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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第五十二話 幼馴染を救え!

いつもより一日早いですが、GWということで。

いよいよ、長かったこの物語も佳境へ。

 かつて初めて僕がこの世界に来た時のように、霧島の世界間転移魔法で、僕らは再び異世界ハシエンダへと辿り着く。いつもとんでもなく遠い世界を行き来してるというのに、掛かる時間なんて一瞬でしかない。

 霧島と手を繋いで僕が瞬きをした次の瞬間には、そこはもう良く見知った学校のボロい体育館ではなく、真昼間を無理矢理夜に描き直したみたいな黒い靄に覆われ、不吉で見通しの悪い所だった。おまけに足元はぬかるんでいて、とても歩き難そうだ。



 「霧島、ここはもう……」

 「ええ、ハシエンダの聖域スウェーダ……『神々の地』と呼ばれているわ」



 この視界を遮る黒い靄は、言わずもかな虚無の魔王の瘴気なのだが、霧島と手を取り合っていた僕に不安はなかった。



 「だけど、この視界じゃどこに行けばいいんだか……」

 「問題ないわ……こっちよ」



 霧島は僕らの周囲に魔法防御壁、ワンダー・ウォールを展開して僕の手を引いた。

 僕らが進むに連れ、黒い靄は次第に濃くて禍々しいものになっていく。

 数分歩いたところで、霧島は徐に立ち止まった。目を凝らすと、黒い靄の中心で蹲った毘奈の姿が見える。



 「まずいわ、天城さんの力が膨張している」

 「ひ……毘奈!」



 蹲る毘奈に向かって僕は駆け出すが、次の瞬間、何か大きな力で後方へと突き飛ばされる。



 「遅かったではないか。だが、そなたなら来ると思っておったぞ」

 「あなたは……?」



 気付くと、僕の前方だけ黒い靄が消え去っていた。いや、その人を中心として瘴気が浄化されているようだ。

 燃え上がるような深紅の瞳に、色素の薄いグレーの髪、赤い甲冑を纏った強く美しい女性を僕が忘れるわけがなかった。



 「久しぶりだな、吾妻。息災であったか?」

 「ジャスティーン!」



 戦神にして剣神、ハシエンダ神話の英雄であり、僕の師匠であるジャスティーンは、闇の中に吹いた神聖な光の風のように現れ、懐かし気に微笑していた。

 その傍らには、先程僕らの前から消え去ったノエル、そしてあのデーモン・アドバートの用心棒であったアレックスが太々しそうに立っていた。



 「やっぱり来ちゃったのね、吾妻」

 「ふん、まぐれでも一回はこの俺を倒したお前が、尻尾を巻いて逃げるはずがないよな? 静剣の勇者さんよ」



 現れて早々、悪態を吐くアレックスの頭にジャスティーンの拳が振り落とされる。



 「ってーな! 何すんだよ!?」

 「吾妻はそなたの兄弟子ぞ。そのような礼を欠いた発言は控えるように」

 「ちっ、わかった……わかりました!」



 不服そうではあったが、あのアレックスが素直に人……否、神様の言うことをきいているようだ。

 まあ、相手がジャスティーンなら仕方がない。強さが絶対的な正義のアレックス君には、むしろ最大の信仰対象だろう。確か、前の戦いの後にジャスティーンが面倒を見るなんて言ってはいたけど、まさか弟子にしていたなんてね。

 とりあえず、突っ込みどころはいっぱいあったけど、そんなことを言っている余裕はない。僕は再会を懐かしむのを後にして、ジャスティーンへ叫ぶように嘆願する。



 「ジャスティーン、そいつは……虚無の魔王って呼ばれるそいつは、僕の幼馴染なんです。無理は承知です。どうにか助けたいんです!」

 「残念だけど、それは無理よ吾妻。もう彼女は元には戻れない……」



 僕の嘆願を窘めるように、冷静な口調でノエルが言った。彼女のその冷然とした態度からは、かつてあの幼くて無邪気であった少女の面影はなかった。

 ジャスティーンは些か困った様子で瞳を閉じ、顎に指をあてて数秒考え込んでゆっくりと口を開いた。



 「もし仮に私があの娘と戦えば、虚無を完全に消滅させることも能うやもしれん。しかし、そなたは虚無の魔王を倒すのではなく、救いたいと申すか?」

 「ええ、毘奈は僕の大事な幼馴染なんです。お願いします!」

 「……ジャスティーン様、私からもどうかお願い致します」

 「何を言っているの、吾妻、摩利香? 世界の命運がかかっているのよ! ジャスティーン様も何とかおっしゃって下さい!」

 


 僕の意見を聞き入れそうな雰囲気のジャスティーンに、ノエルは慌てた様子で横槍を入れる。

 僕とノエルの両ばさみになってしまったジャスティーンは、少し再度困惑した様子で答えた。

 


 「ふむ、ノエルの言うことも最もである。して、アレックスよ、そなたはどう思う」

 「まあ、俺はどうでもいいですけど、静剣の勇者がやりたいならやらせればいいんじゃないですか?」

 「あなたまで何を言っているの? このチンピラ!」

 「るせーな、クソエルフ! 魔王をどうにかすんのは、昔から勇者の仕事って相場が決まってんだよ!」



 ジャスティーンを間に挟んで、いがみ合うノエルとアレックス。意外だったのは、あの悪童アレックスが僕の意見を支持してくれていることだった。

 一頻りノエルといがみ合った後、アレックスは僕の顔を見て悪そうに笑みを浮かべた。



 「やるなら早くやっちまえよ、静剣の勇者さんよ。別に大丈夫だぜ、お前が失敗しても、俺がお前の幼馴染って奴をちゃんと殺してやるからな」

 「……」



 その直後に、再び彼の頭に振り落とされるジャスティーンの鉄拳。アレックスはしゃがみこんで悶絶する。

 何事もなかったかのように、ジャスティーンは僕に向かって優しく微笑した。



 「遠い昔、私にもそなたのように救いたかった幼馴染がいた。これは私の立場からしてみれば、あるまじき行為かもしれぬがな……」

 「ジャスティーン……」

 「私には救うことは能わなかったが、そなたは救ってみせよ! 良いな、ノエル?」

 「……はいはい、承知しました。……でも、優しい吾妻らしい答えなのかな」



 もうどうにもならないと思ったのか、ノエルは溜息を吐いて掌を返した。

 そしてジャスティーンは、僕の元へと歩み寄り、今再びかつて霧島を救った聖剣を僕へと差出したのだ。



 「吾妻よ、かつて言ったな。この剣はあらゆる邪悪なものを切裂き、大切なものを繋ぎとめる絆の剣であると……」

 「はい、覚えています」

 「果たして、あの娘の強大な虚無に対してそれが通用するかはわからぬ。一つ言えるとすれば、そなたらの絆の大きさ次第ということだ」



 僕はジャスティーンの手から、聖剣ヘヴンリーブルーを受け取り、感謝の意味を込めて彼女へ深く一礼をした。



 「すみません、ジャスティーン。あなたに迷惑ばかり掛けて、僕は悪い弟子でした……」

 「なーに、気にするでない。そなたと過ごしたあの半年、まるで人間に戻ったみたいに楽しかったぞ。それにな、今はそなた以上の問題児を抱えているのでな」

 「ああ? 誰のことだよ?」

 「あんた以外にいないでしょ……」


 

 蚊帳の外だったアレックスが間抜けそうな顔で呟き、見かねたノエルが溜息を吐きながらそれに突っ込む。再びいがみ合う二人を見ていると、不思議と心が和んだ。

 そして、鞘から抜かれた聖剣ヘヴンリーブルーの刀身は、相変わらず美しい透き通るような青色で、周囲の黒い靄をどんどん浄化していく。

 かつて霧島を救ってくれたこの剣なら。この聖剣と、僕と毘奈の絆に全てを賭けるしかなかった。

 僕は隣で静かに見守っていた霧島へ、覚悟を決めた面持ちで声を掛けた。



 「行ってくるよ霧島、必ず毘奈を助けてくる」

 「ええ、できるわ……あなたならきっと」

 

 

 穏やかに微笑する霧島に別れを告げ、僕はどす黒い瘴気の中で、たった一人蹲っている毘奈の元へと向かった。

 目の前の黒い瘴気を、聖剣ヘヴンリーブルーが切裂き、毘奈へと繋がる道を作っていく。



 「待ってろ、毘奈。今助けてやるからな」



 徐々に濃くなっていく黒い瘴気を切裂きながら、僕はようやく毘奈のすぐ傍へと辿り着く。

 僕の接近に気付いたのか、抜け殻のように蹲っていた泥だらけの毘奈は、俯いていた顔を静かに上げた。



 「吾妻……何だか私、もう疲れちゃったよ。……ここどこ? 私……一体どうなっちゃうの……?」



 最早、毘奈のその顔には、かつて春の陽だまりのようだった明るい笑みも、鬱陶しいくらいの天真爛漫さも見る影もなかった。

 彼女は今、僕の良く知る大好きだった毘奈ではなくなり、深い虚無の奥底へと落ちていこうとしていた。



 「頼むぞ、ヘヴンリーブルー!」



 僕は両手でヘヴンリーブルーを固く握りしめ、瞳を閉じて精神を集中させる。

 こんな時だというのに、小さい頃からの毘奈との思い出が、まるで昨日のことのように蘇り、僕の頭の中を埋め尽くしていた。



 ――僕には幼馴染がいた。天城 毘奈という僕の幼馴染は、明るく、友達も多くて見た目だって可愛い、非の打ちどころのない少女だった。

 僕らは家が近く、親同士も仲が良かった為、物心ついた頃にはすぐ横にいて、一緒に遊んだり、どこかへ行ったり、いっぱい喧嘩もした。



 ――小さな頃は、「毘奈ちゃんを見習いなさい」がうちの親の口癖で、それを言われ度に正直辟易とさせられていた。

 そんな彼女のことが、僕も当然大好きだったと思うけど、同時に少し嫌いでもあった。



 ――僕にとって毘奈は水であり空気であり、土であった。そう、僕は天城 毘奈が傍にいることを当たり前のこととし過ぎていたんだ。



 ある日突然、僕はその当り前のように傍にいた幼馴染を失った。

 愚かにも失って初めて僕は幼馴染の、僕にとって天城 毘奈という存在がどんなに大きなものであるかを知った。



 ただそれは僕だけではなかったんだ。

 あの毘奈ですら、僕の存在を遠くに感じた時、まるで僕が異世界へと消え去ってしまったような気持ちを味わったのだ。

 そういえば、かつて尾瀬先輩も言っていた。僕らは、一番親しい間柄でありながら、互いのことを一番誤解し合っているのかもしれないと。

 結局のところ、僕らが思っていた以上に、僕と毘奈との絆は強いものだったのだから、今となっては皮肉な話だ。



 最早許されないが、僕はただずっとこの言葉を言いたくて、彼女はそれを聞きたかっただけなのかもしれない。

 僕は背徳感を抱きながらも、ただ一度だけのつもりで覚悟を決めて毘奈へ向かい声高に叫んだ。



 「毘奈……俺はお前が大好きだ!!」



 その言葉と共に僕は、勢いよくヘヴンリーブルーを彼女へ向かって振り下りした。

 その直後、辺りを覆っていた黒い靄は穏やかな光へと変わっていく。

 眩い光に包まれていく毘奈は、涙を浮かべて温かな微笑をした。



 「……ありがとう。私も吾妻のこと……大好きだよ」



 天へと昇っていく眩い光の柱。それはまるで、かつてハシエンダで霧島を救った時の再現みたいだった。

 やがて光は夢が覚めるみたいに徐々に消えていき、辺りの景色が開けていく。聖域スウェーダは、広大な森に囲まれた美しい湿原地帯だった。

 そして全ての光が消え去ると、そこには僕の良く知る幼馴染が横たわっていた。僕は急いで駆け寄り、毘奈を抱き上げる。



 「ひ、毘奈! 大丈夫なのか!?」

 「吾妻……私……?」



 夢から覚めたばかりのように、虚ろな様子の毘奈が、泥水に塗れてはいたが温もりのこもった手を僕の肩に伸ばした。



 「何だか夢を見ていたみたい……。凄い怖い夢だったけど、吾妻が私を見つけてくれたんだよ……」

 「ああ、もう心配はいらない。皆で帰ろう……僕らの世界へ」



 目覚めたばかりの弱々しい毘奈を、僕は泥塗れになりながら優しく抱き寄せた。

 毘奈から伝わる懐かしい温もり。きっと僕は、毘奈にずっとこうしてあげたかったんだと思う。

 もう少し早く毘奈を思いのままにこうしてあげていれば、或いは虚無の魔王なんか復活しなかったのかもしれない。

 僕らが頭と背中に手を回してきつく抱きしめ合った後、毘奈は徐に僕の体を遠ざけると、儚げに微笑し囁いた。



 「ありがとう、吾妻……嬉しかったよ。でも、ごめんね……もう後戻りはできないみたい……」

 「ひ……毘奈!?」



 毘奈から再び噴き出す大量の黒い瘴気。彼女は何かに呼ばれるように空中へと昇っていき、周囲を黒い瘴気で覆っていく。

 それは、この世で最も朗らかな美しさを持った究極の化物の覚醒だった。空に舞い上がって体の両脇から黒い瘴気を噴き出す少女は、宛ら『破滅の天使』を思わせた。まるで派手な舞台の演出みたいに、空中で虚無の瘴気を纏った毘奈が静止すると、聞き覚えのある忌まわしく耳障りな哄笑が辺りに響く。



 「ちっ、またあのおっさんかよ。懲りねー奴だな」

 「腕を切り落としてやったくらいでは、わからぬようだな。しかし、この聖域スウェーダまで悪魔が入ってこようとは……」

 「なーに? あの煩くて胡散臭いおじさんは?」

 「来たわね……あいつがあのくらいで手を引くとは、思ってなかったわ」



 数十メートルは離れていたが、その場にいた誰もがそいつの出現を認識した。

 フロッグコートを纏い、シルクハットを被っていつになく慇懃とした出で立ちの奴は、得意気な様子で僕の元へと歩み寄り、被っていたシルクハットを取って一礼をする。



 「御機嫌よう、勇者殿。どうやら、ついに来るべき時が来たようですね?」



 再び虚無へと落ちていく毘奈。その前に突然現れた招かねざる客に、僕は顔をしかめて睨みつける。



 「……お前の仕業か、デーモン・アドバート!」

 「あなたも彼女も何も覚えていないようなので、私がお見せしましょう。ハシエンダで最も有名なおとぎ話、『静剣の勇者と虚無の魔王』の真実を!」



 デーモン・アドバートは薄ら笑いと共に両手を勢いよく振り上げ、辺りはセピア色に染まっていく。

 それは、かつて僕が霧島を救う為、一人でハシエンダへ来た時に見たあの光景とよく似ていた。

お読み頂きありがとうございます。

あっさり終わるように思わせて、話はまだ続きます。

また来週も宜しくお願いします。

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