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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第四十三話 新学期

まだまだ続きます。

 日々の暑さにうんざりさせられながらも、季節は確実に移り変わって行く。

 魔王だの、軽音部だの、エルフだので、問題が次々に山積していった夏休みも終わり、いよいよ新学期の幕開けだ。

 一応彼女になったはずの霧島は、ノエルと共に『天国への階段』という魔王を封印する為の魔法の研究で忙しく、軽音部の練習で会う以外はあまり相手をしてくれなかった。



 眠い目を擦りながら、僕はギターを背負って前日のゲリラ豪雨でできた水溜りに入らぬよう、朝の通学路を夏休みボケ全開でトボトボと歩いていた。

 これまでの人生で、学校なんてものにはまず行きたいと思ったことはなかったが、今はこれがなければ霧島に会えないので、夏休みが終わってしまったというのに気分はそんなに悪くなかった。

 流石に学校まではあのノエルも付いて来ないだろうし、気楽なもんだ。

 あくびをしながらボケーっと歩いている僕に、元気を押売りしてくるような鬱陶しい声が掛かる。



 「おはよー! ギター少年! ボーっと歩いてると、車に轢かれるよ! 新学期なんだから、シャキッとしなよー!」

 「げ……毘奈……」

 「げ……って何? 朝から可愛い幼馴染が声掛けてあげてんのに、ご挨拶じゃない」



 言っておくが、僕は毘奈のことが好きだったし、今も嫌なわけじゃない。

 だけど、最近霧島とばかり一緒にいるせいで、朝からこの鬱陶しいくらい快活なフ〇ッキン幼馴染は、正直手に余った。

 いくらステーキが好きだって言っても、朝から出てきたら胸焼けしちゃうだろ?

 僕のあからさまな反応に、毘奈は膨れっ面して絡んでくる。

 まあ、こうなるってわかっていながら答える僕も大概なんだけどさ。



 「そういえば、お前、朝練はどうしたんだよ?」

 「もう、今日は休み! ……ってことで、今日は寝坊助な幼馴染君と一緒に登校してあげようってわけ」

 「何でそんな上からなんだよ?」

 「いいでしょ? 別に吾妻なんだしさ」

 「お前な……」



 全く、新学期早々調子を狂わせてくれる。僕らは家族のことやら他愛もない話をしながら、学校へと向かう。

 で、毘奈はニンマリとしながら、霧島とのことを聞いてくるんだ。



 「それで、マリリンとは最近どうなの? チューぐらいした?」

 「……て……は? してねーし! ていうか、なんでそんなことお前に言わなきゃならないんだよ!」



 毘奈の露骨で唐突な問い掛けに、僕は顔を真っ赤にして両手を振った。

 まあ、それを見た毘奈は当然お腹を抱えて大笑い出し。こいつは本当に僕を揶揄うのが生き甲斐みたいだ。



 「あははは……吾妻ウケる!」

 「うるさいな! もう、先行くぞ!」

 「待ってよ、吾妻! ごめんごめん、っていうか、全然進展してないじゃん!」



 笑い転げそうになる毘奈をおいて足を早めると、毘奈は涙を拭いながら小走りして付いてくる。

 確かに僕と霧島の関係はあまり進展していないのも事実だが、誤解しまくりの成長した美少女エルフの登場など、不可抗力もあるのだ。



 「じゃあ、一体お前はどうなんだよ?」

 「え……? 私!?」



 僕がそう切り替えしてくるとは、あまり予想していなかったみたいで、毘奈は多少驚き口ごもらせる。

 本当の話、そんなこと聞きたくもなかったんだが、彼女を困らす為に敢えて言った。



 「そうだよ! 人のこと聞くんだから、お前も答えるのが道理だろ?」

 「吾妻、それってセクハラだよ」

 「な……お前……!」



 このジェンダーフリーが声高に叫ばれている世界にあって、何というダブルスタンダードだ。

 かつて世界は女より男の方が強かったなんて僕は信じない。男尊女卑なんて都市伝説だ。

 男女平等ってのは、究極的には女性の侵略だと僕は思うんだ。だっておかしいだろ? 男女平等とか言っておきながら、レディファーストだとか女性限定割だとか、あんなに持てはやされてるんだから。

 僕がそんなこと考えながら、口をパクパクさせていると、曲がり角でバッタリ尾瀬先輩に出くわした。

 この頃になると、この先輩へのわだかりもだいぶなくなり、普通に挨拶できるくらいの関係になっていた。



 「ああ、尾瀬先輩、おはようございます」

 「やあ、天城、吾妻君、おはよう!」



 尾瀬先輩は、今日もインチキ臭いくらい爽やかに挨拶を返した。

 まあ、この人へのアレルギーがなくなったとはいえ、友達とかになれるかって言われたら、正直ご遠慮願いたい。

 別に毘奈の彼氏だからどうのってことじゃない。世間一般から見れば、非の打ちどころのない健全な少年なわけだけど、僕は捻くれてるからそこが苦手だったりする。

 で、気になったのは、今日の毘奈の態度だった。



 「あ……おはよう……ございます」



 歯切れが悪く、声のトーンも一オクターブくらい低かった。

 さっきまでの鬱陶しいくらい快活な彼女なんて見る影もなかった。できることなら、僕への態度もその十分の一でもしおらしくして欲しいものだ。

 その後、しばらく三人で学校へ向かって歩いたが、どうもこの二人がギクシャクしてるようで、あまり会話は弾まなかった。

 そんな微妙な空気の中、学校近くで霧島に出会った。何故か凄く救われた気がした。



 「よお、霧島、おはよう」

 「おはよう……那木君」



 そうそう、この素っ気ない挨拶。彼氏なのに親密さを少しも感じさせない安定の霧島クオリティーだ。

 だが、彼女に救われたのは僕だけではなかったようだ。



 「マリリン、おはよー!」



 渾身の笑顔で霧島に抱き着く毘奈。霧島はあからさまに嫌そうだけど、前みたいに拒絶したりはしない。

 結局、毘奈が霧島に絡んだせいで、僕は尾瀬先輩と並んで登校することになってしまった。

 しかし、それでも毘奈が一緒だった時よりは、気まずくはなかった。見た感じ喧嘩してるわけでもなさそうだし、倦怠期ってやつか?

 僕と尾瀬先輩が何とも言えない雰囲気で歩く数メートル前で、毘奈が霧島に親し気に話しかけている。

 鈍感な僕からしても、この二人の間に何かあったのは間違いないと思ったが、そんなこと気にしても仕方ないので、僕はスル―しておくことにした。

 何しろ、そんなことを気にさせないくらい、雨上がりの青い空は澄み切っていた。遠くには高山と見紛うほどの巨大で見事な入道雲が浮かび、夏の終わりなんて嘘のようにヒグラシが鳴いていた。



 校庭に入り、僕らはいつも通りモーゼの十戒みたいに開かれた道を進み、昇降口へと入って行く。

 尾瀬先輩と別れた僕は、霧島と毘奈と一緒に一年生の教室へと向かう。

 全く何の変哲もない、恐ろしいくらいに平然とした新学期の幕開けだった。



 教室へと向かう前に僕と霧島は毘奈に別れを告げ、部室へギターを置きに行く。

 ようやく霧島と二人になった僕は、最近会っていないノエルのことについて問い掛けてみた。



 「そういえば、ノエルは大人しく留守番してるの?」

 「学校へ行ってあなたに会うんだって聞かなかった……付いて来ないように言い包めるのに苦労したわ」

 「ああ……すまんな、霧島」

 「全く、あなたのフ〇ッキン可愛い婚約者にも困ったものね……」



 僕の申し訳なさそうな反応に、皮肉交じりの冗談で返す霧島。基本無表情なので、冗談かどうかは何とも言えないが。

 朝のこんな場ではあったが、僕は霧島との関係をノエルにちゃんと説明していないことを申し訳ないと思った。



 「ごめん霧島、ノエルへの誤解はちゃんと説明できるようにするからさ……」

 「別に気にしてない……。むしろ今クソ真面目にあの子へ説明なんかして、癇癪でも起こされた方が堪らないわ。あの子は貴重な協力者なの。

 それに魔王のことが何とかなるまでは、そんなこと大した問題ではないわ。勿論、全てが済んだ暁には、私も当事者だし一緒に説明してあげる……」


 

 この普段不愛想なところも、口が悪いところも吹っ飛んでしまうくらい、霧島は冷静で大人な見解をした。

 本当の話、魔王の脅威が去らなければ霧島と家族になることも、はたまたノエルと種族を超えた結婚をするなんてことも、絵に描いた餅でしかないわけだ。



 「それでも修羅場が見たいのなら、あの子に今すぐ本当のことを話すのも良し……反対にあの子と可愛いハーフエルフの赤ちゃんでも拵えてみるのも、あなたの自由よ……」

 「き、霧島さん……冗談ですよね……?」

 「どうとるかも、あなたの自由よ」



 たまに霧島がこういう冗談を言うときは、少なくとも口元くらいは笑って見せたりするもんなんだけど、この時は顔色一つ変えていなかった。

 何だかんだ、やはり霧島も気にはしているようだ。僕の頭に過ったのは、霧島が冗談で提案した後者の選択肢の方。果たしてそんなことをしたら、どんな恐ろしい制裁が待っているのやら。

 興味本位で少し考えてみたものの、霧島が本気で怒ったことを想像した僕は、中東の紛争地帯にでも逃げ込んだ方が、まだ平和に暮らせるのではないかと思っていた。



 ホームルーム前のクラスの中は、夏休み前を正確に模写したようにいつもと同じく雑然としていた。

 基本、いつもこの雰囲気を鬱陶しく思っていたが、今ではこの鬱陶しい雑然とした雰囲気でさえ、以前と何ら変わらないものとして懐かしく、むしろ安心感すら湧いてくる。

 良くも悪くも、うちのクラスの連中は、僕のことになんて全く関心がないんだ。

 例え僕が誰と付き合おうと、実は勇者の生まれ変わりで、魔王と戦わなければいけないなんてろくでもない運命を背負っていたってところで、こいつらには知ったこっちゃない。



 そういえば、最近は魔王のことに関しても、霧島とノエルに調査を任せっぱなしで、ろくに関わっていなかった。全くもって大した勇者様だこと。

 僕は何とも言えないこの気怠い安心感に包まれ、窓際で僅かに揺れるカーテンとその向こうに広がる青い空を、片肘をつきながらボーっと眺めていた。

お読み頂きありがとうございます。

続きはまた来週。

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