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第二話 エルフの住む森 【RE版】

リメイク版第二弾です。

改めて見てみると、無駄に表現をくどくしてたり、意味なく重くしてたな・・・。


 ……何だろう。明るいところだな? 確か、よくわからない森で大きな化け物に追いかけられて。



 そうか、僕は死んだのか。僕は温かなところに横たわっていた。何だか懐かしくてとても心地がいい。

 でも本当に死んだのか? そんなの今まで生きてきた中で、死んだことなんてないからわからないし、困ったな。



 でもこの光景は覚えてるぞ。幼い頃、よく僕と毘奈は遊び疲れて、いつの間にか縁側で眠りに落ちていた。

 それは暑い暑い夏の終わりの昼下がりだった。庭の水溜りに夏の強い陽ざしがキラキラと反射して、風鈴と蝉の鳴き声が合奏でもしてるみたいに重なっていた。

 ふと、僕がうとうとしながら目を覚ました時、僕と毘奈の距離は目と鼻の先であった。

 程よく日に焼けて薄っすらと汗ばんだ、まだあどけない無垢な毘奈の寝顔に魅せられ、僕は舐めるように見入ってしまっていた。


 

 僕も懲りない奴だ。死んでまで毘奈のことばかり考えているだなんて、馬鹿は死ななきゃ治らないなんてよく言ったものだが、僕が痛いのは死んでも治らないようだな。

 死んでも尚、茨が全開の痛々しい自分に幻滅していると、突然幼い毘奈が妖艶な微笑を浮かべて囁く。



 「ねえ……吾妻」

 「ひ……毘奈?」

 「何で私から逃げるの?」

 「それは……」



 最悪だな。ついさっき、生きていた時も彼女に同じように問い詰められていた気がする。しかも、何故だか体も自由に動かないし。死んでいるからかな?

 どうしたものか。そうだ、さっき生きてる時は、流石の僕も痛すぎて言えなかったあのセリフをブチかましてやろう。いいよな? もう死んでいるんだし。これですっきりあの世へ行けるってもんだ。



 「あなたに彼氏ができたせいで、いじけてます。どうかこの惨めな僕をほっといて下さい」



 あーあ、ついに言っちまった。こんなの遠回しに告白してるようなもんじゃないか。今度は流石に幻滅してくれたかな?

 ところがどうだ。毘奈は表情を変え、憐れむような眼で僕に顔を近づけ、身動きの取れない僕の頬に手を当てた。

 


 「可哀想な吾妻……」



 まるで彼女の手の中に溶け落ちていくような、そして自分の体の中身を抉り出されているようだった。



 「そんなに私のことが好きなんだね。いいよ、吾妻……私だけの吾妻。私がずっと傍にいてあげる」



 人類史上稀に見る最低クラスの酷い夢だった。僕は夢の中まで、彼女に憐れみをかけられ、惨めに慰められていたんだからな。

 流石にもう限界だ。こんな夢を見続けるくらいなら、本当に死んだ方がマシだ。僕は言いようもない気持ち悪さに目を覚ました。



 「……なんだ? 誰かの家?」



 体を起こした僕はベッドの上だった。古びた木の匂いがする。周囲を見渡すと、質素な中世ヨーロッパ調の部屋で、窓際に置かれた花瓶から枯れそうな百合の花が老人のように首を垂れ下げていた。

 カーテンの開かれた窓からは柔らかな日が差込み、その外には、恐らく昨日僕がいた森が広がっているようである。



 「やっと起きた! まだあんまり動かない方がいいよ」



 幼い少女の声だった。僕はその少女の声がする方向に目をやる。

 隣の部屋から、見た目10歳くらいの外国人らしきあどけない少女が入って来た。ウェーブのかかった長い麦わら色の髪で、透き通った白い肌に青い目がよく映える北欧系の少女だった。

 その子は、テーマパークで貸出してるような中世のヨーロッパ風の民族衣装を着てるくせに、当り前のように日本語を喋っていた。しかし、今驚くべきはそんなことではなかった。



 「え、耳……? コスプレしてるの?」

 「ん? なーに、コ……ス、プレって?」

 


 その少女の耳は、鋭利な刃物みたいに上へ向かって尖っているんだ。

 えーと、確か……こんな耳しているのは、壺の中の怪しい薬を混ぜて不気味な笑い声を上げる老婆か、もしくは……。


 

 「あーそうだ! エルフだ、エルフ! 君の国だと、そういうの流行ってるの?」

 


 彼女の尖った耳を指さして、僕は興味深そうな顔で彼女を見つめる。

 すると彼女は、不思議そうな顔で首を傾げ、尖った耳を上下に動かしながら答える。



 「何言ってるの? エルフなんだから、こんな耳してるのは当り前でしょ?」

 「へ……もしかして、本……物?」

 「変なの。耳はデンデンムシみたいに丸いし、頭と目はススみたいに真っ黒ね!」

 「……へ?」



 僕が思っているのと同じように、彼女も僕のことが珍しいらしい。

 もしかしたら、僕が知らないだけで、世界にはこんな耳した少数民族がいたりするのかな? でも自分のことエルフだって言ってたしな。

 このエルフのような少女の登場に呆然とする僕であったが、彼女は遠慮することなく質問攻めを浴びせてくる。



 「ねえ、君! 君は森の外の人? どこから来たの? 名前は? 歳はいくつ? なんでそんなに顔が平べったいの?」

 「……ちょ、ちょっと待った!」



 少女は何か新しいおもちゃを手に入れたように嬉々とし、得意気な顔で自己紹介をはじめる。



 「そうね、まずは自分から名乗らないとね。私はアルムの森のエルフ、バーナードの娘ノエル・スライザウェイよ。君は?」

 「那……木吾妻……」

 「ナ……ギアズマ? ナギア……ズマ? なんだかナマズみたいな名前ね」

 「……吾妻でいいよ」



 ノエルと名乗ったエルフらしき少女は、僕の名前が珍しいようで、不思議そうに名前を連呼した。

 とりあえず、エルフが本当にいたというのは信じ難いが、気を失った僕を助けてくれたみたいだし、信用のおけそうな少女だ。少なくとも、昨日の化物よりは理性的な会話ができそうだし。



 「ごめん、ノエルちゃん、僕を助けてくれたんだね? ありがとう」

 「私もノエルでいいよ! そうよ、水汲みに行ったら、川の辺で倒れていたの。一体何があったの?」



 迫りくる巨体と炎の熱気、僕は昨日の背筋が凍りつくような出来事を思い出して、体を震わせた。

 と同時に、運良く川に落ちたおかげで、だいぶ小便ちびってしまったことは、どうやらばれていないようだと安堵した。



 「気付いたら夜の森にいて……火を吐く大きな化け物に追いかけられて、足を踏み外してから何も覚えてないんだ……」

 「吾妻、それフンババだよ! よく逃げられたね!? それに……フンババに襲われたなら……その……仕方ないよ! ……誰だって……ほら、恐いもん!」

 「……」


 

 ノエルは子供にあるまじき、気を使ったような変な含み笑いを浮かべた。ああ、わかったよ。皆まで言うな。

 お節介な幼馴染だけではなく、こんなちんちくりんな女の子にまで憐れまれたら、流石の僕ももう立ち直れない。



 ノエルは本当に珍しいのか、食い入るように僕を見つめ、僕は恥ずかしくて目を逸らした。ローリエかローズマリーか、ハーブのいい香りがする。

 僕には幼女趣味はなかったが、彼女のその端正な顔立ちはそれでも尚魅力的だった。どうやらエルフが皆美男美女というのは本当らしい。



 フンババというのは聞いたことがある。確かペルシャかどこかの神話に出てくる、ライオンの顔と胴体に牛の角が生えていて、体は棘みたいな鱗に覆われ、足はハゲタカ、尻尾と大事なところが蛇という滅茶苦茶な化物だ。

 それにしても、何でもかんでも一緒くたにすればいいってもんじゃない。「俺が考えた最強モンスター」じゃないんだから。キマイラかなんかの方が余程シンプルで良心的だ。



 「そう言えば、俺の他に誰か来なかった? 俺みたいな髪の色した女の子とか!?」

 「ううん……見てないよ。誰か一緒だったの?」

 「それがわからないんだ……無事だといいけど。……帰らなきゃ」



 ギシギシと軋むベッドから立ち上がろうとした時、顔が蒼白となり、目が虚ろになっていく彼女の異変に気付いた。



 「ちょ、ノ……ノエル?」



 僕を掴みかけたノエルは、もたれかかるように意識を失ってしまう。状況は理解できなかったが、とりあえず彼女が床に倒れないように必死に抱きかかえた。



 「だ……誰かいないんですか!?」



 動揺した僕は、大きな声で助けを求める。それを聞きつけたのか、ノエルの来た方から大人らしきエルフが入ってくる。あまり慌てている様子はない。



 「君を治療するのにマナを使い過ぎたんだ。少し休ませれば大丈夫さ」



 落ち着いた面持ちで入って来たエルフは、やはりノエルと同じように青い瞳と綺麗な長い金髪をした大体20歳くらいの美しい男性だった。

 しかしノエルの言ってることも、この大人のエルフが言っていることも今一腑に落ちない。僕はこの通りピンピンしている。ノエルが消耗している意味も、“マナ”という言葉も理解できなかった。



 「治療……マナ……? どういうことですか?」

 「君はノエルが見つけた時、もう既に死にかけていたんだよ。妹は優秀でね。ノエルが治癒魔法を使えたことに感謝するんだね」

 「魔法……ですか」



 ありえないくらいお節介な幼馴染に、学年中から恐れられる凶悪な女子生徒、火を吐く怪獣に耳の尖ったエルフ、昨日からロクでもないことが起こり過ぎている。もう魔法くらいで驚いてやるもんか。

 ここでは僕らが、いわゆるファンタジーと呼んでいるものは、たいてい揃っているようだ。次に出てくるのは勇者か魔法使いか、はたまた一足飛びに魔王でも出すつもりなのか。



 まあ話によると、ノエルは瀕死の僕に治癒魔法をかけ続けてくれていたようだ。僕は一旦彼女をベッドに寝かせると、大人のエルフに向き合う。



 「すみません。えーと……」

 「イアン・スライザウェイだ。ノエルの兄だ。君は人間なんだろ?」

 「え、あ……はい。吾妻です」



 イアンと名乗ったノエルの兄は、ベッドの脇に置いてあった肘掛椅子に座った。僕の存在が何であるのかがわかるようだ。

 ここにも僕と同じような人間がいるという事実に、少なからず安堵する。



 「君ももう動けはするだろうが、安易に村の外へは出ない方がいい。フンババの餌食になるだけだ」

 「ここは一体どこなんですか? 日本ではないんですか?」

 「ここは世界の神域、アルムの森さ。“ニホン”の意味はわからない。君はそこから来たのかい?」

 「聞いたことないですか? トーキョー、フジヤマ、アキハバラとか? それにアルムの森? どこの国ですか?」

 「残念だが君の言うところに心当たりはない。人間は自分たちの住む土地を“国”と呼ぶと聞いたことはあるが、我々にはその概念は理解しかねる。アルムの森はアルムの森だ」



 どうやら、日本の知名度もまだまだのようだ。僕の知りたいことは、彼に聞いてもさっぱりだった。

 言葉は通じても、僕らとは見た目以上に異なることばかりらしい。世界にはまだ、まともに教育を受けられない恵まれない人たちが沢山いるってことだ。仕方なく僕は、質問の内容を変えた。



 「フンババ……でしたっけ? あんな危険な怪物……どうにかならないんですか?」

 「どうにかなればしているさ。我らの両親も奴との戦いで命を落とした」

 「……」



 言葉が出てこなかった。イアンが言うには、平和であったアルムの森に、ある日急にフンババが現れ、森に入るエルフを襲い始めたらしい。

 その不気味で禍々しい冷酷無比な怪物には、エルフの使う武器や攻撃魔法などではほとんど歯が立たなかった。

 最初は森の奥深くにしか現れなかったフンババも、日が経つにつれて活動領域を拡大させ、今ではエルフの生活域にまでそれは及んでいた。

 つまりは、フンババが縄張りにしている森に入らなければ、主に森の木の実を採取したり、野生動物の狩猟などを行って生活しているエルフたちは生きていけないのだ。



 「そんなの、森の外に助けは呼べないんですか? 国連とか、NATOとか、軍隊はいないんですか?」

 「自分たちの住むところは自分たちの手で守るものだろ? 一体どこの誰が我々の為に血を流すんだ? 君の住む……ニホンだったか? 誰かがご親切に助けてくれるのかい?」



 外敵に襲われても他国が助けてくれるなんて、今の日本の仕組みの方が、彼らにとってみればよっぽどファンタジーなのかもね。戦争アレルギーの護憲派リベラルの人か何かが聞いたら、泡吹いちゃうぜ。

 彼のド正論な返答に、僕は自分が異常なことを口走っているような気持ちにさえなった。食物連鎖、弱肉強食、答えは至ってシンプルなんだ。



 「それじゃあ……皆、黙って奴に殺されるのをただ待ってるんですか……?」

 「我らにも種族の誇りがある。例え戦っても戦わなくても滅びるのなら、誇り高く戦って滅びることを選ぶさ」



 淡々と答えるイアン。僕にはそれ以上何も言えるはずがない。彼らにとってこの土地は、命を賭してでも守らねばならない、そんなところなのだ。

 感傷に浸る僕の耳に、窓の外から大きな叫び声が聴こえる。



 「フンババだー!! フンババが出たぞー!!」



 僕とイアンの顔に戦慄が走る。彼方からはあの大きな地響きが聴こえてきて、森の鳥たちが一斉に空へ羽ばたいていく。村のエルフたちも外で騒然としていた。



 「ついにこんなところまでやってきたか!」

 「ど、どうするんです!?」

 「戦うしかないだろ! 君はここでノエルを見ててくれ!」



 声を荒げるイアンは、短剣と弓矢を持って外へ飛び出していく。昨日森の中であった出来事がフラッシュバックし、僕は自分の掌を見て、体の震えが止まらないのに気付く。



 「……何? 一体どうしたの?」

 「ノエル?」



 外の騒ぎを聞いて、寝ていたノエルが目を覚ました。彼女は目を擦りながら、不安な様子で僕に説明を求める。



 「フンババが出たんだって……」

 「兄さんは!?」

 「戦うって出ていったよ……」



 僕のその言葉を聞くと、ノエルは血相を変え、ベッドから下りて外へと走ろうとする。



 「危ないから外に出ちゃ駄目だ! イアンがここにいろって言ってた!」

 「離して! 吾妻には関係ないでしょ! この前だって兄さん酷い怪我したんだから! 兄さんが死んじゃったら、私は一人になっちゃうの!」



 僕は咄嗟にノエルの腕を掴むが、涙を浮かべ、僕を睨みつける彼女の必死の形相を見て、その手を離さざるを得なかった。僕は子供のあんな差し迫った表情を見たことがなかった。

 取り乱して走り去っていくノエル。僕は駄目だと思いながらも、しばらく立ち尽くしていた。相変わらず体の震えも止まらない。徐々に迫ってくる大きな地響きと人々の叫び声に、僕は頭を抱えて座り込んだ。



 「いやいや、やっぱり駄目だろ、あんな小さい子を行かせたら……」



 これじゃ、僕は見殺しにしたも同然だった。ノエルが泣こうが叫ぼうが、イアンと約束した通り、何としても彼女を引き止めておかなければならなかったのだ。

 


 「ああ、もう、昨日から何でこんなロクでもないことばっかり起こるんだよ!」



 体のことはノエルの治療のおかげで気にしなくて済みそうだ。僕はノエルを追って外へと飛び出していく。

 外に出た僕の目に映ったのは、木と土でできたエルフの家々とその先にある広大な森林、遠くには氷河に削られた高く鋭い山々がそびえていた。



 「あ……あいつだ!」



 まだ結構離れてはいるが、エルフの家の屋根の向こうに昨日遭遇したフンババの顔が見えた。僕は恐怖心に苛まれながらも、巨大なフンババ目がけて走って行く。

 フンババに近づくに連れて、イアンや他のエルフたちが交戦しているのが目に入ってくる。

 しかしフンババの前に、エルフたちの放つ矢はその頑丈な鱗に跳ね返され、彼らお得意の魔法とやらも表面を焼くだけだ。素人目にも無謀な戦いだった。

 フンババの巨大な腕に吹っ飛ばされる者、口から出される炎から逃げ惑う者、エルフたちには、為す術などなかった。

 こんなんじゃ、万が一にも勝ち目なんてあったもんじゃない。一方的な蹂躙を前に、僕は目を覆いたい気持ちを抑えながら、ノエルの姿を必死に探した。



 「ノエル―!」



 調度その時であった。フンババを相手に奮戦していたイアンが、フンババの腕に飛ばされて巨木に打ち付けられてしまう。

 気を失ったイアンの元へ、ノエルが大声を上げながら駆け寄って行くのを目にした。



 「兄さーん!!」

 「待て! ノエル、そっちに行っちゃ駄目だ!!」



 フンババがノエルの声に反応したのか、倒れたイアンを介抱しようとするノエルの元へ歩き出す。

 森中に悪夢のような咆哮がこだまする。僕が行ったからといって何ができるわけでもない。でもここで何もしなかったら、本当にただ痛いだけの惨めな茨の少年のままで終わってしまう。

 目の前の大きな恐怖に怯えながら、それでも僕は地面に落ちていた石ころを掴んだ。



 「こっちへ来い! 怪物野郎!」



 僕が思い切り投げた石は、見事にフンババの頭部へ命中する。ノエルたちへ向かっていたフンババは、方向転換して僕の方へ向かってきた。

 あーあ、やっちゃったよ。無謀な正義感に駆られ、これで僕の命も万事休すってやつだ。

 とりあえず、できる限りの力で走り、ノエルたちからフンババを引き離そうとするが、病み上がりである僕にこれ以上立ち回る体力なんて残っちゃいない。

 途中で躓いた僕は、思い切り地面に転倒してしまう。かっこつけたいのに、最後までそうできないのが、僕の悲しい性なんだよね。

 振り返れば、フンババはすぐそこまで来ていた。まさに蛇に睨まれた蛙である。さーて、どうしたものか。



 「吾妻! 何やってるの!? 走って!!」



 ノエルも僕に気付いて大声で逃げるよう促すが、僕はもう腰を抜かして立ち上がれない。せめて今回は、小便ちびらないようにしないとな。

 フンババは大きな口を開き、まるで火山の噴火口を見ているような、その奥には真っ赤な炎がめらめらと燃え上がっていた。

 訳の分からぬまま、寿命が一日伸びただけだったんだと思った。人間にとってとても尊厳のある死に方とは言い難いが、僕にしては、まあ良くやった方だ。

 迫りくる炎の熱気が肌をひりひりと熱くした。昨日の死に方よりは幾分ましかと思った僕は、何か悟ったようにゆっくりと瞳を閉じる。



 腕で顔を覆った僕は、次第に熱気が和らいでいくのを感じた。一瞬で火炎に焼かれて痛覚すらもなくなってしまったのかな?

 そんな僕の朦朧とした意識は、聞き覚えのある少女の声によって無理矢理現実に引き戻された。



 「せっかく連れて来たのに、何勝手に死のうとしてくれているの?」

 「……え?」

 「どこの迷子センターに行っても見つからないと思ったら、こんなところで死にかけてるんだから、世話が焼ける勇者様ね……」



 恐る恐る目を開けると、目の前には制服に黒いパーカーを羽織った見覚えのある少女の後ろ姿があった。不思議なことにフンババの炎は、彼女を避けるように辺りに拡散している。



 「どうしたのかしら、怪獣さん? そんな線香花火みたいな炎じゃ“ワンダー・ウォール”は焼けないわよ?」

 「お前は……霧島……摩利香?」



 少女は深々と被ったフードを取り、その華奢な体をしなやかにこちらへ振返らせた。黒くて綺麗な短髪が波打つように翻って、猫科の動物のように鋭くて美しい彼女の冷たい瞳は、昨日見た時みたいに禍々しく紫色に染まっていた。



 「あなたとは面識なかったと思うけど、いきなり呼び捨てとか礼儀を知らないわね……那木 吾妻君?」



 僕の態度に不満げな霧島。あのフンババを前にして、クールで余裕な彼女に僕は息を呑んだ。再び襲い来る巨大なフンババを、まるで狩られる小動物かのように見つめ、彼女はせせら笑うように言い放った。



 「くたばれ! フ〇ッキン・キメラ野郎!」 

一度投稿したものの書き直しは、あまりいいものじゃないかもしれないですが、結構楽しいです。

近いうちに第三話もリメイクします。

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