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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第四十二話 天国への階段

今週は一話のみの投稿となります。


 あくる日、僕は普段あまり乗ることのない電車に乗り、はるばる霧島の家の最寄り駅まで行った。

 まあ、電車で三駅程なので、対して遠いってわけじゃない。

 それでも最愛の彼女が住んでるのでもなければ、まあ特に足を運ぶことなんてない何もない街だ。

 待ち合わせの時間に改札前で立っていると、僕を呼ぶ愛らしい声が遠くの方から響いてくる。



 「おーい! あーずま!」



 そのクソ素晴らしく愛らしい声に、僕のテンションはがた落ち。

 それは付合ったばかりの僕の最愛の彼女では勿論なく、人間に化けたエキゾチックなエルフの少女、ノエル・スライザウェイだ。

 霧島は、満面の笑みで手を振るノエルの横にひっそりと息を潜めるように歩いていた。

 そして会った途端、ノエルはべったりと僕の右腕にすがりつく。

 そりゃ、僕はこれでも男のだから、満更ってわけじゃない。だけど霧島の凍てつくような視線が痛いのなんの。



 ご機嫌斜めの霧島 摩利香嬢と共に、僕は夢にまで見た霧島邸へと足を進めた。

 霧島邸は日本家屋ばかりの周辺住宅の中で、明らかに浮いてしまっている古い洋館であった。



 「すげーな、霧島の家ってお金持ちなんだな……」

 「そんなことないわ。戦前の没落華族の家柄で、今残っているのはこの家だけよ」



 彼女に連れられて中に入った僕。そこには期待を裏切らない高そうな絵画や調度品、アンティーク家具などが当り前のように置かれていた。

 どうやら霧島がお嬢様っていうのは、あながち間違いじゃなかったらしい。

 ロック好きで、格好もそれらしくなく、口が悪かったりするのは、お嬢様育ちの反動だったりするのかもしれない。



 広いリビングに通された僕は、お尻を付けるのも躊躇させられる高そうな革張りのソファーに座るよう言われた。

 慣れない空間に右往左往する僕に、霧島はイギリス映画にでも出てくるようなティーセットで紅茶を出してくれた。

 全ての事が相乗効果で、僕にこの場所の居心地を悪くさせているような気がした。



 「で、ノエル、昨日の続きよ。私は粗方昨日の夜に聞いたけど、那木君にもう一度話して貰えるかしら?」

 「ええ、そうね」



 この異次元みたいな空間のせいで、全く地に足がついてなかったわけだけど、僕は目の前の吸い込まれるような青い瞳に視線を向けた。



 ★



 途方もない量の虚無を身に宿した『虚無の魔王』は、最早死ぬことすらできなかった。

 魔王から溢れ出した人の精神を虚無に追いやる死の瘴気は、日に日に周囲の国々へと広がって行き、世界に恐怖をもたらした。

 そんな絶望的な状況に現れたのが、静剣の勇者ことシューゲイザーと大魔導士マッドチェスターだった。

 


 決して殺すことのできない虚無の魔王に対して、彼らの取った手段は「封印」であった。

 大魔導士マッドチェスターは、その為だけにある魔法を生みだした。

 膨大な魔力を要し、使用法が限定されたその偉大な魔法は、後世に伝説だけを残してその実態は謎に包まれていた。



 ――『天国への階段』



 魔王は魔術の最高峰と言ってもいいその魔法によって封印され、ハシエンダから消え去った。

 そう、ハシエンダから消え去ったのであり、決して滅びたのではない。

 その存在は、善良な人間へと還元されて別の世界へ旅立ったのだ。



 決して虚無の魔王の生まれることのないだろう、虚無なき世界へ。



 ノエルの話したことを要約すると、こんな感じだ。

 結局のところ、彼のマッドチェスターの子孫である霧島が、その『天国への階段』ていう凄い魔法を覚えて、魔王が復活したら封印して貰えばいいわけだ。

 だけど、それでは一体僕の立場はどうなんだ。僕の活躍なんて全く出てこなかったわけだが。



 「あの……二人とも、静剣の勇者って何をしたの? 俺って必要なくない?」

 「何言ってんのよ。静剣の勇者がいなかったら、虚無の魔王を『天国への階段』へ導くことはできなかったのよ」

 「導く?」

 「言ったでしょ、魔王から溢れ出す瘴気のせいで、誰も魔王に近づくことはできなかった。ある二つの力を除いてはね・・・」

 


 僕の短絡的な発想で思いつくのは、霧島がたまに使う防御魔法、『ワンダー・ウォール』だ。

 神龍バハムートのフレア・ブレスでさえも防ぎ切った、ある意味最強の防御魔法だろう。

 全く理解していない様子の僕の間抜けな顔を見て、静かに紅茶を飲んでいた霧島が沈黙を破る。

 


 「静剣の勇者の力は、単に時間を遅らせるってだけではいの。スローダイブは副産物でしかない。その本質は悪しきもの、負のものの浄化……」

 「え……?」

 「ノエルの調べた伝承に間違いなければ、あなたに魔王の瘴気は通じないはずなの」

 「何か裏付けはあるのか?」

 「マッドチェスターに魔族の血が流れていたように、シューゲイザーにも人ならざる血が流れていた。あらゆる悪を打ち払う清廉な神の血が」



 正直、話が飛躍し過ぎてて、どう反応したら良いかわからなかった。

 つまりは、僕はあの剣神ジャスティーンとかに近い人間だということなんだろうか。

 まあ、スローダイブなんてわけのわからない力を持っている時点で、普通の人間でない可能性は十分にあったのだけれど。

 新しい情報が次々に入ってきて、僕の頭はさながら大運動会状態。霧島はお構いなしに続ける。



 「天国への階段は入口に過ぎない。そこへ魔王を導くことができなければ、どんなに凄い魔法でも、絵に描いた餅に過ぎないの」



 よくわからないが、とりあえず僕が口八丁、虚無の魔王をその天国の階段だかに誘い込めばいいってわけだ。

 とりあえず、大体の流れは呑み込めたことで、どんよりしていた僕の表情に光明が差す。



 「まあ、つまり霧島が魔法を使って、俺が魔王をそこに誘い込めば、ちゃんちゃんって感じだな。何とかなりそうじゃないか!」

 「何言ってんの吾妻! それをするには、大変な問題があるんだから!」



 能天気な僕の発言に、ノエルが少し憤った様子で言った。

 まあ、今までも問題だらけだったけど、結局どうにかなってきたわけだし、今回もなるようになるんじゃないかって、根拠のないクソ度胸がついてしまっていたわけだ。

 へらへらしている僕に、ノエルは溜息を吐いて小さな子に言い聞かせるように説明する。



 「まず問題は、摩利香が天国への階段なんて得体の知れない魔法を、使えるようになれるかってこと。それにね……。何より問題なのは、吾妻は静剣の勇者が最後にどうなったか知ってる?」

 「え……俺ってどうなったの?」



 そんなこと、にっちな現代社会を生きる僕の知ったことではなかった。あれ? だけどあの如何わしい悪魔が何か言ってたような気がする。

 何もわかっていない僕に、ノエルは人差し指を突きつけた。



 「あのね、もしもその方法通り魔王を封印したら、吾妻は死んじゃうんだよ!」

 「……へ? 俺死ぬの?」



 目を何度もぱちくりさせ、僕はとりあえず落ち着こうと紅茶をすすったが、香りも味もわかったものではなかった。

 今まで死にそうになるほどのピンチは何度もあったが、確実に約束された死なんて初めてだった。

 何てこった。あんなに頑張って危機を乗り越えてきたのに、今度は確実に死んじゃうなんて神様も酷すぎじゃないか。

 とりあえず、僕は神様の知合いなんて他にいなかったので、ジャスティーンでも恨めば良いのだろうか。

 泣いてるんだか笑っているんだか、僕は何とも言えない情けない顔で返答する。



 「ははは……。そうか、俺死んじゃうのか……。まあ、短い人生だったけど、魔王を封印する為じゃ仕方ないよね……」



 テンションダダ下がりで、つらつらと泣き言を並べる僕。霧島は溜息を吐いて立ち上がり、凄く怖い顔して僕の目前まで無言で歩いて来た。

 こりゃやばいぞ。今まで何回か霧島を怒らせてきたけど、トップクラスの鬼の形相だ。

 あまりの霧島のプレッシャーに、僕は一旦謝っておこうと思って口を開きかけた。



 「ああ……ごめ……」

 「まだそうなっるって決まったわけじゃない。あなたは決して死なせない。あなたが死ななくてすむ方法を絶対に考えてみせるわ!」



 霧島のその厳しい表情の奥にあったものは、何としても愛する者を守ろうという高潔な覚悟だった。

 この時ばかりは、霧島のことがまるで僕を導く女神のように見えた。

 一体どっちが勇者なんだよ。僕はひしひしと伝わってくる彼女の覚悟に、恥ずかしい思いがした。



 僕は立ち上がって、水晶のように美しい霧島の黒い瞳を見つめた。

 至近距離で見つめ合う二人には、以前にはなかった目の前の異性を愛おしむ特別な感情があった。

 そうだった。俺には魔王を倒すってこと以外にも、霧島の儚くとも美しいただ一つの夢を叶えてやらなきゃならないんだ。

 その為には、魔王なんかと心中している場合じゃない。きっと他の道だってあるはずなんだ。


 

 「ちょっと二人とも、離れなさいよ! 何でずっと見つめ合ってるの!」



 恋人のように見つめ合う僕らを、ノエルがいきり立って引き離し、奪うように僕の腕にすがりついた。



 「吾妻は私のなんだから! 摩利香は吾妻を取らないって約束したでしょ! ミジンコほども心配ないって!」

 「いや……その……ノエル、あれはね……」

 「吾妻も吾妻よ! 摩利香に鼻の下伸ばして! 浮気なんてしたら絶対に許さないんだから!」 



 ノエルの勢いに、さすがの霧島も何も言い返せなかった。確かに昔はそんなこと言ってた気もするし。

 どうやら、事態は時間を追うごとに確実に悪化の一途を辿っているみたいだった。

 だがしかし、いつかはこの誤解も解かなきゃいけないんだよな。そう思うと眩暈がしてきた。



 霧島はやれやれって感じで肩をすくめると、再び元の場所へ座り、ティーカップを取って言った。



 「で……ノエル、魔王に関する問題はそれだけではないんでしょ?」



 霧島の一言で、ゴブリンも食わないようなろくでもない痴話喧嘩への流れは断ち切られた。

 鼻息の荒かったノエルは、些か腑に落ちない様子であったが、僕の腕を離した。



 「そうね。封印されたその存在は、善良な人間へと還元されて別の世界へ旅立った。虚無なき世界へ……。だけど、考えてみて、そんな世界本当に存在するのかしら?」

 「それこそ、天国にでも行ったんじゃないのか?」

 「天国なんてものが本当にあるとして、死ぬことのない魔王が決して行き着く場所ではないわ……」

 「じゃあ、一体魔王はどこに……?」



 いつの間にか外はどんよりとした曇り空になっていて、黒煙のような分厚くどす黒い雲からは、いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。

 日差しが遮られ、薄暗くなった部屋には、不気味な静けさの中に古い空調の作動音だけが聞こえていた。

 ティーカップを置いた霧島の顔は、半分影に覆われて怖いくらいの美しさを見せた。



 「およそユートピアなどとは呼べた世界ではない場所だけれど、戦争や飢餓、暴力や迫害などといったものからは程遠いところ……」

 「霧島……それって、もしかして……」

 「行き着いたのは、勇者が生まれ変わった世界。そう、魔王はこの世界に転移されたの……」

お読み頂きありがとうございます。

続きはまた来週です。

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