と、目が眩みそうな照明の灯かりに照らされて目を覚ましたんだ。



 「……毘奈なの……か?」

 「何寝ぼけてんの、吾妻? ステージから落ちて頭でも打ったの? ホントに大丈夫?」



 瞳を開けると、そこにあったのは心配そうな表情で僕を抱きかかえる幼馴染の毘奈の顔であった。血色がよく、人懐っこい顔をしたいつもの毘奈であった。

 何か前にも同じようなことがあった気がするけど、大分シュチュエーションは異なっているようだ。辺りを見回すと、そこは僕らがライブをしていた体育館であった。

 何でも、ライブの途中で僕がダイブしたら、運悪く頭を強く打って気を失ってしまったらしい。辺りには騒然とする観客と、心配そうに僕を伺う軽音部の先輩たちがいた。



 「だ、大丈夫かい那木君、保健室に行った方が!?」

 「たく! 彼女の前だからって、調子に乗ってかっこつけるからだよ!」

 「ほんっとに、羨まし……じゃなかった、台無しだぜ!」



 いつものように僕を気遣う苗場先輩。だけど、高妻先輩とフ〇ッキン赤城先輩の言っていることに、僕は思わず首を傾げてしまった。



 「彼女って……誰のこと……? まさか、霧島が……?」



 僕が間抜けな顔で右往左往していると、ぷくーっとリスみたいに頬を膨らませた毘奈が僕を睨んでいた。



 「吾妻、あんなに大胆に告っておいて、忘れちゃったの!? それに、霧島って誰?」



 僕が毘奈の膨れっ面を、あまりにも心ここにあらずみたいな顔で見つめてるもんだから、僕は皆に強制的に保健室へと連れて行かれた。

 どうやら、以前みたいに皆霧島の存在を忘れてしまっているようだ。そしてあの世界での行為が変なところで繋がり合って、僕は毘奈にイタリア人も赤面するほどの情熱的な告白をして、今は付き合っていることになっているらしい。



 保健室のベッドで横になっていた僕は、ふと握りしめたままであった右の拳をそっと開いた。蛍よりも微弱な小さな光が浮かび上がって、ゆっくりと宙を漂い、窓の外へと消えて行った。

 これはあの時と同じだ。霧島と別れた時のことを思い出し、突然抑えきれないほどの悲しみと衝動が僕を襲った。保健室の先生の静止を無視し、僕は衝動のままに光が昇って行った先を目指し、階段をひたすら上へ上へと走った。

 何故かあそこに行けば、霧島にまた会える気がした。屋上へと通じる扉を開けると、どんよりと雲が立ち込めていた空からは、薄っすらと細い日の光が垂れてきていた。

 階段室から出た僕は、決しているはずのない霧島を必死に探したが、やはり彼女の姿はどこにもありはしなかった。

 僕はわけもなく、霧島がよくいた階段室の上へ登り、そこに広がる彼女の好きだった風景を見渡して、そのやり切れなさに途方に暮れた。



 ――どうか悲しまないで」



 不意に霧島の声が聞こえたような気がした。一瞬空耳かと思ったが、僕は必死に耳を凝らした。



 ――悲しいこともいっぱいあったけれど、悲劇ではなかったの。少なくとも、あなたに出会うことができたのだから、私の人生は幸福なものであったわ……」



 最早それが空耳でも、幻聴でも何でも良かった。僕は黄昏に染まっていく空の彼方を見つめながら、どこからともなく聞えてくる美しい声に涙を流した。



 ――できることなら、いつかまた……遠い未来であなたと……」



 遠くの空に日が暮れて行くのと共に、薄っすらと消えていくその美しい声。

 霧島 摩利香は――世界を売った少女――は、自らの命と引き換えに世界を救い、その存在は忘却の彼方へ消え去った。

 そして彼女の残した意志は――世界の命運は、かつて勇者と呼ばれた一人の少年の手に託されたのだ。

お読み頂きありがとうございます。

2017年の12月から連載を開始したこのお話しも、次回で最終話となります。

まあ、連載開始当初はアクセス数、ブックマーク数など散々たる有様で、果たして最後まで書き切れるのか非常に厳しい状況でした。

そんな中、連載を重ねていくうちに少しづつですが読んでくれる方が現れ、感想なども頂けるようになりました。

正直数字にこだわっていたら、ここまで書くことはできなかったと思いますが、それでも読者の方のそういった後押しがあって、ここまで辿り着くことができました。

まだ先となるかと思いますが、次回作も考えています。今より良い作品となるよう頑張りますので、また読んで頂けたら嬉しいです。

それでは、次週最終回です。最後までお楽しみ下さい。

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