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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第三十七話 伊吹

一話のみの投稿の予定でしたが、話の区切りが悪いので、今週も二話投下します。

どうぞ宜しくお願いします。

 目に刺さるくらい青い空には、入道雲が大山のように浮かび、僕らの歩く道の先は陽炎でモヤモヤと歪んでいた。

 あの夜の浜辺での出来事以来、一体どれほどの時が流れたのだろう。少なくとも、僕らの夏休みはまだ続いていた。

 で、僕は今その少女と一緒に歩いている。この唸るような暑さの中で、相変わらず黒いパーカーを羽織っている霧島の顔には、さすがに数滴の玉汗が頬をつたっていた。

 「いい加減脱いだら?」と何回も言おうとしたが、何か物凄いポリシーがあるような気がして、僕は傍観を決め込むことにしていた。

 

  

 夏休みなのに僕が霧島と一緒に歩いているのを、不思議に思う人もいるかもしれない。

 この間の海での一件で、霧島の気持ちを知ることができて僕らの関係が急接近したのも間違いじゃない。ただ、あの時僕は霧島の発言に頷きはしたものの、明確にお互いの関係を定義し忘れてしまったのだ。

 だから、今霧島と一緒にいるのは、俗に言うデートとか言ったものではなく、単なる軽音部の練習の帰り道ってわけ。

 ただでさえクソ暑いのに、ギターなんか背負ってたら、意識は朦朧としてくる。



 「暑いな、霧島……」

 「ええ……暑いわ」



 僕らの間には、線香花火ほどの時間も会話はなかったが、それでも彼女の言葉一つ一つには、以前にはなかった温かみがあるような気がした。

 夏休みに学校へ行かなきゃならないなんて、最初はげんなりだったけど、霧島と一緒にいられるのは素直に嬉しかったし、何だかんだ先輩たちも嫌いじゃなかった。

 問題は、今の僕と霧島は一体どんな関係だってこと。毘奈なんかはきっともう付き合ってるものと思ってるに違いないが、本当に彼女ってことでいいのだろうか?

 いや、「家族になりたい」って言ってたし、霧島はもう婚約者くらいに思ってたりはしないか? 僕の頭も色々な疑心暗鬼で、目の前に浮かぶ陽炎みたいにモヤモヤとしていた。



 そんな僕らの目の前に、長い髪に程よく日に焼けた肌、如何にも部活帰りの中学生って感じの快活そうな少女が、とぼとぼと歩いて来た。

 その少女は僕らを見るなり、立ち止まってまるで宇宙人でも現れたみたいに怪訝な顔で凍りついていた。

 そうだ、この天城 毘奈のレプリカみたいな少女は、何を隠そう僕のけしからん妹、伊吹だ。

 前にも言ったけど、こいつは毘奈のことを聖母マリアみたいに崇拝していて、髪型も服装も、はたまたやってる部活なんかも毘奈の猿真似ってわけ。

 僕は常々、これは憧憬を通り越して最早宗教だと思っていた。毘奈も自分が知らないうちにブッダやイエスみたいに崇め奉られてるなんて、想像もしていないことだろう。

 それに所詮、どんなに猿真似したところで、姉妹でもないのにオリジナルみたいになれるわけなんてない。まあ、悪く言っちゃえば、量産型天城 毘奈って感じだろうか。



 無視するわけにもいかないので、目の前の圧倒的不条理を全く理解できない我が妹に対し、僕は恐る恐る声を掛ける。



 「……ああ、伊吹、部活帰りか?」

 「えーと……お兄ちゃん、その人……」



 僕の間の抜けた声に、ようやく目の前の男が自分の兄だと理解したかのようで、伊吹は僕の顔をまじまじと見つめ、霧島の方をちらちらと伺った。

 仕方ない。会ってしまった以上は、霧島のことを紹介しないわけにはいかない。しかし一体何と紹介すればいいものか。今更「友達」とか言ったら、霧島は怒るのかな。

 半信半疑のまま、僕は口を開いた。



 「えーと、この子は……」

 「はじめまして、霧島 摩利香です。伊吹さんかしら? 那木君から話は聞いているわ。宜しくね」



 僕は自分の耳を疑ってしまった。僕の横で行われている霧島 摩利香様のご挨拶は、とても彼女とは思えないような相手に好印象を与える模範的なものであった。

 なんだ、霧島もやればできるんじゃないか。その丁寧な挨拶に面食らった伊吹は、少しどもりながら返答する。



 「あ、え……な、那木 伊吹です。い……いつも兄がお世話になってます」



 霧島の変貌っぷりに、僕は自分の頬を抓りそうになったが、酷い暑さで頭が多少ボーっとしていたことを差し引いても、間違いなくこれは今現実に起きている出来事だった。



 「わ……私は学校に忘れ物をしたので、こ、これ……これにて失礼つかまつります!」

 「あ……伊吹! つかまつりますって……」



 そう言うと、伊吹は慌てた様子で、来た道を凄い速さで引き返して行った。

 あまりの挙動不審さに、霧島は首を傾げ、僕の顔を不思議そうに見つめた。



 「私、何か悪いことでも言ったのかしら?」

 「いや、気にしなくていいよ……」



 まあ、伊吹の気持ちもわからないでもない。自分の冴えない兄が、こんなに神秘的で可愛い女の子を連れていたんだから。

 ひとまず胸を撫で下ろした僕は、この話はもう終わったものだとすっかり安心し、今だ訝し気な霧島を駅まで送った。



 ★



 その夜、僕は自分の考えの甘さを思い知ることとなった。

 一体何が起こったのかと言えば、我が妹 伊吹によって緊急家族会議が招集されたのだ。議題は勿論僕のこと。先が思いやられる……。

 そして食卓につく僕の家族面々。興味津々の議長は母親、右翼に意気揚々と妹 伊吹、左翼に始まる前からうんざりな僕、そして全く議題に関心のない傍聴人の父親によって会議は開始された。



 「で、吾妻、伊吹が見たその子と一体どういう関係なのよ?」



 議長の母親より、ド直球の質問が僕に飛んできた。伊吹から寄せられた耳寄りな情報にうきうきの母親。一方伊吹は僕の顔を何だか怖い顔で凝視する。傍聴人の父親は、何を言うわけでもなく、ただ静かに見つめていた。テレビを。



 「えーと……その……付き合ってるのかな……多分?」



 僕もつくづく馬鹿だった。こんなの適当に誤魔化しておけば良かったのに、何を正直に答えているんだろう。

 ただ、ここで嘘をつくことは、あの時本当の気持ちを僕に打ち明けてくれた霧島への裏切りだと思ったんだ。

 まあ、これが母親にとっていいおかずだったみたいで、ニンマリと気持ち悪い笑顔を浮かべて更に食いついてくる。



 「凄く可愛い子だったみたいじゃない? ね、伊吹?」

 「うん。凄く色白で綺麗な人だった。まあ……毘奈姉の方が上だけどね!」

 「本当に伊吹は、毘奈ちゃんが好きよね。確かに毘奈ちゃんが吾妻のお嫁に来てくれたら、何にも心配しないで老後を迎えられるんだけどね……」



 ほら、やっぱりうちの母親はこんなろくでもないことを密かに考えていた。伊吹だって内心「毘奈姉が本当のお姉さんに」なんて、魔法少女もびっくりの勝手な幻想を思い描いていたに違いない。

 あまりに馬鹿馬鹿しいので、僕は彼女たちの幻想を現実と言う砲弾でぶち抜いてやることにした。



 「それはないよ、毘奈にだって彼氏はいるしね。これがまた、非の打ちどころのないイケメンなんだ」



 さすがにその事実は知らなかったらしく、母親も伊吹も鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔して驚いた。



 「そうだよね、毘奈姉がお兄ちゃんなんかと結婚してくれるわけないよね。幼馴染のアドバンテージを最大限活かしても、カルガモと白鳥の差は埋まらないもんね……」

 「いや、まだわからないわよ。うだつが上がらない吾妻みたいなのを、毘奈ちゃんみたいなしっかりものの女の子はね、案外ほっとけないものなのよ」

 「なるほど、毘奈姉の母性本能に訴えかけるわけね。それならお兄ちゃんにもまだチャンスは……」

 「あの……話逸れてない。今は霧島の話じゃ……」



 仮にも自分の肉親に対するものとは、到底思えないくらい失礼極まりない会話だったわけだけど、案外母親と妹が僕のことを冷静に分析できていたことに少し驚いてしまった。

 さて、議論も盛り上がって来たところで、ここいらで閉会ってことでいいんじゃないか。



 「そうだ、今度その子をうちに連れて来なさいよ、吾妻!」

 「……は?」

 「今度の日曜日なんてどうかしら? 伊吹も部活休みだったし」

 「え……? 私も会うの!?」



 伊吹もここまでの展開は予想していなかったらしく、母親の突然の思いつきに戸惑いを見せる。

 ダメだ。全ては僕の意に反して最低の方向へと向かっている。何でこんなタイミングで霧島を親に紹介しなきゃならないんだよ。

 僕の平和な日曜の昼下がりは、とんだ一大イベントへと変貌しようとしていた。とにかく断らないと。



 「いや……それは……あいつの事情もあることだし……」

 「あら、別にあんたはずっと夏休みなわけなんだし、日曜以外でもいいわよ。それとも、お母さんに紹介できない後ろめたい理由でもあるわけ?」

 「ああ……ない……です」



 反撃に転じようとした僕だったけど、この時点で既に詰んでしまっていた。どうやら、ここは本当に腹をくくらなきゃダメみたいだ。

 そりゃ、僕だって紹介したいのはやぶさかでもない。ただし、見た目はどんなに可愛くて最近はデレッぱなしだとは言っても、相手はあの学校最凶の二つ名を欲しいままにする霧島 摩利香様だぞ。

 伊吹と会った時は上手く猫を被っていたみたいだけど、あの霧島がうちに連れて来て何時間もいい子でいられるわけなんてないだろ。そのうちいつもみたいに「フ〇ッキン~」とか言い出すに違いない。

 それにきっと、いつも通り季節外れの黒いパーカーを羽織ったあのラフないで立ちで来るんだよな。あいつTPOとかそういう概念なさそうだし。

 あらゆる大人受け最強の毘奈みたいにはいかないとしても、僕には霧島がうちへ来ることに全くいい結果が思い浮かばなかった。



 今回の家族会議は、こうして僕の完全敗北というかたちで幕を閉じた。

 息子の彼女の初めての来訪に心躍らせる母親に、霧島に会うのが気まずいのか、微妙に表情を曇らせる伊吹。言っとくが、お前のせいだからな。

 そして、これまでずっと静観していた父親が、その沈黙をついに破ったのだ。



 「母さん、……お茶」

お読み頂きありがとうございます。

引続き次話をお楽しみ下さい。

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