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第三話 マッドチェスター 【RE版】

リメイク第三弾です。思ったより、だいぶ早くできました。

話が進むに連れて、修正箇所も少なくなっている気がしますが、ヒロインの台詞など以前より増えています。後出しじゃんけん的な要素もあります。以前に読んで頂いた方もお楽しみいただけるかと思いますので、どうぞ。

 ライオンとネズミくらいの体格差のある怪物フンババの前に、立ちはだかった謎の少女、霧島 摩利香。僕が目にした彼女の冷たい瞳は、刺々しいアザミの花のような紫色をしていた。

 霧島は余裕の微笑を浮かべ、啖呵を切って右手をフンババの前に掲げる。



 「いい? これがお手本よ。しっかりとその腐った目に焼き付けなさい。……“ディープ・パープル”」



 彼女の纏った紫色のオーラが掌の先に集約され、紫色の炎がメラメラと燃え上がる。対するフンババは再びその噴火口のような大きな口を開け、僕ら目がけて炎を吐き出した。



 「馬鹿なの? 無駄って言ったじゃない」



 フンババが吐き出した真っ赤な炎が僕らに迫る。少し遅れて、霧島の手から放たれた紫の炎が小円を描きながら、フンババを目がけて飛んで行く。その怪しげな紫色の炎は、蛇が獲物を丸呑みするかのように、フンババの炎をみるみる消し去っていく。

 次の瞬間、フンババの巨大な頭部が紫色に炎上した。髪の毛を燃やしたような鼻につく嫌な臭いがする。フンババは燃えあがる頭部を押さえながら、もだえ苦しみ、地団駄を踏んで嗚咽を上げた。



 「……人間メ、許サヌゾ!」



 聴いたこともないくらいゾッとするような低い声は、フンババが発したものであった。煩悶と共にフンババは、更に大きな地響きを上げ、家屋を壊しながら森へと走り去っていく。

 霧島は何食わぬ顔で振返り、まだ体の震えが止まらなかった僕に悪態を吐いた。



 「探し出すのに苦労したの。馬鹿みたいに動き回って、勝手に死なないでもらえる?」



 霧島は表情一つ変えずに冷然と僕を見下ろす。どうやら僕をこんなところに迷込ませたのは、霧島の仕業であるらしい。

 彼女を咎めたい気持ちもやまやまであったが、とりあえず今の状況を聞くことが先決だ。



 「おい……ここは一体どこなんだよ!? 昨日まで俺は学校にいたはずだけど……」

 「人間と精霊、そして魔物が住まう世界“ハシエンダ”……あなたがいた世界から見たら、異世界ってことになるわね」

 「何で俺をこんなところに? お前一体誰なんだ!?」

 「……私はいわゆる魔法使いってところかしら? ……で、単刀直入に言えば、あなたには私と一緒にこの世界を救ってもらうの」



 「これが中二病ってやつか?」なんて、僕は眉をひそめて半信半疑で聞いていたが、この状況では彼女の言うことを信じるしかなかった。



 「あなたには私と一緒にある古の怪物を……“虚無の魔王”の復活を食い止めてもらうの」

 「魔王……って、まあ、百歩譲ってそんなのがいるとして、何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ?」

 「仕方ないじゃない。今はゴミみたいに弱っちいみたいだけど、正真正銘、あなたは世界を救った勇者様なんだから」

 「……はあ?」



 この世界のことはとりあえず信じざるを得なかったが、僕のことに至っては壮大な人違いをしているとしか思えない。自慢じゃないが、モンスターどころか、下手をすればその辺の女子高生にすら負けるぞ、僕は。

 半信半疑な僕に、霧島は溜息を洩らして手を差し出す。徐に差出された手と彼女自身に胡散臭さを感じた僕は、不機嫌そうな顔をして彼女を見上げる



 「いや、ちょっ……意味わかんねーし! とりあえず、元いた世界に帰せ。話はそれからだ」

 「あなたが望もうと望むまいと、これはあなたの使命、自然の摂理よ。世界を救わない勇者なんてなんの価値もない、ボウフラ以下の塵芥よ」

 「勇者でも機関車でも何でもいいから、早く帰らせろ! 未成年者誘拐で訴えてやる!」 



 僕は彼女の手を払い除け、何とか立ち上がって彼女を睨み付けた。霧島は首を傾げる。



 「無理よ。一度こっちに来たら、簡単には戻れないわよ」

 「……って、じゃあ、どーすりゃ戻れるんだよ?」

 「さあ……いずれにしても死んだら戻れないから、私の言うことは素直に聞くのをお勧めするわ」



 嘲笑する霧島に、僕は言葉を失う。霧島の言っていることが例え嘘であったとしても、今の僕は彼女の言うことに従うしかないのだ。これでは脅迫もいいところじゃないか。

 もう僕のことはいいとして、とりあえず毘奈のことだ。毘奈のことを聞くことに些か抵抗はあったが、あの時一緒にいたのだから、それはおかしい心配ではない。そう自分に言い聞かせて霧島に問いかける。



 「毘奈は……無事なのか……?」

 「ヒナ……?」

 「屋上で俺と一緒にいた女子は無事なのか?」

 「あなたと痴話喧嘩していた子ね。無事も何も、あなたしかこっちに呼んでないから知らないわ」



 霧島は毘奈のことなどアリンコ程も興味のない様子で、冷淡に答える。ただ僕が出したかった答えは引き出せた。今はこんな仲だとはいえ、僕は無条件に安堵していた。

 そうこうしてるうちに、エルフたちが僕らの周囲へ集まってくる。先程怪我をしたイアンもノエルに付き添われ、よろよろと近づいて来る。皆警戒している様子だ。



 「助けてあげたっていうのに、エルフっていうのもフ〇ッキン礼儀を知らないわね。とんだ〇〇〇野郎たちだわ」

 「おいおい、やめろって!」



 霧島への恐れからか、エルフたちは猜疑心を露わにしており、彼女はそれを見て悪態を吐く。もうこれ以上のトラブルはごめんだ。



 「あんな強力な魔法を……お前は魔族じゃないのか?」



 イアンは片手を押さえながら、疑念に満ちた顔で霧島に問う。ノエルは化物でも見るかのようにイアンの後ろに隠れ、こちらを伺っている。

 控えめに言っても、霧島が女の子の皮を被ったモンスターなのは間違いない。霧島は疑心暗鬼のエルフたちを嘲笑するように、両手を腰へあてた。



 「あなたたちが弱すぎるだけでしょ? 自分たちより強かったら、皆魔族にされちゃうわけ?」

 「貴様ぁ! 言わせておけば!」



 やっぱり駄目だ。本人に自覚があるのかわからないが、霧島は口が悪すぎる。しかもさっきから放送禁止用語を連発してるぞ。

 フンババは去って行ったが、一難去ってまた一難。霧島はある意味、フンババ以上に厄介なモンスターかもしれない。彼女とエルフたちの間に不穏な空気が立ち込め、一色触発であった。



 「やめぬか! その少女は仮にも我々を救ってくれたんじゃぞ」

 「族長様!?」 



 白髪と白い髭を蓄え、法衣のような服を纏ったエルフの老人が、杖をついて村の奥からトボトボと歩いて来た。どうやらそれなりに権威のある人のようで、イアンや他のエルフたちは畏まって一歩下がる。

 そのままその老人はゆっくりと僕らの元へ近づいて来るが、正直僕はヒヤヒヤしていた。こんなよぼよぼな爺様相手だって、おそらく霧島には敬老精神の欠片もないだろうから。



 「すまなんだ、人間の少女よ。儂はアルムの森のエルフの族長、マクレガン・キーディス、よくぞあのフンババを追い払ってくれた。若い衆の非礼を詫びよう……」

 「別に……あんたたちの為にやったわけじゃないわ。単に邪魔だっただけ……」



 霧島は相変わらず悪態を吐きながら返答するが、まあ、最悪の事態は防げそうだ。

 そしてマクレガンは、畏まった様子で更に興味深いことを口走る。



 「あの紫の炎……あなたはもしや古の大魔導士“マッドチェスター”殿ではないですかな?」

 「……そうよ。私は“マッドチェスター”の一族」



 二人の会話を聞いて、周囲のエルフたちがざわつきだす。僕にはさっぱりな内容であったが、どうやらその“マッドチェスター”という言葉に反応しているらしい。

 すると、先程まで霧島と険悪なムードであったイアンがよろよろと近づいて来る。一瞬緊張が走るが、イアンは徐に霧島の前で跪いた。



 「貴殿があの高名な魔導士マッドチェスター殿とは……。知らなかったとはいえ、先程は失礼しました。フンババを追い払って頂き、感謝致します」

 「だから言ったでしょ。あんたたちの為じゃないって。邪魔だから消えてもらっただけ」



 霧島は両手を上に挙げて、気怠そうに体を伸ばす。マッドチェスターだか何だか知らないが、こんな奴に頭を下げないといけないのだからイアンには同情する。

 イアンの後ろには、先程まで彼の後ろからこちらを伺っていたノエルが、不審そうな顔で霧島のことを見ていた。ノエルのその目は、フンババに向けていたものとまるで相違なかった。それに霧島も気付いたようだ。



 「なーに、そこのちびエルフも何か言いたいことがあるの?」

 「あなた……何か良くないものを感じる」



 ノエルのその意味ありげな言葉が不服だったのか、霧島は無言のままノエルに詰め寄って行く。

 霧島のその冷たい眼差しで近づかれたら、大概の小さな子は泣き出すだろう。僕は慌てて間に入った。



 「やめろ霧島! 子供の言うことにいちいち腹立てたって仕方ないだろ!?」

 「ずいぶんその子に優しいのね? もしかして那木君てこんな幼女がお好みなのかしら?」

 「ふざけるな!」



 僕が普通に怒っているのを見て、霧島は興が削がれたのか、また首を傾げた。事の発端を作ったノエルにもイアンが叱責する。



 「ノエル、余計なことを言うな! その方に謝りなさい!」

 「……うん。ご……ごめんなさい」



 今にも泣きだしそうなノエルを僕は宥めようとする。こんな小さな子でも彼女は僕の命の恩人だ。無下にはできなかった。



 その一連のやり取りが終わると、唐突に族長のマクレガンは遠くを見つめ、歩き出そうとしていた。

 その先には、横たわり、動かなくなった或る若い男のエルフと、それに寄添ってむせび泣く彼の母親らしき姿があった。先程の戦闘で、フンババに殴り飛ばされ、絶命したエルフの亡骸であった。

 マクレガンは物言わぬ様子で、彼らの元へゆっくりと歩み寄る。あそこに倒れているエルフを、僕は先程までこの目で見ていた。

 彼は確かに剣を振るい、矢を持って声を荒げながら、あのフンババを相手に勇猛果敢に戦っていたのだ。しばらくしたら、さっきみたいにまたひょっこり起き上がって動きだしそうなものだった。 

 マクレガンは彼の元で跪き、彼と森に語り掛けるよう、ただ厳かに祈りを捧げた。



 「息子は……アンディーは勇敢に戦いました。どうかこの子にお言葉を掛けて下さいまし……」

 「我らがアルムの森よ、どうかこの勇敢な戦士の魂に安息を、そしてこの御霊が我らと共にあらんことを……」



 僕はその名前も知らないエルフの死を、唐突過ぎてどう受け入れればいいのかわからなかった。

 やがて他のエルフたちも彼の周囲に集まり、あのノエルでさえも、静かに祈りを捧げた。彼の顔は薄っすらと微笑を浮かべているようで、それが残酷過ぎるくらい安らかな死であった。

 僕が何も言えないのを察したのか、霧島はその光景を見ながら、淡々と語り出す。



 「よく見ておきなさい。ここではああやって突然、何の躊躇もなく人の死は訪れるものなの。あなたも気を付けることね……」



 生と死の境界の低さをまざまざと見せつけられたことによって、僕はこの不思議な世界を受け入れざるを得なかった。

 僕が勇者で、霧島が魔王をどうしようなんて知ったこっちゃない。しかしながら、彼らエルフの種族としての悲劇に目を背けることはできなかった。



 「なあ霧島、あの人たちのこと、助けてあげられないのか?」

 「嫌よ面倒くさい。私はあなたに用があっただけ。さっさとこんな森とはおさらばよ」



 案の定な反応であった。恐らく先程の戦いから見ても、フンババは霧島にとって敵ではないのだろう。ただ、確かに霧島にエルフを助ける義理はない。

 だが、フンババは追い払われたと言っても、死んだわけではない。エルフたちは戦いに疲れて満身創痍である。彼らの状況は切実であった。



 「頼むよ霧島! お前なら、あの怪物も簡単に倒せるんだろう!?」 



 ノエルとイアンには、命を救ってもらった恩義がある。霧島に頭を下げるのには釈然としないものがあったが、何とか彼らを助けてやりたい。僕は自分の細やかなプライドもかなぐり捨てて、彼女に頼み込んだ。

 こんな頼まれ方をされてさえ、このへそ曲がりが簡単に首を縦に振るとは思えなかったが、僕の熱心な懇願が意外だったらしく、彼女はまたも不思議そうに首を傾げた。

 霧島はあごに手を当てて、しばらく考え込む。数秒後、再び僕の顔を見て、彼女は楽し気に微笑を浮かべた。



 「まあいいわ、あなたがそこまで言うなら、やってあげないこともないわ。ただし条件がある……」

 「条件?」



 僕を指差し、不敵に微笑する霧島。どうにもこうにも嫌な予感しかしなかった。



 「あなたの願いを聞くのだから、当然私の頼みも聞いてくれるんでしょ? 心優しい勇者様なんだから」

 「……は?」

 「もちろん断れないわよね? エルフを助けたいあなたなら」

 「い、いや……それはまあ」



 しどろもどろになってしまった僕の気持ちをよそに、霧島は大袈裟そうに両手を広げると、大声でエルフ達に呼びかけた。



 「か弱きエルフたちよ、我らは森を蝕む強大な悪夢を討ち果たす為、この森に遣わされた、神の使者である!」



 霧島は嫌に物々しい言い回しで、村中に声を響かせた。死者に祈りを捧げていたエルフたちが、彼女の尊大な演説に注目をする。



 「マッドチェスターの名に於いて宣言する! ここに立つ勇敢な少年と共にこの森に安寧をもたらさんことを!」

 「いや、ちょっと……その、霧島さん? て、ええーー!?」



 鳩が豆鉄砲をくらったみたいに静まり返るエルフたち。僕にとっては、呆れるくらい如何わしいものであった。

 だけど、完全にやられた。これじゃ、僕にはもう拒否権なんてあったもんじゃない。



 「森の神のお導きだ! これで我らも救われたぞ!」

 「ありがとうございます!」

 「あなたたちは森の英雄だ!」

 「マッドチェスター様万歳!」


 

 涙を流して喜びに沸くエルフたち。容易くフンババを追い払って見せた霧島の力は、彼女の演説の如何わしさなんて払拭するくらい神懸っていた。

 霧島にいいようにはめられ、僕はもう後戻りできない事態に陥っていた。だが、今の僕を連れて行って一体霧島に何の得があるのだろう。自分で言うのも何だが、体力には自信がないから、荷物持ちとしてもおそらく役不足だぞ。



 「霧島、一緒に戦うって言っても、俺は何もできないぞ?」

 「だから調度いいのよ。“北風が勇者バイキングをつくった”なんて諺があるでしょ? 勇者として覚醒するには、手っ取り早くモンスターと戦うのが一番よ」

 「……え? いや、その修行とか、装備とか……ほら、勇者として証を授かるとか、そういう気の利いたイベントはないのかよ?」

 「ジョーイ・ラモーンが言っていたわ。“上手くなるまで待ってたら、ジジイになっちまうぞ”ってね。時間がないんでしょ? 安心しなさい。死なない程度には、守ってあげるから……」



 淡々と知らない人の意味不明な引用を聞かされて、今度は僕が首を傾げてしまう。よくわからないが、僕にも何か彼女の魔法に匹敵するような特別な力でもあるというのだろうか?



 「それじゃ頑張ってね。那木 吾妻君……いいえ、皆の勇者様」



 と、せせら笑うように僕の背中を押す霧島。僕は愕然として膝を落とした。もう後戻りはできない。僕は自分の心に抱えていた茨など忘れてしまうくらい、未曾有の危機を迎えようとしていた。

 こうして、まだ何の力もない僕と、傍若無人で破天荒な魔法使い霧島 摩利香は、RPG風に言うとパーティーを組んだ。

 そしてこれが、まあ、胸を躍らせる冒険譚風に無理矢理言おうとすれば、異世界ハシエンダと現実世界を股にかけた剣と魔法の異世界ファンタジーの始まりであったのだ。

 第四弾も近々。

 その先はどうするか、考え中です。


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