第三十四話 オーシャンカラーシーン2
こういうのも、たまには書いてみたかったんです。
少し下賤な話になってしまいましたが、お楽しみ頂けると幸いです。
毘奈ははしゃぎながら霧島の手を引き、霧島は戸惑いながらも期待に胸を膨らませた様子でそれに続いた。
でたらめなくらい濃い青い空からは、目も眩むような日差しが降り注ぎ、穏やかに打ち寄せる波に反射して、僕の良く知っている二人の少女をキラキラと彩った。
波打ち際で戯れる彼女たちの姿は、まるで妖精みたいに幻想的で美しかった。
少し離れたところで、彼女たちに見惚れながら呆然と立ち尽くしている僕に、毘奈の彼氏である尾瀬先輩がインチキ臭いくらいさわやかな声で話しかける。
「天城がさ、君たちと海に行けることを凄く楽しみにしてたんだ」
「え……毘奈が?」
「ああ、だから俺はあいつに目いっぱい楽しんで欲しいんだ。それには君たちの協力が不可欠だ。一緒にいい思い出にしよう! さあ、行こう!」
「ああ……はい」
こいつが、こっちの調子が狂っちゃうくらい誠実で、おまけに長身でさわやかなイケメンときたもんだ。僕は苦笑いしながら返事をし、しばらくどうでもいい会話をして彼女たちのもとへ向かった。
まあいい、今回は調度いい機会だし、こいつのインチキな上っ面を暴いてやろうじゃないか。
僕らが速足で毘奈と霧島のいる方へ向かっていると、二人はいつの間にか四人くらいの男たちに絡まれていた。遠目で見てもわかるくらい頭の軽そうな色黒のチャラ男君たちだ。
誰もが見惚れちゃうくらいの美しい少女たちだ。オスが傍にいなけりゃ、ああいった良くない虫がわんさか寄ってくるってこと。
それを見た僕は、血相を変えて足を速めた。別に毘奈と霧島が心配だったわけじゃない。今までのお話しを見てくれている賢明な読み手の方ならわかってくれると思うけど、僕が心配しているのはむしろその逆で、何も知らないあの可哀想なチャラ男君たちの方だった。
迂闊にあの霧島にちょっかいを出してみろ、この平和なビーチで、あのチャラ男君たちに見るも悍ましい凄惨な制裁が下されるに違いない。
「ああん? かわいい顔してずいぶん生意気なこと言ってくれんじゃん!」
チャラ男君たちの一人がご立腹して声を上げている。言わんこっちゃない。僕は目を閉じて額に手を当てる。
「ちょこっと、この子ににはお仕置きが必要みたいじゃん」
「一緒に来なよ」
そう言って、チャラ男君たちの一人が霧島の白くて細い腕を掴み、無理矢理引っ張ろうとした。
狼狽する毘奈が、僕と尾瀬先輩が来るのに気付いて慌てながら声を上げた。
「先輩! 吾妻! マリリンが大変なの!」
「一体どうしたんだ!? 天城」
尾瀬先輩はどういう状況なのかを確かめようとしたが、そんな悠長なことを言ってはいられない。僕は霧島とチャラ男君たちの間に割って入った。
「すいません! 僕らの連れなんです。何か失礼なことを彼女が言ったんなら謝りますから、手荒なことは……」
「なんだテメー、今更詫び入れても遅ぇーんだよ! ずいぶん馬鹿にしてくれちゃったんだからさ!」
ダメだ、もう手遅れだった。チラッと霧島の顔を見ると、彼女は以前の獣のような研ぎ澄まされた刃物みたいな目をしていた。その綺麗な瞳が紫色に変わっちゃったらアウトだ。もう僕には止められない。
とりあえず霧島の方を落ち着かせようと、彼女に事の経緯を聞いた。
「霧島、この人たちに一体何を言ったんだよ?」
「連れがいるのに、そんなの放っておいて一緒に遊ぼうとかしつこいから、“消えてくれる? 頭の軽いフ○ッキンカス野郎”って言っただけよ……」
「そんな本当の……じゃなくて、酷いこと言っちゃダメだろ!」
僕はこの修羅場の中で頭を抱えた。借りてきた猫みたいにすっかり大人しくなってしまったと思っていたけど、やっぱり霧島 摩利香様はご健在なようだ。ちょっと嬉しくも思ったけど、今はそんなこと言っている場合じゃない。
仕方ない。下手に出てダメなら、最低限譲るとこは譲って毅然と対処するしかない。僕は霧島の手を掴んでいるチャラ男を見て言った。
「彼女の言ったことは謝ります。ですから今回は勘弁して下さい。それでも因縁をつけてくるのなら、人を呼びますよ?」
「何だよそれ? 脅してるつもりかよ? おもしれ―じゃん!」
霧島の手を放したチャラ男君は、僕の顔に手を伸ばそうとした。やれやれ、霧島から僕に注意が向いたのは良かったけど、これじゃ僕がこいつらに殴られちゃうじゃないか。
まあ仕方ないか、どんなに高く見積もっても、こいつらのパンチなんてジャスティーンの鉄拳に比べたら、屁みたいなものだ。僕は目を瞑って歯を食いしばった。
「イテテテッッッ!!」
「……あ」
僕は条件反射的にチャラ男君の右手を背中へと締め上げていた。ジャスティーンとの修行のせいで、こういうことをされると無意識に体が動いちゃうんだ。
全く、止めにきた僕が火に油を注いでどうするんだよ。僕は彼を締め上げながら必死に謝罪をする。
「すみませんすみません! こんなことするつもりはなかったんです! 体が勝手に動いちゃっただけなんです!」
「イテテッッッ! わかった! わかったから離してくれ!」
僕が謝罪するのに我を忘れてあたふたしていると、遠くの方から大人の声が聞こえてきた。
「おーい! 君たち一体何やってんだ!」
振返ると、筋骨隆々のライフセイバーらしき人が僕らの元へ走ってくる。どうやら、毘奈と尾瀬先輩が呼んで来てくれたみたいだ。
さすがにヤバいと思ったらしく、チャラ男君たちは浜辺の方へ走って逃げて行く。それを見て我に返った僕は、締め上げていた可哀想なチャラ男を離し、彼もまた必死に仲間の後を追った。
とりあえず一件落着。こんなことがあるから、僕は海なんてところが大嫌いなわけだ。まあ、大半は霧島のせいだった気もしないでもないが。
毘奈と尾瀬先輩がライフセイバーに事情を話し、目撃していた周囲の人たちの助け船もあり、チャラ男君を締め上げていた僕が、善良な一般市民であることが証明された。
ようやく胸を撫で下ろした僕。何だか波乱の幕開けだったけど、嫌なことばかり考えていても仕方ない。毘奈や霧島、ついでに尾瀬先輩と楽しい夏休みの思い出でも作るとしようじゃないか。
とは言ったものの、さっきのあの異様な光景を見れば、僕のフ○ッキン幼馴染からは当然のように面倒臭い質問が矢継ぎ早に飛んでくるわけで……。
「吾妻、いつからあんな武道習ってたの!? 何をしたか見えなかったよ!」
「あー、えーと……ちょっと通信講座的なやつでね……(苦しいな……)」
「ふーん、とにかく体を張ってマリリンを助けるなんて凄いよ、吾妻!」
「いや……まあ……」
僕はとにかく全力ではぐらかした。目の前の毘奈は、半年間森で鍛えられた僕の肉体を興味津々といった様子で見つめ、目を輝かせていた。
言えないよな、僕が助けたのは霧島なんかじゃなくて、霧島に海の藻屑にされそうになっていた哀れなチャラ男君たちだったなんて……。
一旦浜へと上がった僕らは、ビーチボールを膨らませ、男女に別れてビーチバレーをすることにした。
傍から見れば、海に来たらステレオタイプの凄く楽し気な遊びだと思うかもしれないけど、僕には嫌な予感しかしなかったよ。
「皆んな、いくよ!」
僕のフ○ッキン幼馴染、天城 毘奈はアホなくらい運動神経抜群で、陸上部に入っているものの、恐らくはどこの部活に行ってもエース級に活躍するだろう。
そんな彼女が、会社の屋上でOLたちがやっているようなゆるい感じでビーチバレーをやってくれるわけなんか毛頭ない。いや、あれでも結構遠慮してたんだろう。
「吾妻、いっくよ!」
「ぐぇ!!」
僕の顔面に弾丸のような殺人スパイクが飛んできた。そりゃもう、ビニールのボールなのに痛いのなんの、工事現場の鉄球か何かかと思ったよ。
毘奈はスパイクを打つのが楽しくなってきちゃったみたいで、霧島が丁寧に上げたトスを次々に僕らの方へと打ち込んだ。
別にそれは結構なんだけど、打つ玉打つ玉僕を目がけて飛んで来るわけで、さながらサンドバッグ状態だ。見かねた尾瀬先輩が僕を気遣う。
「大丈夫かい? 那木君」
「は……はい、何とか……」
ジャスティーンのあの地獄の特訓に比べたら何てことはないけど、毘奈の放つスパイクは最早凶器だよ。
と、油断しているところにまたもや毘奈の弾丸スパイクが飛んできたわけで、僕の顔面直撃。当たり所が悪かったみたいで、視界が塞がり前が見えなくなってしまった。
「目……目がぁぁぁ!!」
動転して右往左往する僕は、この日差しが燦々と降り注ぐ真っ暗闇の中で、運悪く足を滑らせて転んでしまった。
砂浜だから、転んでもそこまで痛くはないかと思ったけど、何故かむしろ柔らかいくらいで生温かい不思議な感触だった。
「ちょ……ちょっと吾妻、何やってんの!? どいてよ!」
「……ん? うわぁー!!」
目を開いた僕の前にあったのは、薄い布の下に夢が沢山詰まった二つの柔らかいもの。こともあろうに、僕は毘奈に覆いかぶさり、顔を乳房に埋めてたってわけ。
業界用語でこれをラッキースケベとか言うんだけど、赤面する毘奈を前に、慌てて立ち上がって無実を主張する僕。
元はと言えば、毘奈が打った無慈悲な弾丸スパイクのせいなんだから、自業自得だ。つまりはこれは不慮の事故もいいところで、僕の行為は善意無過失、どんな敏腕検事ですら僕を有罪なんかにできるわけがないんだ。僕はヒトラー顔負けの演説で必死に皆に言い聞かせた。
「ま……まあ、今のは仕方ないよな。前が見えなかったんだからさ! 天城ももう少し手加減してくれよ」
「う……うん、そうだね。ごめんね、吾妻」
尾瀬先輩の助け舟によって、僕は何とかこの重大な難局を乗り越えることができた。意外にいい奴じゃないか、このいけ好かないイケメンにいらぬ借りを作ってしまったよ。
何とか幼馴染からの変態扱いを免れた僕は、このクソ暑いのに物凄い悪寒を感じて無言の霧島を見た。
霧島のその水晶のように美しい瞳は、僕の身の潔白を心から信じている風では全くなく、まるで顕微鏡で大腸菌でも見てるみたいな冷たく蔑んだものであった。
「あ……あの、霧島……どうかしたかな?」
「……別に」
僕はこの霧島の目を覚えていた。確か最初にハシエンダに行った折、エルフの幼女ノエルを襲ってるって勘違いされた時と同じだ。それってまずいだろ。
とりあえず彼女はそれ以上何も言ってこなかったので、今度は海に入ってビーチボートに乗って遊ぶことになった。
持ってきたボートは二つだったので、僕と霧島、毘奈と尾瀬先輩が一緒に乗ることになった。まあ、これならさっきみたいな不測のトラブルは起こり得ないってもんさ。
霧島を後ろに乗っけた僕は、穏やかな波に船体を委ねて気ままに漂わせ、霧島と向かい合うようにして座った。
元々表情はあまりなく、口数も少ない奴だったけど、何か今はいつにも増してご機嫌斜めみたいだ。気まずいったらありゃしない。
「霧島、どうしたの? あまり楽しくないかな?」
「……さーね、あなたは愛しの幼馴染とお熱いハグができて、さぞかし楽しいんじゃないかしら?」
「だからあれは不幸な事故なんだって!」
「“幸運な”……の間違いじゃないかしら?」
どうやらさっきの毘奈との一件をまだ引っ張っているようだった。まさかあの霧島が嫉妬でもしてるっていうのか? まさかな。
でもこのままってわけにもいかないよな。また霧島の好きな音楽の話でも振ってみるか? そんなことを考えている時だった。
「吾妻! 危ない! どいてー!!」
「……へ? ぎゃぁぁぁ!!」
急な波のうねりに煽られて、毘奈たちが乗ったボートが僕らのボートに衝突。僕らはそのまま波打ち際へと吹っ飛ばされてしまった。
気付いた僕は、何か温かく柔らかいものに包まれているようだった。一瞬母なる海みたいなものを想起したけど、その感触はもっと生々しいものだった。
「げ……毘奈!?」
「いたた……吾妻、重いよ」
今日の僕は余程毘奈のおっぱいに縁があるようだ。悪夢再び、僕は毘奈の乳房から慌てて顔を上げると、両手を大々的に振って無実を主張。
被害者である毘奈は、胸を両手で覆って顔を赤らめるも、ビーチボートの衝突事故による不可抗力を承諾。
「まあ、ぶつかったのは私たちだし、仕方ないよね」
「そうそう、あの状況じゃ誰にだって起こり得ることだよ。とにかく皆怪我しなくて良かった」
弁護人尾瀬先輩の弁明により、被告人那木 吾妻の無実放免は最早確定的なものかと思われたんだ。
で、それらの主張を聴いた霧島大審問官の判決はというと……。
「あの……霧島? 目の色が……」
霧島のその美しい瞳は、僕のことを粘着トラップに引っ掛かったゴキブリみたいに冷たく見つめ、いつか見たみたいに禍々しく紫色に染まっていた。
こんなに背中に悪寒が走ったのは、かつてハシエンダでジャスティーンの宿敵、闘神ヴァン・ヘイレスと対峙した時以来だ。
「や……やめろー!!」
毘奈×海×霧島=……。それは正に悪魔の方程式であった。この穏やかな海で、僕の周りから押し寄せる明らかに物理法則を無視した局所的な高波。
僕は霧島の作りだした荒波に呑み込まれ、あのチャラ男君たちの代わりに海の藻屑となろうとしていた。言っただろ? だから僕は海なんて大嫌いなんだ。
「吾妻―!!」
「危ない、天城! 行っちゃダメだ!」
周りが止めるのも聞かず、僕を追って海に潜った毘奈が、必死に僕に向かって手を伸ばしていた。僕は半ば薄れゆく意識の中でそれを見ていた。
お読み頂きありがとうございます。
まだまだ海での話は続きます。
次回投稿は未定ですが、週一くらいではやっていきたいです。