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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第二章 世界を売った少女
17/61

第十六話 霧島 摩利香とロックンロール1

第十六話です。

お気づきの方も多いかもしれないですが、異世界ファンタジーと謳っておいて、ロックと関連の深い(?)作品です。

と言っても、ガチのバンドものの作品ではないので、特にロックに興味のない方も軽いノリでお読み下さい。

 茹だる様な暑さの到来と共に、高校生にとって夏休み前の最大の試練、期末試験は終わりを迎えた。

 高校一年の夏休み、それは希望に満ちた青春という時が彩る大いなる夏だ。男子も女子も一夏のアバンチュールに恋い焦がれ、目の前に広がる大海原のような日々に胸を躍らせるんだ。

 でも無条件にそんな希望に満ち溢れていられるのは、妄想癖のある痛い連中を除いて、容姿や学力、運動能力、コミュ力なんかそういったものに恵まれた一部の奴らに過ぎない。

 つい最近胸を躍らせながら高校生活をスタートさせたある一定数の高校生たちは、期末試験の結果いかんによっては、言わば悲惨なその試験の点数通りの真っ赤な血の夏休みを過ごす羽目になる。

 またある高校生たちは、不純異性交遊なんてどこ吹く風、夏休みの予定がオールホワイトなんていう極めてエコロジカルな素晴らしい夏を過ごせるってわけだ。

 


 まあ、僕のことはと言えば、ギリギリのところで何とか前者は回避できたとして、後者になるようなことは神に約束されてるなんて言っても過言じゃなかった。

 言ってしまえば、夏なんてものはただ無駄に暑いだけで、退屈でろくでもない季節だってこと。

 これから話すことは、その退屈でろくでもないものになるはずだった僕の掛け替えのない夏休みを、ぶち壊してくれた人たちとのお話だ。



 期末試験の終わった次の日、僕はたまたま帰りの廊下で霧島に会った。

 とりあえず霧島に会ったとき、僕は一緒に帰るように誘う。それが当り前になっているのだから、誘わないのは逆に変なのだ。

 別に霧島も嫌がったりはしなかった。彼女にとっても暗黙のルールとして認識してもらえていたようだ。

 彼女と共に昇降口へと歩いていた時、僕はふとあることを思い出した。



 「あー、そうだ、俺授業で使ったプロジェクター片す当番だった! どうしよう、霧島待ってる?」

 「……いいわ、一緒に行ってあげる」



 僕は霧島と一緒に自分の教室へと入った。皆僕らのことを凄い目で見るもんだから、誰とも目を合わせないように急いでプロジェクターを持って教室を出た。

 プロジェクターを持った僕と霧島は、人気の少ない第二校舎へと向かう。

 ほどなく備品の置いてある教室に着いた僕は、プロジェクターを置き、廊下に立っていた霧島に声を掛けた。



 「悪い、霧島。終わったから帰ろう」

 「……」



 返事のない霧島を探し求めるように僕は部屋を出た。霧島は隣の教室の中を覗き込むように、無言で立っていた。

 僕は首を傾げながら、再度霧島を呼び止める。



 「どうしたんだよ霧島、その教室に何か用があるのか?」

 「……別に」



 そう言いながらも、霧島はそのまま目を逸らさなかった。不思議に思った僕は、教室の表札を見上げた。



 「軽音楽室? 軽音楽って、お前の好きなロックとかのことだろ?」

 「ええ、何が軽くて何が重いのか、軽いのがいいことなのか重いのがいいことなのかわからないけど、ヘビーメタルを軽音と呼ぶのも変な気がするけど、一般的にそう呼ばれているわ」

 「もしかして、入ってみたいとか?」

 「……別に」



 そんなこと言っときながら、やっぱり中の様子が気になるようだ。何だか霧島が小さな子みたいで可愛く思えてきた。

 僕が立ち尽くす霧島を微笑まし気に眺めていると、軽音部員らしき男子生徒が声を掛けてきた。



 「君たち一年生? もしかして入部希望者?」



 髪はもじゃもじゃで黒縁眼鏡をかけた冴えないが、優しそうな上級生らしき男子だった。

 僕は突然声を掛けられて、慌てながら返答した。



 「あ……いや、連れが興味あるみたいで!」

 「部員が少なくて困ってたんだ。もし良かったら、見学だけでもしていってよ」



 ニンマリしながら、彼は軽音楽室の鍵を開け、僕らを手招きした。

 どうしたらいいものなのかわからず、僕は無言のまま佇む霧島をちらっと見て聞いた。



 「どうする霧島? せっかくだから少し見ていく?」



 霧島は静かに肯くと、軽音楽室の中へと足を進ませた。

 なんだやっぱり見たかったのか。そう思いながら、僕は霧島の後へ付いて中へ入って行った。

 艶々と光沢を放つギターがお城の尖塔みたいに数本立てかけられ、家みたいに大きなギターアンプが乱雑に並んでいる。ドラムのセットがまるで山のようにそびえ、床を走る黒いシールドの大河に、シンセサイザーが橋を架けていた。

 僕には全く持って見慣れない空間だった。またどっかの異世界にでも迷い込んでしまったみたいだ。

 アウェー感を抱いた僕は、落ち着きなく辺りをキョロキョロとし、霧島は無表情のままこの電気と鋼鉄に彩られた異世界の大地を歩き回っていた。

 地に足のつかない僕らに、黒縁眼鏡の上級生はにこにこしながら、親し気に自己紹介を始める。



 「僕は2年の苗場 勇也。色々あって今は軽音部の部長なんだ」

 「あ、すみません。俺は那木 吾妻っていいます。そっちの女子は霧島 摩利香です」

 「そうか、那木君に霧島さんね。ところで、君たちは何か楽器ができたりするのかな?」

 「いいや、俺は特には……」



 僕が弾けるものと言ったら、小学校の時に授業でやった縦笛か鍵盤ハーモニカくらいだ。勿論彼はそんな答えなど求めていない。

 苦笑いをしながら、僕は霧島の方へと目をやった。彼女はある一本のギターの前で、見入るように立ち尽くしていた。



 「霧島さん、そのギターに興味あるのかい?」

 「これ、ギブソンES-335ね」

 「へー、良く知ってるね。OBが置いていってくれた部の備品なんだ。良かったら音出ししてみるかい?」



 そのレッドブラウンのレトロなデザインのギターを、苗場先輩はスタンドから持ち上げ、霧島の首へストラップを掛けてあげた。

 何だか彼女の華奢な体には不釣り合いな、大柄のギブソンES-335を首からぶら下げ、霧島は苗場先輩から受取ったシールドのプラグをギターへと差しこんだ。

 心なしか、霧島が嬉しそうに見えるのは、気のせいってわけじゃないだろう。

 


 「君みたいな女の子にES-335てのも、中々新鮮でいいもんだね。それじゃ、アンプにスイッチ入れるよ」



 ギターアンプの電源が入る音と共に、ブオーンというノイズが部屋に広がったが、そんなものはこれから始まる出来事の予兆に過ぎなかった。

 霧島はピックを持った右手を徐に振り下ろした。すると、近隣の教室から苦情がきそうなほどの甘美な爆音が、これ見よがしに鳴り響く。



 「……いい音」



 一言そう呟くと、先程鳴らした音の余韻も冷めやらぬまま、霧島は何かを平然と弾き始めた。

 まるで野獣が叫んでいるような轟音。言うなれば、メロディーという美しさを持った圧倒的な暴力が僕の体を震撼させた。

 きっとCDかなんかで聴けば、何てことはないのだろう。だが、意志を持った獰猛な獣のように襲い掛かるその生音に、僕は生唾を呑んだ。

 それでいて、霧島はと言うと何だか小慣れた様子で、普段表情に乏しい彼女からは、熱いパッションみたいなものが溢れ出ている気がした。



 「凄いじゃないか、霧島さん! キンクスのユー・リアリー・ゴット・ミーだね!」



 霧島が曲を弾き終えると、苗場先輩は高らかに手を叩き、彼女の演奏を称賛した。霧島は少し嬉しそうに微笑して肯いた。

 僕はというと、その状況を呑み込めずに呆気に取られたままだった。



 「あの……えーと、霧島ってギター弾けたの?」

 「ええ、ヴァイオリンを弾いてるように見えたかしら?」

 「お前な……でも、すげー上手いじゃん! 驚いたよ!」

 「……そんなことない」

 


 霧島は照れくさそうにはにかみ下を向いた。彼女が今まで見せたことのない新鮮な表情だった。

 苗場先輩は、いてもたってもいられない様子で、霧島に問い掛ける。



 「霧島さん、それだけ弾けるなら、是非軽音部に入ってよ! 調度ギタリストがいなくて困ってたんだ」

 「……」



 表情には出さなかったが、明らかに困った様子で、霧島は僕を見た。

 部活に入るってことは、霧島にとってもきっといいことに違いはない。僕は微笑みかけるように言った。



 「そんなに上手いなら、入ればいいじゃないか。俺はいいと思うよ」

 「そう……」



 霧島は僅かに顔をしかめた。何か間違ったことでも言ったのだろうか? 僕は首を傾げる。

 すると、何か気付いた様子の苗場先輩が、口を挟んだ。



 「わかった! 彼も一緒がいいんだね!」

 「……へ?」

 「那木君、頼むよ。僕と霧島さんを助けると思ってさ!」

 「いやいやいやいや、だから俺何も弾けないですから!」

 「誰だって最初は弾けないんだよ。楽器は部室にあるの使っていいし、君のペースで上達してもらえればいいからさ!」



 何てことだ。確かにコミュ力が皆無に近い霧島を一人で入部させるのは、少し酷かもしれない。だけど僕がロックをやるなんて、IT企業のサラリーマンに鳶職でもさせるくらいナンセンスで、完全な畑違いだ。

 その場を何とか切り抜けようとする僕だったが、ふと霧島の顔を見ると、物言わずも何だか寂しそうな目をしているんだ。

 全く、勘弁して欲しいものだ。あの霧島 摩利香にこんな目をされたら、どんな冷血漢でも断れるわけないじゃないか。



 「わ……わかりました。あまり自信はないですが……」

 「ありがとう! これでまともにバンドを組めるようになるよ!」



 苗場先輩は、まるで干ばつに苦しむ農村に恵みの雨でも降ったように、跳び上がって喜んだ。

 


 「そうだ、霧島さん。うちの部には他にも先輩たちのお古が一杯あってさ、レスポールとかリッケンバッカーの300とかもあるけど、良かったら弾いてみるかい?」



 天にも昇りそうな苗場先輩の問い掛けに、霧島は勿論といった感じで、数回肯いて見せた。

 それがギターの名前なのか、はたまた拳銃や車の名前なのか、僕にはさっぱりわからなかった。でも霧島が生き生きしてるみたいで、微笑ましくそのやり取りを見ていた。

 僕も会話に加わろうと、何となく思いついた疑問を苗場先輩に投げかけてみた。



 「ここの部活って、機材も充実してそうですし、何でそんなに部員が少ないんです?」

 「ああ……それはね……」



 あれだけ嬉々としていた苗場先輩の表情に陰りが見える。どうやらあまり聞いちゃいけないことだったらしい。

 その時だった。入口の引き戸が勢いよく開いて、僕らは誰か来たのだとそちらに振向いた。



 「なーに、その子たち? 一年?」



 昔の海外ドラマに出てくる女優みたいな、少しきつめの化粧をした女子が入って来るなり、不機嫌そうに苗場先輩へ問い掛けた。



 「ああ、瑞希。今うちの部に入ってくれた、一年生の霧島さんに那木君だよ。君たちにも紹介するね。僕と同じ二年で、ドラムをやってる高妻 瑞希。ちなみに僕はベーシストね」

 「あ・・えーと、那木 吾妻です。宜しくお願いします」

 「……」



 この前髪パッツンでショートボブの威圧感がハンパない先輩に、僕は畏まって挨拶をする。彼女は不遜な感じで歩み寄って来て、前かがみになり僕と霧島を見た。



 「何だか愛想のない子と、冴えない男子ね」



 いきなりご挨拶じゃないか。霧島はともかく、冴えない点で言ったら、ここの部長もどっこいどっこいだぞ。

 苗場先輩が僕らをフォローするように言う。



 「まあまあ、せっかく入ってくれたんだから、邪険にするなよ。那木君は素人だけど、霧島さんは結構弾けるんだぞ」

 「ふーん。で、あいつらのことはもう話したの?」

 「あ……いや……まだなんだ」



 高妻先輩の問い掛けに、苗場先輩は何やら気まずそうな様子で、もじもじした。そんな彼を、高妻先輩は畳みかける。



 「全く、部長のあんたがしっかりしないから、あいつらが調子乗るんだからね! たまにはビシッと言ってやんなよ!」

 「えーと、うん。頑張るよ……」


 

 このツンツンした女の先輩が、一体何のことを咎めているのかわからないが、苗場先輩の様子だとまるっきしダメそうだ。

 プリプリと不満げな高妻先輩を背に、頼りない部長は、僕らを見て苦笑いをする。



 「あ、そう言えば瑞希、あそこにあったレスポールとかリッケンバッカーどこにやったか知らない?」

 「はー? ドラムの私が知るわけないじゃない」

 「おかしいな……霧島さんに弾かせてあげたいんだけど……」



 苗場先輩が困った様子でキョロキョロしていると、部屋の外からガヤガヤと耳障りな男子生徒の話声が聞こえてきた。

 高妻先輩が溜息を吐いた。その馬鹿騒ぎをしているような話声は、どんどんと部室の方へ近づいてくる。



 「あんたたち、すぐに辞めないでね……」



 高妻先輩がそう呟くと、僕は不思議そうに入口を見る。例の如く凄い勢いで引き戸を開け、三人組の見るからにろくでもない奴らが入って来た。

 


 「お……なんだそいつらは? まさか新入部員でも入ったのかよ?」



 先頭に立っていたロン毛でワイシャツ丸出しの粗暴そうな奴が、気の触る薄ら笑いをして言った。後ろの子分みたいな二人も、ニタニタと下品な笑いを浮かべている。

 さっきまでの先輩たちのやり取りが、どういう意味であったか判明した。もし世界に僕と彼らだけになってしまったとしても、間違いなくお付き合いはご遠慮願いたい手合いだ。



 「あ……赤城君、えーと、一年生の那木君と霧島さんだよ。今入部してくれたんだ」

 「はーん」

 「僕らと同じ二年の赤城君。後ろの二人は一年の白木君に高見君。三人は同じ中学の先輩後輩なんだ」



 世界は自分を中心に回っているのだと本気で思ってそうなこの素晴らしい先輩に、僕は怪訝そうな顔で会釈をする。

 相変わらずへらへらしている赤城たちに、高妻先輩が声を大にして言った。



 「全く、あんたのせいで、せっかく入ってくれた新入部員が皆辞めちゃったんじゃない! 真面目に練習しないなら帰りなさいよ!」

 「たくよー高妻、人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。俺は上級生と下級生のあり方を教えてやっただけだよ。なあ?」



 赤城は後ろの一年生の子分二人に同意を求め、白木と高見は同じようにへらへらと肯く。

 高妻先輩は呆れた様子で、また溜息を吐いてドラムセットに座込んだ。気まずそうに微笑する苗場先輩が赤城に問い掛ける。



 「あのさ、赤城君?」

 「んだよ?」

 「あそこに置いてあったレスポールとリッケンバッカ―知らないかな?」

 「ああ、あの薄汚いギターなら売っちまったぞ」

 「ええ? でもあれは、先輩のギターだよ?」

 「うっせーな、んなもんあったって、誰も弾けねーんだから、俺が部の為に有効に使ってやったんだよ! 文句あんのかよ、おら!」

 「そ……そんな無茶苦茶な……」



 どうやらこの赤城という上級生は、僕の期待を裏切らない見た目以上に尊敬すべき先輩みたいだ。つまり霧島風に言ったら、稀に見るフ〇ッキンカス野郎ってこと。

 不意に高妻先輩がドラムのシンバルを、スティックで叩きつけた。皆が発砲騒ぎでもあったみたいに、彼女に注目する。



 「部の備品を売るなんて、信じらんない! どうせそのお金も自分のポケットに入れて、ろくでもないことに使ったんでしょ!?」

 「ハハハ……侵害だな~。俺らがそんなワリ―ことするわけねーだろ?」



 怒りを露わにする高妻先輩を、こいつらは例のごとくニタニタと馬鹿にしたようにせせら笑った。

 だけど、まだこいつらは気付いちゃいなかった。愚かにもこの学校の中で一番怒らせちゃいけない奴の逆鱗に触れてしまったことを。

 一番後ろにいた霧島が、ギターをぶら下げたまま僕らの前へ出て、赤城と向かい合った。



 「なんだ? 一年の女子が俺に文句でもあるのかよ?」

 「よくも勝手に売ってくれたわね。私が弾くはずだったギター……」

 「知るかよ! だから何だよ、おらぁ!」

 「絶対に許さない……」



 僕の背筋に悪寒が走った。霧島の冷たい怒りの言葉と共に、辺りに置かれたギターアンプやドラムセット、部屋全体が怯えるように揺れ始める。

 


 「じ……地震だ!」


 

 突然の大きな地震に皆右往左往だった。だが僕はそれが単なる地震なんかじゃないことに気付いていた。いけない、これはヤバいやつだ。

 僕はこの状況を急いで止めようと、我を忘れて意識を研ぎ澄ます。気が付いた時には、僕はこの尊敬すべきフ〇ッキンカス野郎な赤城先輩とキスでもしそうな距離で顔をつき合わせていた。



 「う……うわぁ!? なんだてめー! いつの間に俺の前に!?」



 いいリアクションだ。赤城はドッキリにでもあったみたいに驚いてたじろぐ。

 無意識のうちに僕はうっかりスロウダイヴしていた。してしまったものは仕方がない。今のこの状況をとりあえず何とかしなくてはダメだ。僕は咄嗟に叫んだ。



 「せ、先輩、逃げて下さい!」

 「……え?」

 「後ろの君たちも一年なら、知ってるだろ!? 霧島 摩利香に手を出したら、どうなるか!」



 僕が凄い剣幕で叫ぶと、呆気にとられる赤城を尻目に、二人の頭の軽そうな一年は、見る見る顔が青ざめていった。



 「そうだ、どっかで見たことあると思ったけど、こいつA組の霧島 摩利香だ!」

 「霧島 摩利香って、あの手を出そうとした男子が殺されかけたとか、他校の不良グループを従えてるとか、親がマフィアのボスだとかっていう噂の……」

 


 案の定、彼らは霧島に関する何の根拠もないインチキ臭い噂を知っていた。だがこの場は好都合だった。

 僕は彼らの恐怖を掻き立てるよう、更に声を荒げた。



 「先輩もそんな歳で死にたくはないでしょう!? ここは僕が何とかしますから、早く逃げて下さい! さあ、早く!!」

 「赤城さん、ヤバいッスよ! こいつの言う通り、今は逃げた方が!」

 「そいつだけには手を出しちゃだめです! ほんとに殺されますって!」

 「え……あ……そう……なの?」



 赤城は二人の子分の顔を交互に見回し、蒼白な顔で脂汗をだらだら流していた。



 「あ……そうだ! きょ……今日は大事な用事があったんだった! は……早く帰らなきゃな!」



 そんなことを呟くと、赤城は二人の子分を連れて逃げるように軽音部の部室を後にした。途中「バタン!」という音が何回か響いてきて、焦って転んでいるのが手に取るようにわかった。

 僕は何とか未曾有の大惨事を防ぐことができたと思い、安堵の表情を浮かべて霧島を見た。

 凶悪なならず者どもを見事追っ払った勇者に感謝するように……何て霧島が見てくれるはずもなく、彼女の凍てつくような冷たい怒りの矛先は、僕にスルーパスされていた。



 「那木君、ずいぶんと迫真の演技だったわね。あなたが私をどう何とかしてくれるのかしら?」

 「あははは……そんなこと言ったかな……」



 霧島の瞳は前に見た時みたいに、禍々しく紫色に染まっていた。最早僕は苦笑いで誤魔化すしか手段はなかった。

 長い長い数秒間の後、霧島の瞳はいつもの透き通った黒色に戻り、少し落ち着いてくれたようだった。



 「まあいいわ、何だか取り乱していたみたい……」



 僕はこの時決意した。どんなことがあっても、ロック関係のことで霧島を怒らせまいと。

 良かった良かったと、僕が間抜け面して安心している前で、二人の先輩はわけもわからずに放心しきっていた。

 僕はでき得る限りのあらゆる詭弁、方便を総動員して、彼らの誤解を晴らすことに尽力する羽目になり、何とかそれに成功する。

 ほんとの話、あんな与太話とも言えない霧島のインチキ臭い噂なんて、信じてる方がおかしいってだけなんだけど。



 こんな感じで、僕は自分には縁もゆかりも無かった軽音部なんかに入って、霧島とロックをすることになったわけだ。

 ついでに言っておくと、売られてしまったギターは、あの三人の善良な少年たちの手によって買い戻され、次の日何もなかったかのように部室に置かれてたって話。

お読み頂きありがとうございました。

次回もまた同じくらいの時間に。

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