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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第四章 胸いっぱいの愛を
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第三十六話 海洋地形学の物語2

海水浴編もこれで終わりです。

宜しくお願いします。

 つい数時間前まで青一色だった空や海は、黄昏色に包まれ、あんなに人がいた砂浜は嘘のように閑散としていた。

 海風が肌に心地よくて、昼間の殺人的な暑さが幻だったみたいだ。

 心配された毘奈の足の具合も大したことないようで、もう普通に歩いて大丈夫みたいだ。

 


 僕らは海辺に立つ国民宿舎に宿を取っていた。まあ、これが前面に大海原を望める中々いいところなんだ。

 高校生の男女が、よく親にこんな旅行を許してもらえたななんて思うかもしれないけど、僕は毘奈とかと行くって言ったら、あっさり許可が下りたよ。「毘奈ちゃんが一緒なら安心ね」なんてね。

 一方毘奈の方はと言うと、「一緒に行くのが吾妻君なら、まあまず心配はいらないな」なんて言われたって話。信用されているのか、単に男として見られていないのか複雑な心境だ。

 尾瀬先輩のことはよく知らん。というか興味もない。霧島はというと、あいつに家族なんてそもそも存在するのか……まずはそこからの話だ。



 宿に着いた僕らは、まずは風呂に入って汗を流すことにした。ここには海を見下ろしながら入れる贅沢な露天風呂があって、それは大いに楽しみだった。

 問題なのは、毘奈のイケメン彼氏と一緒に入らないといけないってこと。何が悲しくて、こんないけ好かない奴と裸の付き合いなんてしなくちゃいけないんだよ。

 さすがに別々に入るわけにはいかないので、渋々尾瀬先輩と浴場へと向かった。


 

 「吾妻君、ここの露天風呂は最高らしいよ。楽しみだね!」

 「あ……ああ、そうですね……(あんたが一緒じゃなければ、もっと最高だったろうよ。ていうか、勝手に下の名前で呼ぶなっつーの!)」



 このインチキ臭いくらいさわやかなキラキラ具合が実に鬱陶しくて、僕は吐き気を催しそうだった。

 なんだかんだで、僕らは服を脱いで体を洗い、大眺望の露天風呂へと向かった。一面に広がる夕焼け色の大海原、全身に潮風が吹き付け、解放感抜群だ。

 早速、僕は尾瀬先輩と肩を並べて湯に浸かったわけなんだけど、正直何を話していいのかわからない。

 だが、それはそれでいい。尾瀬先輩と楽しくお話ししようなんて、毎朝五時に起きて早朝ランニングでも始めるのに匹敵するくらい、これっぽっちも思っていないんだから。

 この東西冷戦みたいな沈黙を最初に破ったのは、尾瀬先輩の方だった。



 「吾妻君と天城は本当に仲がいいよね。やっぱり幼馴染なんだなって思うよ」

 「べ……別に腐れ縁ってだけで、今はそんなに付き合いもないですし……」

 「気が付くと、天城は小さい頃の君との話ばかりしてるんだ。それも凄く楽しそうにね」

 「どうせ、あいつのことだから、僕を揶揄った話とか、僕が失敗したときの話じゃないんですか?」



 尾瀬先輩は声を上げて笑い、顔を振って僕の肩をぺシペシと叩いた。何だよ、馴れ馴れしい奴だな。

 


 「確かにそんな話もするが、天城は君のことを家族と同じくらい大事に思っていると思うんだ」

 「まあ、毘奈は小さな頃から僕のお姉さん気取りですからね」

 「こんなことを言うのも何だけど、俺は君が別の子を好きになってくれて本当に良かったと思っている」

 「は……? え……別の子? 好き?」



 なんだなんだ、一体こいつはいきなり何を言い出すんだ? 別の子って、恐らく霧島のことだと思うけど、それとこれと何が関係あるんだよ。

 尾瀬先輩は呆気に取られている僕を横に、しんみりと微笑して話を続けた。



 「情けない話だけど、君が相手だったら、正直勝てる気がしなかった」

 「……え? 勝つって、毘奈と付き合うとかそう言う話ですか?」

 「そうだよ、昼間天城たちが絡まれている時、俺は正直怖かった。だけど君は臆せず立ち向かっていった。元々の関係もあるが、君には男としても勝てる気がしなかったよ……」



 インチキ臭いくらいさわやかなイケメンのクセして何を言ってるんだよ、こいつは。

 確かに、あの世界で馬鹿みたいな修行をさせられたり、戦争に行ったりと、普通の男子高校生にはあり得ない体験をしてしまった僕には、あんなチャラ男君たちなんてゴブリン並みのザコキャラだ。本当に怖いのは、むしろ霧島の方だしね。

 まあ、このいけ好かないイケメンだって、完璧な人間じゃないとわかったら、少し親近感が湧いてきたよ。

 敵に塩を送るみたいで些か癪であったが、僕は尾瀬先輩がいたたまれなくなり、少し安心させてやることにした。



 「まあ、毘奈のことが少し気になった時期もあったかもしれませんけど、いらぬ心配です。ご存知の通り、毘奈は僕のことを世話の焼ける弟くらいにしか思ってませんから」

 「今はそうかもね。……だけど君たちは、一番親しい間柄でありながら、互いのことを一番誤解し合っているのかもしれないな……」



 尾瀬先輩は何か確信に触れるようなことを言ったが、僕はこの時、「知った風なこと言いやがって……」くらいにしか思っていなかった。

 だけど、このハンバーグの上に乗ったパイナップルくらい意味の分からないものかと思われた裸の付き合いは、全く無駄なものではなかったようだ。

 インチキ臭いくらい完璧だと思われた尾瀬先輩でも、人並みの悩みを持ち、スクールカーストで言っても底辺の方が近いくらいの僕のことを、何故か脅威に感じちゃってるらしいってことがわかったしね。

 どうやらこの人は、インチキ臭いように見えて、本当にただのいい奴だったみたいだ。毘奈のことで、かなり色眼鏡で見ちゃってたのは事実だしな。



 僕らは会話を止め、ただ波の音に耳を澄ませていた。すると、心地よい潮風が僕らの耳に思わぬものを運んできたようだ。



 「うわ、マリリンの肌白くてキレイ!」

 「ちょっと、触らないでもらえるかしら……」



 そう、目の前の高さ二メートルちょいの木の壁を挟んだ向こうの世界には、男子禁制の夢の楽園が広がっているわけだ。

 当然、毘奈と霧島もベルリンの壁に隔てられたあちら側の世界にいるわけで、こんな声が聞こえてきたら、どんな聖人君主でも聞き耳を立ててしまうよね。



 「いいじゃん、減るもんじゃあるまいし! 胸も触っちゃえ!」

 「い……いや……△◎◆×※!」



 霧島の声にならない悲鳴が聞こえた。正直あのクールな彼女の口から、こんな声が出るとは驚きだ。それにしても、毘奈の奴、実にけしからんことをしているじゃないか。

 僕が壁の向こうの世界にあるエデンの花園から聞こえてくる会話にやきもきしていると、尾瀬先輩が長い沈黙を破り、唐突に口を開いた。



 「吾妻君、どうやらあっちの壁際の方が湯加減が良さそうだ」

 「あ、僕も今調度そう思ってました」



 まさか、こんなところで尾瀬先輩と意見が一致するとは思っていなかった。どんなに誠実面したイケメンだって、結局は男の子ってことだ。

 一つだけ言っておくが、僕には別にやましい気持ちなんて砂粒ほどもないわけで、毘奈が霧島を刺激しすぎて、さっきみたいにならないよう見張っとかなきゃいけないだけなんだ。

 僕と尾瀬先輩は、女湯との境の壁際で、のぼせそうになるまで無言のまま耳を澄ましていた。



 ★



 何だか幸せな気分で風呂から出た僕らは、毘奈と霧島と合流して宿舎の食堂へと出かける。

 海の近くだから、当然夕食は海の幸をふんだんに使った海鮮料理だったが、意外なことに霧島は生魚が苦手なようで、刺身などには一切手をつけなかった。

 元々ハシエンダ育ちの彼女にとって、生で魚を食べるってことは、どうしても理解できない食文化だったようだ。

 料理が出てきた時の霧島のしかめっ面って言ったら、気の毒だけど笑っちゃったよ。

 学校中で恐れられている霧島 摩利香の弱点が、これで二つもわかったってことだ。生魚とご存知僕のフ〇ッキン幼馴染……天城 毘奈だ。



 夕食の後、いつの間にか霧島の姿が見えなくなっていた。このパターンはいつものやつだ。

 毘奈に聞いたところ、一人で浜辺の方に歩いて行くのを見たって話で、女の子一人で危ないから僕に探しに行くように言った。まあ、心配するとしたら、誤って霧島を襲おうなんて考える変質者の身の安全の方なんだけど。

 霧島を心配しながらも、毘奈は僕を何だか激励するように送り出した。



 「吾妻、夜の浜辺なんていい雰囲気だし、ここで決めてきちゃいなさいよ!」

 「……」



 僕の背中に変な圧が掛かる。微妙な気分だったけど、こういうのも最初にハシエンダに行った時以来だ。

 僕の脳裏に、屋根の上で夜霧島と話した記憶が浮かんだ。あの時、僕はただ夜の霧島の美しさに見惚れるばかりであった。

 だが、あの時はまだ正体もわからない異界の少女であった彼女が、今は物凄く大切な存在になっていた。

 夜の浜辺で聞こえるのは、ただ穏やかに寄せては返す波の音。森で見たほどじゃないけど、星々も美しく瞬いていた。

 チラホラとカップルだろう男女が寄添いながら海を見ている。そんな浜辺にポツンと見える一人の少女の姿、彼女は浜に腰を下して星を見ているようだった。



 「どうだ、月は掴めそうか?」



 僕は気恥ずかしくて、少しお道化ながら声を掛けた。

 振向いた霧島の瞳は、この世のものとは思えないほど綺麗に透き通っていて、やはり背筋がぞくりとするくらい美しかった。

 毘奈は太陽のように明るく、美しくて快活な少女であるが、夜の霧島と比べたら明らかに色あせて見える。



 「那木君……」



 僕は霧島の横に腰かけ、彼女の見ていた星々や月を一緒に眺めた。

 一体何を話したらいいものか? こういうときの霧島って結構お喋りだったりするわけだけど、今日の彼女はただ無言で星を見ているだけであった。

 とりあえず何か話そうと、僕は口を開いた。



 「まさか、霧島が毘奈の誘いに乗るなんて思ってなっかたよ。あいつ色々お節介なとこもあって、迷惑してるんじゃないか?」

 「そんなことないわ、天城さんのことは好きよ……誰に対しても分け隔てないし、他の皆みたいに私を怖がったりしない。さすが、あなたが好きになるだけのことはあるわ……」

 「おいおい……今更その話はやめてくれよ!」



 確か、前に夜二人で話した時も毘奈の話題だったっけ。よくもまあ、あんな赤裸々なことをよく知らない異界の少女にカミングアウトしちゃったものだよ。

 だけど、霧島は僕を揶揄っているようではないみたいだ。海風が撫でる彼女の横顔は、どこか寂し気なものであった。



 「今も……天城さんのことは好きかしら?」

 「え? ああ……そりゃ好きじゃないって言ったら嘘になるけど、今は幼馴染として大切な存在って感じかな。前みたいな複雑な関係じゃないよ」



 僕がそう答えると、霧島は僕の顔を何やら真剣な面持ちで見つめ、その後少し俯き加減で言った。



 「昼間のこと……本当にごめんなさい」

 「別にもういいって言っただろ? それにしても、何であんなこと……」

 「あなたと天城さんが仲良さそうにしていると、とても不安な気持ちになるの。二人とも大切なのに……私、とても嫌な奴だわ……」

 「霧島……」



 霧島は自らに芽生えた初めての感情を、どう処理して良いのかわからないようだった。

 存外毘奈の言ってたことも、検討外れじゃなかったようだ。よし、ここは男らしく霧島の気持ちを大きな胸で受け止めてやろうじゃないか。



 「霧島、俺はお前が……」

 「ジョン・フルシアンテは言ったわ。“人がいつ死ぬかは決して分からない。どの瞬間にも人は死にうる。だから、そのつもりで人に接しないと。誰に対しても、自分が相手のことをどう思っているのか伝えておくんだ”」

 「……え?」



 僕は霧島の突然の発言によって、見事にタイミングを逃してしまった。そして、この謎のロックスターの名言引用は、僕の想像を遥かに超える凄まじい答えを導き出した。

 霧島は急に立ち上がって、僕の顔を真剣な目で見つめる。その迫力に圧倒され、僕は息を呑んだ。



 「私の人生には夢も希望もなかった。そんな私を暗闇から救い出し、私にも希望はあるのだとあなたは教えてくれた……」

 「いや、そんな大袈裟な……」

 「そして、今の私には夢があるの。世界を虚無の魔王の脅威から救い、本当にこの世界が平和になったら……」


 

 そう言うと、どこか気を張っていた霧島の表情は和らぎ、いつか見た穏やかな微笑を浮かべ、聞いたことのないくらい柔らかな声で囁いた。



 「私は、あなたと家族になりたい……」



 そう、それは段階を無視した一足飛びで、まるっきり不器用なものであったが、自らの運命に翻弄され続けた異界の少女の……世界を売った少女の、最初で最後の愛の告白であった。



 月明りは彼女の姿を美しく照らす。僕は彼女の手を取り、二人は無言のままただ瞳を閉じていた。

 聞えてくるのは、絶え間なく打ち寄せる穏やかな波の音。まるで母なる海が、僕らの心を包み込んでいくようだった。



 僕らは両手を繋いで、夜の海の中をただ月明りが示す方へと漂って行く。

 小魚の群が岩稜を避けながら僕らの周りをくるくると回り、霧島がうっかり片手を離してしまうと、僕は彼女が離れて行かないよう彼女の体を抱き寄せた。

 僕らは抱き合ったまま、周囲の魚に合わせるようゆっくりと回りながら、広い海をあてもなく進んで行く。

 美しいサンゴ礁や、巨大な海底火山、地球の底へと続く深海の大キレット、小魚の群を追い回すイルカやクジラたちが、僕らの周りをダンスでもするように通り過ぎて行く。

 僕らはまるで空の上から地上でも見ているかのように、ただそれを一緒に眺めていた。



 ちぐはぐだった僕らの気持ちは、青い海に溶け合うように、ゆっくりと時間をかけていつの間にか一つになっていたのだと思った。

お読み頂き、ありがとうございます。

次回から一話ずつの投稿となるかと思います。

それでは、また一週間後くらいに・・・。

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