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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第四十九話 祭典の日1

来るべき文化祭、幼馴染の件で沈んでいた吾妻君の元にあの天才金髪エルフの少女が現れて……。


 夜更かししたわけでもないのに、酷く目蓋が重くて憂鬱とした朝だった。

 ベッドから立ち上がって、カーテンを開けてみる。空には幾重にも重なった灰色の雲が日の光を遮っていて、これから再び夜が訪れるのかと錯覚した。

 顔を洗いに洗面台に行くと、伊吹がご機嫌そうに歯を磨いていた。



 「おはよう、お兄ちゃん。今日は文化祭だよ……って、いつも以上に酷い顔して、どうしたの?」

 「朝からご挨拶だな……」



 僕は基本的に朝が弱かったが、それを差し引いても、今日は伊吹に反論する気力が全く湧いてこない。

 待ちに待った文化祭当日だというのに、相変わらず僕のテンションは最低だった。



 雨でも降り出しそうなどんよりと曇った空の下、僕は傘も持たずに家を出た。

 家から出て間もなく、毘奈の家の前を通った。少しばかり毘奈と出くわすんじゃないかって心配もあったが、そうそう偶然なんて続くもんじゃない。

 少し胸を撫で下ろした僕は、とぼとぼといつもの通学路を進む。しばらくすると、道の途中に霧島が立っていた。



 「おはよう、那木君。心配していたのよ。昨日はちゃんと眠れたのかしら?」

 「おお……霧島、おはよ。まあ、お世辞にもぐっすりとは言えないけど、今日はちゃんと歌えるよ」



 朝からだいぶ憂鬱だったのに、霧島の顔を見ると、不思議とそんな不安が和らいでいく気がした。

 いい加減、霧島に心配ばかり掛けてはいられない。一応これでも勇者なんだからさ。

 例えどんな困難が待ち受けていたとしても、霧島と一緒なら乗り越えられそうな気がする。僕の心に僅かばかりの希望の光が灯る。



 「あーずま! 会いたかったよ!」

 「ぎゃあー!」



 突然物陰から飛び出してきた金髪少女、ノエル・スライザウェイの登場に僕の細やかな希望の光は、風前の灯と化していた。

 ああ、昨日のことなのにすっかり忘れてしまっていたよ。毘奈とのごたごたも片づいていないというのに、ここでノエル登場とかどんな無理ゲーなんだ。



 「や……やあ、ノエル……久しぶり」

 「久しぶりじゃないよ! なんで全然会いに来てくれなかったの!?」

 「い……いや、それはだね……」



 案の定、ノエルは凄い剣幕で詰寄ってきた。こうなるのが嫌だったから、なんて言えないよな。

 頬をリスみたいに膨らませたノエルが、これでもかと顔を近づけてくるもんだから、もう僕はたじたじだった。

 情けないことに、僕は横で棒立ちしている霧島をちらっと見て、助けを求める。

 霧島は溜息を吐きながらも、僕に詰め寄るノエルを窘める。



 「ノエル、そのくらいにしといてあげて。今日は、那木君がしっかりと今までの埋め合わせしてくれるはずよ……」

 「摩利香がそう言うなら……吾妻、今日の文化祭ってお祭り、ずっと一緒に回るんだからね!」

 「……え……あ……はい」



 何とかノエルを宥めて一息吐いた僕が、もう一度霧島を見ると、横を向いてクスクスと笑っていた。

 まあ、焼餅を焼いて不機嫌になられるよりは、些かマシだなと思いつつ、僕らはこの異界から来た天才金髪少女を連れて学校へと向かった。



 ★



 文化祭だってことで、僕のクラスも申し訳程度に出し物をやっていた。確かお化け屋敷のはずだ。

 自分のクラスの出し物のことを、なんでそんなに良く知らないかって言えば、準備を申し訳程度に手伝っていただけだからに他ならない。

 別に、僕が本物の幽霊みたいに存在感が薄くて、忘れられていたってわけじゃない。――まあ、それもあながち否定はできないが。

 僕は軽音部のライブの準備が忙しいってことで、クラスの出し物への当日の参加を免除されていたってことだ。

 軽音部の件は、僕にとって歓迎できることではなかったが、とりあえず、使えるものは何でも使わせてもらった。



 ということで、僕は午後からのライブのリハまで自由時間となっていた。

 これはとても喜ばしいことだったんだけど、僕には洩れなくノエルのエスコートというだいぶ荷が重いおまけが付いてきてたんだ。

 


 普段何気なく歩いている廊下が、文化祭ってことでチープな装飾がされていて、海外の見知らぬ裏通りみたいで、物凄く居心地が悪かった。

 そして居心地の悪い理由はもう一つ。何てことのない男子高校生の僕の腕には、全く似合うはずのないエキゾチックな金髪美少女が、まるで恋人みたいにしがみついているんだから。

 霧島はというと、自分のクラスの出し物があるからということで、しばらく合流できないらしい。

 あいつが真面目にクラスの出し物に参加してるとか、正直悪い夢でも見ているんじゃないかと思ったよ。まあ、あいつもあいつなりに頑張っているってことだ。



 それにしても、すれ違う人たちは僕らのことを、まるで街中でハリウッドセレブでも見たみたいに振返っていた。

 霧島と一緒にいたおかげで、こういうのには慣れっこだったけど、周囲の生徒たちのヒソヒソ話が耳に刺さった。



 「あれって、いつも霧島さんと一緒にいる男子じゃない?」

 「付き合ってるって噂もあったよな?」

 「ああ、仮にそうだったとしたら、あいつ霧島 摩利香に殺されるんじゃね?」

 「ていうか、あんな地味な顔して、霧島 摩利香とかあんな金髪外人美少女連れてるとか、一体どうなってんだ?」

 「確か、陸上部の天城さんともよく話してたよね」

 「世の中間違ってる……」



 言っとくが、全部聞こえてるんだぞ。僕は周囲の好奇な目から逃げるように、文化祭に湧く廊下を早足で歩いた。

 人の少ない階段のところまで来て、僕は息でも止めていたみたいな緊張から解放される。

 そして、僕の真横で不思議そうに首を傾げるノエルに向かって諭すように言う。



 「の……ノエル、ここでは腕を組んで歩くのはやめようか……」

 「ええ? なんで!? 婚約者なんだから、別にいいじゃない!」

 「(こ、婚約者!?)僕の国日本では、こういう公衆の面前で男女がべたべたするのは、とてもはしたないことなんだ」

 「そんなの関係ないよ! それとも、吾妻は私のことが好きじゃないって言うの?」

 「い……いや、俺はただ、愛するノエルがふしだらな女性だと、周りから思われたくないだけなんだ。どうかわかってくれないか?」

 「……むう、吾妻がそこまで言うなら……」


 

 ノエルはかなりブーたれてはいたが、渋々僕の腕から離れた。

 僕はようやく胸を撫で下ろしたわけだけど、よくもまあ、こんな嘘八百を恥ずかし気もなく並べられたものだ。自分自身に関心しちゃうよ。



 それでもノエルのルックスは、周囲に注目されるには十分なものだったわけだけど、さっきよりは些か僕の気は楽だった。

 ノエルは物珍しさに、目を輝かせながら、文化祭のチープな出し物を見て回った。

 


 「吾妻、何あれ? 凄くいい匂いでおいしそう!」

 「ああ、あれはお好み焼きだ」



 見るもの見るもの珍しいわけで、お好み焼きやら鳥の唐揚げやら、色々買ってあげた。

 口の周りをソースやマヨネースで汚しながら、嬉しそうにお好み焼きを頬張るノエルの姿に、僕は幼い日の彼女を見ていた。

 それにしても、あれから色々なことがあったものだ。僕は嬉々としたノエルを見つめながら、もの思いにふけっていた。



 「ねえ吾妻、摩利香はまだ来れないの?」

 「ああ、そういえば、あいつクラスの出し物手伝ってるんだっけ。来るなって言われたけど、何やってるんだったかな?」

 「摩利香見に行こうよ!」



 来るなってことは、霧島的に言わせれば「絶対に来い」ってことだよな。

 僕は珍しく好奇心が湧いてきて、ノエルが行きたいというのを口実に、霧島のクラスの出し物を見に行くことにした。



 霧島のクラスであるA組の前には、一般客が列を成していて、一際繁盛している様子だった。

 文化祭の冊子を見てみると、『モダンカフェ大正ロマン』と書いてあった。

 どうやら、和装した女子生徒がウェイトレスをしている和風カフェみたいだ。



 ということは霧島も……。僕は期待に胸を膨らませ、ノエルと一緒に列に並んだ。

 数分並んで席に通された僕らは、白いテーブルクロスの掛けられた窓際の席に案内される。



 「ああ、摩利香だ!」

 「ええ? どこどこ?」



 ノエルが指を指した先には、赤い着物に白いエプロンを掛けた和装の霧島が、慣れない様子で別の客の注文を取っていた。

 愛想こそなかったが、それはそれは誰もが見惚れてしまうような超絶美少女店員だった。僕はこの瞬間思った。



 ――大正ロマン万歳と。



 あからさまににやけ面をしていた僕を見て、ノエルは怖い顔をして詰め寄ってくる。



 「吾妻、摩利香のことジロジロ見過ぎ! あーいうのがいいの? 私のがもっと似合うもん!」

 「あはは……ノエルには洋装のが似合うかな……」

 


 僕はノエルの機嫌を損ねないよう、急いで霧島から目を逸らす。

 で、とりあえずあんみつか何かを注文しようと店員を呼ぶ。別の店員に声を掛けたつもりだったが、タイミングが悪かったらしい。



 「ごめん、霧島さん。ご注文取ってもらっていい?」

 「ええ、わかった……わ!?」



 不意に注文を取るように呼ばれた霧島は、僕らを見るなり、学校に内緒のバイト先で担任教師とバッタリ出くわしてしまったみたいに凍りついた。



 「よ……よお霧島、お疲れ様……」

 「な……那木君、来るなと言ってなかったかしら?」

 「ああ……いや……その……その格好、とても似合ってて、かわいい……なんて」

 「な、何をいきなり言うの!?」



 霧島は頬を赤らめ、持っていたお盆で自身の顔を隠した。この恥じらう霧島に、鼻血でも出そうだったよ。で、僕はこの瞬間再び思った。



 ――大正デモクラシー万歳と。



 そんなデレデレな僕と霧島の間に、すかさずノエルが割って入る。



 「あーずーまー!」

 「あはは……霧島、あんみつ二つお願いします……」

 「え……ええ」 



 注文を受けた霧島は、恥ずかしがりながら、逃げるように注文を伝えに立ち去った。

 それにしても、よく霧島がこんなの引き受けたなと、僕は大いに疑問に思った。後から聞いた話だと、最近は比較的大人しく学校生活を送っている霧島に、一部の男子生徒たちが土下座して頼み込んだって話だ。

 まあ、見た目だけなら、パンダもビックリのいい客寄せになるのは間違いないのだから、クラスの奴らの判断は賢明だ。

 そうそう、霧島は一見冷たそうに見えるけど、悪意なく頼られると意外と義理堅かったりするんだよ。

 


 異世界の甘味に舌鼓するノエルを見ながら、僕は霧島にあの衣装を着せたA組男子たちの勇敢さを讃え、彼らのような男たちを、きっと後世の人々は英雄と呼ぶのだと感心した。

お読み頂きありがとうございます。

幼馴染のことで悩んでいた吾妻君にひと時の安らぎが。

次回は文化祭後編ということで、吾妻君がついにステージに立ちます。

話も急展開に……(?)


先週の話は割と反響がよく、関係あるかはわかりませんが、ブックマークも二つ頂きました。

クールぶってますけど、こういうときって跳びあがるほど喜んでるんですよ。

本当にありがとうございます。


それでは、また来週にご期待下さい。

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