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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第四十八話 文化祭前夜の出来事

文化祭を目前に控え、果たして吾妻君は幼馴染と仲直りできるのか……。

幼馴染編(?)も佳境です。

 10月もそろそろ終わりに差しかかろうとしていた頃、中間試験も終わり、間もなくに迫った文化祭に学校中が湧いていた。

 当然、僕は軽音部やらクラスやらの文化祭準備にてんてこまいで、目の回るような思いだった。

 今まで僕は、こういうことにとても冷めていたんだけど、特に軽音部のことに関しては、僕らが一つずつ積み上げてきたものが、着実に形になっていることに充実感を抱いていた。

 演奏が終わった後、小さな体には不釣り合いなギターを抱え、少し汗ばみながら、僕の方を見て満足そうに微笑する霧島の顔が好きだった。

 


 だけど僕には、どうしても払拭できない大きな心のしこりがあった。勿論、幼馴染の毘奈の件だ。

 風の噂で、毘奈が尾瀬先輩と別れたというのは聞いたんだけど、あれ以来、僕は毘奈と話せていなかった。

 毘奈に関する酷い噂は、徐々に終息していったが、それは彼女の名誉が回復されたわけではなく、単に皆がその話題に飽きたからだった。

 結論から言えば、毘奈の言う通りであったのかもしれない。人の噂も七十五日なんてよく言ったもので、放っておけば良かったのだ。

 結局、僕のやったことで毘奈を余計に傷付けてしまった。尾瀬先輩と別れたのだって僕のせいかもしれない。

 


 僕が何となく浮かない顔をしていることに霧島は気付いていたし、それは毘奈のことが原因であることも知っていた。

 その上で、彼女は特に口を挟まなかった。別に彼女が冷たかったわけじゃない。



 「那木君と天城さんのことは、きっと当人どうししかわからない。だけど、例えどんな選択をしたとしても、私はあなたの味方よ……」



 それが霧島の答えであり、優しさだった。

 仮にも彼氏である僕が、他の女の子のことで思い悩んでるんだから、霧島としても本当はあまり面白いはずなんてないんだ。

 僕もそんな霧島に甘えていないで、いい加減毘奈とのことを謝るなり、ぶたれるなりしてすっきりさせなきゃならない。



 そう、それは翌日に文化祭を控え、熱気に湧く学校からの帰り道だった。

 すっかり日も短くなって、つい最近まで明るかった帰り道は、僅かな夕暮れの光と青い闇に包まれていた。

 そう言えば、最近毘奈のことばっかに気を取られていて、勇者としての使命みたいなものをすっかり忘れていた気がする。

 しかも、何かもっとヤバいこともあった気がする。僕は恐る恐る霧島に問い掛ける。



 「そう言えば、魔王を封印する……何だっけ、『天国への階段』とか言う魔法のことについて、何かわかったの?」

 「ええ、とても難解で危険な魔法であったけど、何とかなりそうよ……」

 「凄いじゃないか! これでもし魔王が復活しても、何とかなるんじゃないか!?」

 「ノエルが優秀であるおかげよ……。でも、まだ本来の目的には達してない。例え魔王を封印できたとしても、あなたが死んだら意味ないわ……」



 霧島は表情一つ変えず、淡々と返答した。言い方は冷淡ではあったが、言っていることは愛に満ちている。

 僕の命を気遣ってくれている霧島に感動しつつも、僕はある意味魔王以上に厄介なものを思い出してしまった。



 「ああ……そう言えば、の……ノエルは元気かな……?」

 「研究熱心ではあるのだけれど、あなたに会えなくて不満ダラダラよ」

 「ごめん……霧島……」

 「いいのよ……。あなたは天城さんのことで大変だったし」



 僕はもう、霧島の優しさにとろけてしまうかと思った。

 ただでさえ大変なことばかりなのに、これでノエルのことまで考えないといけないとしたら、田舎の駅の待合所にも満たない僕のキャパシティーなんて、とうに破裂していた。

 全く、ここまでされたら、もう霧島には足を向けて寝られないじゃないか。

 霧島の気遣いに感謝し、僕は彼女に微笑みかける。すると、彼女も僕に応えるように穏やかに微笑して言った。


 

 「それと、もういい加減我慢し過ぎて破裂寸前みたいだから、明日ノエルを学校に呼んだわ……」



 文化祭……それは部外者が合法的に学校へ来られるクソ素晴らしい一大イベントだということを、僕はすっかり忘れていた。

 学校最凶、伝説の魔導士マッドチェスターの再来である彼女の力を持ってしても、あのエルフの天才少女を言い包めるのは限界みたいだ。

 僕はだいぶ気分が重くなってしまったけど、ここまで来たら仕方ない。圧倒的逆境に、僕は何かが吹っ切れたみたいだった。

 


 「明日は文化祭だし、その前にけじめをつけたい。今夜、毘奈とちゃんと話をしてくるよ」

 「ええ……健闘を祈るわ」



 駅で霧島と別れた頃には、辺りはすっかり真っ暗になっていて、僕の良く知る近所の家々には温かな光が灯っていた。

 鉄は熱いうちに打てなんて言うけど、僕はこの熱が冷めないうちに毘奈の家へと向かうことにした。

 この日も、何も知らない美人のお母さんが、温かく僕を迎え入れてくれた。何なら夕食でも食べていくように誘われたけど、



 「ありがとうございます。でも、用件が済んだらすぐに帰るんで……」



 と、丁重にお断りした。

 毘奈のお母さんは少し残念がったが、それでも機嫌良さそうな様子で二階にいる毘奈を呼んだ。



 「毘奈ー! 吾妻ちゃんが来たわよ!」



 反応がなかったので、毘奈のお母さんは何回か呼び直し、四回目でやっと少し不機嫌そうな毘奈が階段を降りてくる。



 「吾妻、こないだもそうだけど、来るんなら電話くらいできるでしょ?」

 「ああ……そうだな、ごめんごめん……(お前もいきなり家に来たけどな……)」

 「いいじゃない、吾妻ちゃんなんだから。ごめんね、吾妻ちゃん、いつでも来ていいのよ」

 


 毎回アポなしで来る、飛び込み営業みたいな僕を毘奈は咎めたが、すかさず彼女のお母さんがフォローする。

 どうやら、お世辞にも毘奈の機嫌は良いとは言えないようだ。当然と言えば当然か。

 僕もその辺は考えていたけれど、電話なんかしたら断られる気がしたので、あえて黙って行くことにしたんだ。



 母親もいる手前、無下に追い返すこともできなかったのか、毘奈は快くとは言えないまでも、僕を部屋まで上げてくれた。

 僕は彼女が用意してくれたクッションの上に座り、彼女は近くのベッドに腰を下し、訝し気な様子で僕を見た。



 「で、今日は何なの吾妻?」



 冷淡とまでは言えないけど、いつも鬱陶しいくらい快活な彼女からしてみれば、この声のトーンは確実に機嫌が良くない。

 だが、僕は覚悟を決めたんだ。ここで怖気づいてしまったら、仮にも勇者なんて名乗れない。



 「こないだのこと、本当にごめん! 自分のことばっかで、毘奈の気持ちなんて全然考えられてなかった」



 僕の土下座でもするんじゃないかってくらいの圧倒的な謝罪に、毘奈は数秒間黙ったままだった。

 もうダメかと思って顔を上げると、毘奈は予想外に優しく微笑していた。



 「やっぱりそのことか……。確かにあれは堪えたけど、吾妻はもう気にしなくていいんだよ」

 「良くないだろ。尾瀬先輩と別れたって言うのも、俺が余計なことしたから……」

 「あの事がなくても、遅かれ早かれ別れてたよ……。だからそれは、私のせいなんだよ」



 毘奈がこの時、嘘を言っているようには思えなかった。

 しかし同時に、やはり毘奈が僕を心配させないように強がっているのも間違いなかった。

 僕は毘奈がいつも僕に言うように、彼女へ言った。



 「お前、無理してるだろ? 幼馴染なんだから、そのくらい話してればわかるよ」

 「勝手に勘繰らないでよ。じゃあ、私が仮に無理をしているとして、吾妻はどうしたいの?」

 「この前の償いってわけじゃないけど、お前の力になりたいんだよ!」

 「吾妻に何ができるって言うの? 幼馴染って言っても、私たち他人なんだよ?」



 今回、僕が遠慮なしにズカズカ毘奈の中に踏み込んでいったものだから、毘奈はあからさまに不快感を露わにした。

 果たして、僕は一体どこに着地点を見出していたのだろう。都合のいい着地点なんて初めからなかったのかもしれない。

 いつ以来だろうか。僕と毘奈は感情を剥き出しにして言い合いをした。



 「この前も言ったけど、いつも俺たちは姉弟みたいなものだって言ってただろ! 家族が無理をしてたら、心配するもんだろ!?」

 「だから、無理なんてしてないって言ってるでしょ!」

 「いいや、してるね。そうじゃなきゃ、こんな感情的になったりするもんか!」

 「吾妻のくせに生意気! 知ったようなことばかり言って!」



 もう手の付けようがない口喧嘩だった。僕らはこれを数分間続けたもんだから、最後は流石に疲れて、無言のまま互いを怖い顔で見つめ合っていた。

 ハシエンダで怪物と見つめ合っていた時みたいに、長い長い緊迫が続く。その後緊張の糸が切れたのか、毘奈は溜息を吐いて俯いたまま口を開いた。



 「じゃあ吾妻は、私がお願いしたら、何でもしてくれるの……?」

 「え……まあ、俺ができることなら……」

 「そう……」



 僕が少し気を抜いた瞬間、毘奈は徐に立ち上がって僕の肩に手を掛けた。



 「ひ……毘奈!?」



 全く油断していた。というか、毘奈がこんなことするなんて誰が考えるものか。

 毘奈はそのまま僕の体を押し倒し、僕に覆いかぶさるようにして僕の顔を見つめた。

 僕の顔に垂れた毘奈の長い髪が、周囲と僕らを隔て、至近距離にある彼女の端正な顔と、嗅覚をくすぐるいい香りで、どうにかなりそうだった。

 そして僕は、目の前のいつになく真剣な顔をした毘奈に釘付けとなっていた。



 「この前と逆だね……。私、吾妻となら、嫌じゃなかったよ……」

 「い……嫌って、何を急に……」

 「何でもしてくれるって言ったよね?」

 「いや、俺は単に幼馴染としてお前の力に……」



 僕はこの時ほど毘奈を恐ろしく感じたことはなかった。この誘惑めいたものに、僕は抗うことができなかったんだから。

 僕が狼狽していると、毘奈は僕の頬に手を当て、せせら笑うように言う。



 「家族みたいなものって言ってもさ、私たちは家族じゃないんだよ。……だからさ、吾妻と私は何だってできるんだよ」

 「おおお……お前、何かおかしいよ!」



 ああ、最初は毘奈のいつも以上にたちの悪い冗談なのかと思ったよ。

 だけど、目の前のいつも見慣れた毘奈の顔は、僕が見たことのない妖艶な微笑を浮かべていた。



 「吾妻が悪いんだよ。何でもするなんて言うから……」

 「待て待て待て待て! 俺には霧島がいるんだ。だから……お前とそんなこと!」



 妖艶に微笑していた毘奈は、霧島の名前を聞くとあからさまに眉をひそめ、再び真剣な眼差しを僕に向ける。



 「マリリンは悲しむよね……。こんなの最低なのはわかってる。だけどさ、私が吾妻のことを好きだって言ったら……吾妻はどっちを取るの?」



 何なんだこの究極の質問は。もし半年前にこんなことを言われていたら、僕は無条件に彼女に惹かれていただろう。

 毘奈は身動きの取れない僕に対して、まるで口づけでもせんとばかりに徐々に顔を寄せた。

 僕の理性は本当にどうにかなっちゃいそうだったけど、僕は崖っぷちでなんとか踏みとどまっていた。


 

 自らを犠牲にして悪魔から僕を守った少女を、魔獣になってまで僕のことを忘れないでいてくれた少女を、僕と「家族になりたい」と言ってくれた少女を、僕は絶対に裏切るわけにはいかなかった。

 こんなのはきっと違う。例え毘奈が大事な幼馴染であっても、僕にとって霧島の存在はどんなものより大きかった。



 「やめろ、毘奈! 悪い冗談はよせ!」



 僕は力任せに毘奈を押しのけると、硬い覚悟を示すかのように立ち上がって彼女を見下ろした。

 へたり込んだ毘奈は、僕を見上げて、ただ悲し気に微笑していた。



 「……じゃないよ。冗談じゃ……ないよ」

 「本当だとしても、俺はお前の気持ちには応えられないよ……」

 「そうだよね……なら、もう帰って。これ以上私を苦しめないでよ……」



 一粒の涙が、儚げに微笑する毘奈の綺麗な頬を伝った。

 一体僕は何をしようとしていたんだろう。毘奈にこんなことを言わせる為に、僕はここに来たのだろうか。 

 結局、状況を悪化させるだけ悪化させただけだ。僕はもう帰るしかなかった。



 「ごめん……毘奈……」



 そう言って僕は、毘奈のお母さんの静止も聞かず、逃げるように彼女の家を飛び出して行った。

 そして僕は、どうしようもなく冷めきった夜道を、そのまま当てもなく彷徨い歩いた。

 僕は彼女の為と言いながら、彼女の心に全然寄添えていなかった。全ては僕の自己満足だったのだ。

 もう勇者も魔王も、文化祭もどうだって良かった。失ったものの大きさに、どこともわからぬ公園で僕は泣き崩れていた。

 そして泣き疲れた僕は、こんなよく知らない公園の暗く冷たいベンチの上で眠りに落ちてしまった。



 気付くと僕は、ここにあるはずのない温もりを感じて、目を覚ました。

 瞳を開くと、青い闇の中に薄っすらと目の覚めるように美しい少女が、街灯に照らされて優しく微笑していた。



 「明日は大事なギグだというのに、こんなところで眠っていては、風邪を惹いてしまうわ」

 「き……霧島……?」



 目を覚ますと、僕はベンチの上で霧島に膝枕されていた。

 彼女がいつも着ている黒いパーカーは、僕の涙で薄っすら湿っている。

 たぶん、僕が感極まってこの公園で演じた醜態を、彼女は全て知っていることだろう。

 なんてかっこ悪い勇者だ。こんなところを見られてしまった以上、彼女には正直に話す以外ない。



 「毘奈とのこと、ダメだったよ……。もう、どうにもならなそうだ」

 「スティーヴン・タイラーは言ったわ。“危険を避けるな、賭けを恐れるな。しくじることでしか人間学ばないもんなんだ。失敗して初めてわかるものなんだよ” ……でも、安心して。例え失敗しても、あなたには私が付いているのだから……」



 そう言って霧島は、僕の顔を優しく胸に抱き寄せた。

 彼女の胸に抱かれていると、僕のどうしようもない不安や失望は、どこかに消え去って行く気がした。

 霧島は僕に救ってもらったなんて言うけど、結局のところ、いつも救われていたのは僕だったのかもしれない。

 いずれにせよ、毘奈との関係を清算できないまま、僕は来るべき日である文化祭の朝を迎えることとなった。

ありがとうございました。

何だかわかりませんが、若干卑猥なものを書いてしまった気分です……。

来週はいよいよ文化祭です。

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