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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第四十四話 幼馴染

第四十四話です。宜しくお願いします。

 天城 毘奈は、僕の幼馴染であった。

 僕らは同じ年に同じ病院で生まれ、同じ町内で家族みたいに育った。

 彼女は誰にでも優しく、鬱陶しいくらいに快活で、僕と違って勉強もスポーツもでき、誰からも好かれた。

 小さな頃は、「毘奈ちゃんを見習いなさい」がうちの親の口癖で、それを言われ度に、正直辟易とさせられていた。

 そんな彼女のことが、僕も当然好きだったと思うけど、同時に少し嫌いでもあった。



 小さい頃がただただ良かったと思えるのは、単純に何も考えなくて良かったからだろう。

 ただ毎日が、青い空みたいに無限に広がり、陰ることのない温かな日差しに照らされ、煩いくらいに蝉が鳴くだけの世界。単純だからこそ、そこはユートピアであった。

 ああ、今考えても、そんなユートピアに終焉をもたらしてくれた思春期なんてものは、本当にろくでもないものだ。

 徐々に男女は切り離され、僕らは別の人種、異民族、異教徒になっていった。

 毘奈は年を重ねるごとに美しくなっていき、同年代の男子からは、よく彼女のことが可愛いだとか、彼氏はいるかだとか聞かれ、正直ウンザリだった。



 でも、その頃までは僕の彼女へ対する感情は、複雑なものではなかったのだと思う。

 本当のところ、付合う付合わないだとか言われても、実感が湧かなかったし、僕らはきっとまだそんなものを、本気で求めていなかったのだから。

 お恥ずかしい話、僕が本気で毘奈のことを意識したのは、彼女が尾瀬先輩と付き合い出してからだと思う。

 「人間、大切なものは失ってから気付くものだ」なんてよく言ったもので、その頃の痛々しいお話しは、もう既に最初にしてることだと思うから、どうか割愛させて欲しい。


 

 勇者だの魔王だの、霧島のせいでろくでもないことに巻き込まれちゃったのは事実だけど、その存在があったからこそ、僕と毘奈との関係は、これまでにないくらい安定したものになっているんだと思うんだ。

 僕らはこの年になって、ようやく何のわだかまりもない普通の幼馴染になれたのだと思った。

 だから、毘奈が僕の幸せを願ってくれたように、僕は毘奈の幸せを願ってやらなくちゃいけない。

 それが、今の彼女への素直な気持ちだ。まだ少し癪には触るが、あのいけ好かないイケメンの尾瀬先輩とも上手くやって欲しいものだ。



 ――そんなことを思い始めていた矢先の出来事だった。



 新学期が始まってしばらく経った、9月の中旬くらいであったと思う。

 僕と霧島は、10月に迫った文化祭へ向け、毎日軽音部でバンドの練習に勤しんでいた。

 とりあえずギターを習っていただけの僕が、一体何の運命の悪戯か、ボーカルなんかをやる羽目になってしまったわけで、高妻先輩の理不尽な怒号、苗場先輩の憐れみ、霧島の理解不能な励ましと、特訓は苛烈を極めていた。



 この時期の夕暮れって本当に素晴らしい。部室の窓から差し込むオレンジ色の陽ざしは、この過酷なバンド練習に終わりをもたらしてくれるのだから。

 例の如く、僕はギターを背負って部室から昇降口へ、薄暗くなり始めた廊下を霧島と一緒に歩いていた。

 人気のない学校というのは、もの寂しいものだけど、どこからか、そんな雰囲気には相応しくない男女の大きな声が響いてきた。



 「ちょっと先輩、意味わかんない! なんでそうなっちゃうわけ!?」

 「お前が、いつも他の男の話ばかりするからだろ? 俺だって我慢してたんだ!」



 放課後にこんな大きな声で痴話喧嘩なんて、ご苦労なこった。

 その男女の声は、僕らが歩いていた2階廊下からすぐ下の、人気のない校舎裏の物影からであった。

 正直いつもの僕だったら、そんな下らない痴話喧嘩なんか無条件でスル―するところなんだけど、何か腑に落ちないぞ。

 すると、霧島は徐に窓の方へと歩いて行き、痴話喧嘩している男女を2階から見下ろした。



 「どうしたんだよ霧島? あんなのあんまり覗き見するもんじゃないぞ?」

 「そうね、あれが他人であれば、まず知ったこっちゃないのだけれど、そうじゃないみたい……」

 「え……あれってまさか!?」



 そのまさかだった。ぼくらの真下で痴話喧嘩をしていたのは、僕のフ〇ッキン幼馴染の天城 毘奈と、彼氏の尾瀬先輩だった。

 二人は、陸上部のユニフォームであるランニングシャツと短パンの状態で、言い争いをしていた。

 


 「付合ってから、どのくらい経つと思ってるんだ? お前はこのままでいいのかよ!?」

 「先輩のことは好き。でも、そういうことする為に付き合ったんじゃないもん!」

 「それって、彼氏彼女っていえるのかよ?」



 あーあ、何だか凄くナイーブな内容みたいだ。あまり聞きたくもない。

 二人とも完璧な美男美女のカップルだとは言っても、いつも上手くいくとは限らないみたいだ。

 その光景を見てるのに嫌気がさした僕は、霧島にさっさと帰ろうと誘う。



 「こんなの聞いてても仕方ないし、早く帰ろうぜ」

 「ええ、だけど喧嘩の内容……あなたも無関係ってわけじゃなさそうよ……」



 霧島がそう言うので、僕は再び二人の方を見て耳を凝らした。



 「だから、吾妻はただの幼馴染だって言ってるでしょ! 気にし過ぎなんだよ!」

 「そんなことはわかってる! だけど、彼に特別な思いがあるから、これ以上踏み切れないんじゃないのか?」

 「そんなわけないでしょ! もう知らない!」 

 「おい、ちょっと待てよ、天城!」



 怒ってその場を立ち去る毘奈を、慌てた様子で尾瀬先輩が追いかけて行く。

 喧嘩をするのは勝手だけど、ただでさえ面倒事を沢山抱えている僕を、どうか巻き込まないでもらいたいものだ。

 そう言えば、海に行った時、尾瀬先輩が僕がもしライバルだったら、どうたらこうたら言っていたな。

 世の中とはわからないものだ。世間一般から言わせれば、僕と尾瀬先輩じゃ、どう考えたって尾瀬先輩に軍配が上がると言うのにね。

 あの爽やかなイケメンは、悪い奴じゃないんだけど、意外にも肝っ玉が小さいみたいだ。僕も大概なんだけどね。

 僕と霧島は、とりあえず見なかったことにして、黄昏の中をいつもの帰路に就いた。



 ★



 駅まで霧島を送った僕は、暮れかかった街の中を自分の家に向かって一人歩いていた。

 あまり関わりたくはないけれど、やはり毘奈のことについては気掛かりだった。

 もやもやしながら歩いていた僕は、家のすぐ近所の川岸へさしかかった。小さな頃は、ここでよく毘奈と遊んだものだった。

 よく見ると、薄暗い中に人影があった。誰かと思ってよく見てみたら、明らかにそれはしなやかで端正な毘奈の後姿だった。

 川辺でもの寂しく佇む毘奈に対して、僕は話し掛けようかどうか迷った挙句、いよいよ放っておけなくなって声を掛ける。



 「おーい、こんなとこで何やってんだよ、毘奈?」

 「……吾妻?」



 振返った彼女の顔は、予想外の僕の登場に戸惑いを覗かせる。

 後姿は沈んでそうに見えたが、彼女はすぐに笑顔を作って言った。



 「別に何もしてないよ。ただこの川が見たかっただけ……」

 「そうか……。それならいいけど、てっきり何かあったのかと思ったよ」

 「ふーん、そう思ったんだ。……じゃあ、何かあったとしたら、吾妻は私のこと心配してくれるの?」

 「……へ? ……あ、まあ……お……幼馴染だし!」



 毘奈が、微笑しながら僕の顔を見上げるように覗き込んだので、僕は思わずのけ反って狼狽した。

 案の定、毘奈はお腹を抱えて笑い出した。僕は顔を真っ赤にして憤慨する。



 「ちょ……おま、笑い過ぎ!」

 「あははは……だって吾妻、本当に可笑しいんだもん!」



 なんだよ、人を揶揄う余裕があるんじゃないか。心配して損したよ。

 ただ、いつもの笑顔に比べると、どこか表情にもの寂しさがあるような気がする。

 笑い終わった毘奈は、人差し指で涙を拭いながら言う。



 「ちょっと、先輩と喧嘩しちゃったんだ……」

 「ふーん、やっぱりそうか」

 「なんだ、吾妻も気付いてたんだ」

 「そりゃ、校舎裏であんな大きな声で言い合いしてれば、気付きたくなくても気付くわな……」



 まさか僕に聞かれていたとは思わず、毘奈は夕陽が当たった肌でもわかるくらい、顔を真っ赤にして驚いた。



 「知ってるくせに鎌かけるなんて、吾妻のくせに生意気だぞ!」

 「いつも散々揶揄われてるんだから、このくらいお返ししても罰は当たらないよ」



 僕のシニカルな態度に、毘奈は膨れっ面をするが、すぐに柔らかく微笑をした。



 「でもいいや、私のこと心配してくれてたんでしょ? それに何かさ、ここにいたら吾妻が来るような気がしてたんだ」

 「ああ……まあ、帰り道だしな……」

 「私たち、やっぱり変わっちゃったのかな? 吾妻とここで遊んでた頃みたいには……もう昔みたいには戻れないのかな……?」



 毘奈はいつになく感傷的な様子だった。それを誤魔化すように、彼女は川に向かって小石を投げる。

 もう僕は、毘奈に何を言ってやれば良いのかわからなかった。霧島だったら、ここでどっかのロックスターの名言を引用してくるんだろうが、あいにく僕にはできない芸当だ。

 毘奈は自分が投げた石の行方を眺めた後、振返って声を震わせながら言った。



 「私……変わりたくないよ……」



 それは、完璧な彼女が誰にも言えずに抱え込んでいた悲痛な叫びだったのかもしれない。

 振返った彼女の夕暮れ色に照らされた頬を、ルビーみたいに美しい涙が伝っていた。

 一体、神様は僕にどうしろって言うんだ。例え大事な幼馴染であっても、僕は霧島みたいに毘奈を抱きしめてやることはできない。

 ああ、そうだ。僕にできることと言ったら、遥か昔そうしたかったように、ただハンカチを渡してやることくらいなんだ。



 「使ってないから、拭けよ」



 僕がそう言って差出したハンカチを、毘奈は涙を流しながらも、少し嬉しそうな様子で手を伸ばし受け取った。

 それは僕と、大好きだけどちょっと嫌いな幼馴染の物語。世界を異にしてしまった僕らは、再び今ここで巡り会えたような気がした。

ここまで細々と続けてきましたが、先日ようやく10件目のブックマークを頂きました。

たかが10件ですが、僕にとっては今までで最高の記録です。

本当にありがとうございます。

現在、終盤部分の執筆をしております。

最後まで、どうぞ宜しくお願いします。

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