第三十九話 僕と霧島 摩利香とロックンロール
滅茶苦茶寒くて、関東でも積雪してますね。
今回は一話のみの投稿となります。
皆すっかり忘れてしまっているかもしれないけど、霧島は三度の飯よりロックが好きな女の子で、そんな彼女に巻き込まれる形で僕は軽音部に入部していた。
この頃になると、さすがに僕もロックを少しかじるようになり、ギリシャ語みたいだった霧島の言っていることも、フランス語くらいには聞こえるようになっていた。
霧島は事あるごとに、僕におすすめのCDを貸してくれたんだけど、最初はあんまり激しいのは抵抗があったから、メロディアスなものをと彼女に注文を出した。
彼女は顎に手を当ててしばらく考え込み、何か閃いたようで、コミカルに手をポンとやる。
「そうね、これとこれなんか比較的メロディアスで聴きやすいんじゃないかしら?」
「なになに……コーンに、スリップ……ノット……?」
と、霧島から二枚のCDを渡されたわけだけど、コーンの方は何かヤバいくらい暗い雰囲気のデザインのジャケットで、スリップ・ノットに至っては最早ホラー映画だった。
「き・・霧島さん、これ凄くヤバそうなんですけど?」
「そんなことないわ、ジャケットはあれだけど、聴いてみるとびっくりするくらいメロディアスで聴きやすいのよ」
まあ、人は見かけによらないって言うしな。ここは霧島に騙されたと思って聴いてみよう。
僕は家に帰るなり、自分の部屋へ駆けこんで、喜び勇んで霧島から借りたCDをかけてみた。
「まずは、このコーンって奴か……」
聴こえてきたのは、怪しげなギターの音と、沈み込むような重低音にすすり泣くようなか細い歌声。物凄くダークで鬱な曲だった。
果たして、世の中ではこれをメロディアスな曲と言うのか。僕は自分の感性と霧島の感性のどちらを疑えば良いのかわからなかった。
とどのつまり、理解不能だったので、スリップ・ノットの方をかけてみることにした。
音が少し小さかったので、ボリュームを少し上げ、このホラー映画のようなジャケットのバンドの曲に耳を澄ました。
「わぁぁー!!?」
僕の部屋のブックシェルスピーカーから流れてきたのは、極悪非道な暴力的重低音サウンド、歌はシャウトばかりで全く聴き取れない。
しかも少し音量を大きめでかけちゃったもんだから、この極悪非道なサウンドが平和な我が家にこれでもかと響き渡った。
僕は焦って必死に音を小さくしようとしたけど、もうどうすればいいかわからない。
「お兄ちゃん、うるさい!!」
「吾妻、音小さくしなさい! 近所迷惑でしょ!!」
こうして僕は、母親と妹にこってり絞られて、そのCDは次の日に霧島に返された。
僕は霧島に率直な感想を言ったが、彼女は「信じられない!」といった感じで、僕の感性を疑った。
別に僕は霧島に騙されたわけじゃないんだ。彼女はこの後に及んでも、全く自身の判断が正しいのだとクソ真面目に思っている様子だった。
要は、コアなロックファンと一般人じゃ、それくらい音楽に対する感性が違ってきちゃうってことなんだよ。
僕はすっかり霧島 摩利香とういう女の子を理解したつもりでいたけど、まだまだ人類が互いを理解し合うのには、長い長い時間が必要だった。
★
そして八月も後半にさしかかろうとしているある日のことだった。
僕と霧島はいつものように軽音部の練習に来ていた。そこで我が軽音部のミスツンデレ少女、ドラマーの高妻先輩がある提案をした。
「ねえ、勇也、たまにはカラオケでも行かない? あんたたちも用がなければ来なさいよ」
僕はカラオケなんてものには、深夜にやってる外国人の通販番組くらい興味なかったわけなんだけど、特に用事もなかったし、霧島も行きたそうなんで付き合うことにした。
カラオケボックスに入ると、のっけから高妻先輩は、ピストルズやらオフスプリングやらパンクソングを全開で歌い始める。苗場先輩は落ち着いたオールドロックを丁寧に歌う。
付いて来ちゃった以上は、僕と霧島も何か歌わなくちゃいけない。霧島は前に鼻歌で歌っていたスミスを歌った。どうやら結構好きみたいだ。
で、僕の番になるわけだけど、この流れでくると当然洋楽ロックを歌わないといけなそうな雰囲気だった。僕は仕方なく、最近割と好きで聴いていたフー・ファイターズというバンドの曲を歌うことにした。
この選曲が意外だったらしく、テレビ画面に曲名が出た途端、霧島は目を輝かせる。高妻・苗場両先輩も関心した様子で、お手並み拝見といった感じ。
「へー、ロックに興味がなかった那木君がこんな曲を歌うようになったのか」
「あんた、中々いい趣味してんじゃない。でも、ちゃんと歌えんの?」
曲は“ラーン・トゥー・フライ”。フー・ファイターズの中でも、比較的キャッチーで耳馴染のいい曲だ。
人前で一人で歌うなんて初めてだった。僕は三人の反応を見ないようにテレビ画面を直視して歌う。皆結構歌えるから、僕も馬鹿にされないよう必死に歌った。
初めてにしては、そこそこまともに歌えたと思った。曲が終わり、恐る恐る辺りを見回す。皆怖いくらいシーンとしていた。
なんだよ、なんだよ。初めてカラオケに来た僕が、しかも洋楽をここまで頑張って歌ったんだから、少しは労ってくれたっていいじゃないか。
僕が少ししょんぼりして座ろうとした時、高妻先輩が真剣な眼差しを向け言った。
「あんた、カラオケは初めてって言ったよね? 他には何か歌えるの?」
「あ……はい。フー・ファイターズなら何曲かは……」
「違う感じの曲も歌ってみてくれる?」
「え? ……はい」
そう言われて、確か同じくフー・ファイターズの“ザ・プリテンダー”を歌ったと思う。今度は割と激しめの曲だ。
何とか歌い終わって三人に目を向けると、皆唖然と言った感じだった。いい加減恥ずかしいから、早く次の歌を歌って欲しいのだが。
そうすると、高妻先輩は何だが納得した様子で立ち上がり、僕を指さして言った。
「今日はカラオケに来て良かったわ。決めた。あんたボーカルやんなさい!」
「え……ええー!!?」
「音程も取れるし、声量もある。まだまだ練習の余地はあるけど、声の良さは天性のものね」
「ちょ……ちょっと待って下さいよ!」
正直、ハシエンダで自分は勇者だと言われた時より驚いたかもしれない。僕は強烈な高妻先輩の圧力に汗をだらだら流して右往左往、必死に他の二人の助け舟を待った。
「僕もいいと思うよ。正直歌には自信がなかったから、やってくれると助かるよ!」
「そんなこと言われましても……。き、霧島も何とか言ってくれよ!」
苗場先輩もボーカルには自信がなかったらしく、僕のフロントマン就任に大賛成の様子。
僕は藁でもすがるような気持ちで、横に座る霧島に助けを求める。彼女は真剣な顔で何か考えている様子だったが、溜息を吐いて僕の方を見た。
「そうね、那木君はロックを始めたばかりで、ギターも覚束ない。そもそもロックの何たるかについてもっと知る必要があると思うの……」
「うんうん、だよな霧島!」
さすが僕の彼女。学級委員ですら絶対にやりたくない僕が、バンドのフロントマンなど真平御免だということを察してくれたに違いない。
何となく心が通じ合ったような霧島は、続けざまに言う。
「U2のボノが言ってたわ。“僕がシンガーになったのは歌がうまかったからじゃない、他のことすべてがどうしようもなく下手だったからだ”って……」
「は……え……?」
僕を擁護してくれていたとばかり思っていたが、霧島お得意のロックスターの名言引用に雲行きは怪しくなり始めた。
「でも勘違いしないで欲しいの。那木君の歌にはロックを感じるの。抑圧された者がそれを声高に叫ぶような溢れるロックマインドを!」
「す……すまん霧島、何を言ってるのかさっぱりわからないのだが……?」
要は、僕が不平不満ばかり抱えていて、それを歌で発散する能力が優れていたってことのようだ。
僕は必死に抵抗を試みるが、ロックの狂信者と化したこの三人のギャングたちによって、付き合いで入っただけの軽音部なのにボーカリストに仕立て上げられてしまった。
この時ばかりは、不謹慎にも僕は「早く魔王が復活すればいいのに……」なんて思ってしまったよ。
★
帰り道、辺りはすっかり黄昏色に染まり、僕は例の如く霧島と二人で最寄り駅へと向かっていた。
実はこれは夢だったなんて淡い期待を抱きながら、僕はオレンジ色に染まった道を半ば放心しながら歩いていた。
霧島は隣で、僕が歌ったフー・ファイターズの鼻歌を歌っている。表情には出さないが、凄くご機嫌なのは間違いない。
「霧島……何か嬉しいことでもあった……?」
「……ええ」
体中の力が抜けて虚ろな表情の僕に、彼女は穏やかな微笑を返した。
霧島が喜んでくれるのは嬉しいけど、僕にとっては災難がまた一つ増えてしまっただけだった。
勇者として魔王を倒さなきゃいけないのと、バンドの顔であるボーカルへの就任。いやいや、もうこれ以上の厄介事は御免被る。
ふと前に目を向けると、少し先に外国人らしき女性が立っていた。
ウェーブのかかった長いブロンドに雪のような白い肌、見た感じ僕らと年齢はそんなに変わらなそうだ。
薄いブルーのワンピースを着たその白人女性は、誰かを待っているようだった。彼女へ近づくにつれ、僕はその美しさに魅されていた。
もう少しでその白人の少女とすれ違おうとした時、ふと彼女のサファイアのように美しい青い瞳と目が合った。
「やっぱり……やっぱり間違いない!」
「……え?」
僕を見たその白人の少女は、目を潤ませながら嬉しそうに声を上げた。
残念だが、僕にこんな白人美少女の知合いなんていないはずだ。僕は首を傾げて「人違いでは?」と問い掛けようとしたが、彼女は抑えていた感情を爆発させるように、
「吾妻、ずっと会いたかった!」
と言って、突然僕の無防備な胸に飛び込んできた。
もう何が何だかさっぱりわからない。一つ言えるのは、僕の元に更なる厄介事が舞い込んできてしまったということだけだ。
僕の胸を涙で濡らす謎の白人美少女。その夕焼け色に染まったブロンドからは、何故か凄く懐かしい香りがした。
お読み頂きありがとうございます。
前々回のサマソニで、フー・ファイターズを見ました。
世界的なトップバンドの一つだけあって、素晴らしいパフォーマンスでした。
また来日したら、見に行きたいです。
次回もまた来週投稿予定です。