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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第二章 世界を売った少女
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第十三話 天城 毘奈と霧島 摩利香2

第十三話です。宜しくお願いします。

 昼休みの屋上には、太陽が空高く登り、ゆっくりと流れる羊のような雲の群の隙間から、光ったり翳ったりを繰り返していた。数組のグループが端の方に座って怠そうに食事を取っている。

 僕は階段室の扉を潜り、調度雲の隙間から抜け出た鋭い日差しを受け、顔に手を翳した。風は穏やかで、雲は少し多めではあったが、このくらいの方が暑くなくて良かった。

 どうやら僕が一番乗りらしい。辺りには知らない連中がちらほらいるだけだ。



 「何やってんの、あーずま!」

 「うわあ!」

 「あはは……驚き過ぎだよ」



 不意に無防備な僕の背中を、毘奈が小突いて驚かしてきた。僕は上ずった恥ずかしい声を上げ、彼女はお腹を抱えた。

 毘奈はこういう無邪気な悪戯が大好きだった。そして一番の被害者は勿論僕で、既に殿堂入りもいいところなのだ。

 今さら文句を言っても仕方がないので、僕は溜息を吐き、少し不機嫌そうに言った。



 「霧島まだみたいだな。どこらへんで食べる?」

 「うーんと、そうだね……」



 毘奈は唇に人差し指を当て、辺りを見回した。良さそうなところには、既に他の連中が陣取っていたのだ。

 どうしようかと腕組をする僕らの後ろから、徐に冷たく、透き通った声が聞こえた。



 「……この上がいいと思う」

 「き、霧島、来てたのか!?」

 「この上って、出入口の上のこと?」

 「そうよ」



 僕と毘奈が振返ると、黒いメッセンジャーバッグを下げ、ビニール袋を持った霧島が立っていた。彼女は階段室の上を指さし、僕と毘奈は不思議そうにそれを見上げた。

 そうだ。最初に霧島を見た時、彼女が立っていた場所だ。ハシエンダから帰って来た時もそうだった。気が付けば、彼女はいつもそこにいた。

 若干怪訝そうな僕らを、霧島は冷然と導く。



 「あの梯子から登れるの。とてもいい景色なのよ……」

 「ああ……そうかもね」

 「いいじゃない、登ってみようよ!」



 僕らは霧島の後へ付いて、備え付けの梯子へと向かった。こなれた様子で梯子に手を掛けようとする霧島を、毘奈が慌てて止めた。



 「だ、ダメだよ霧島さん! スカートの中見えちゃうよ!」

 「そうね、気付かなかったわ……」

 「吾妻も、私が言わなきゃ止めなかったでしょ! もう、吾妻から登ってよね!」



 霧島は何食わぬ顔をしていたが、毘奈はまるで僕が確信犯でもあるかのように訝し気な顔で、僕を見た。

 誤解だ。少なくとも、毘奈と霧島の前で、そんなリスキーなことできるわけがない。万が一そんな事態が起こってしまったとしても、それは事故以外のなにものでもない……はずだ。

 僕は、「何を失礼な」と言わんばかりの顔で梯子に手を掛け、登り始める。後ろでは、毘奈が霧島の不注意をたしなめていた。



 「男子の視線注意だよ! 吾妻はあんなんだけど、実はちゃんと見てるんだから!」

 「人をむっつりスケベみたいに言わないでもらえるかな……」

 「大丈夫よ。那木君は幼女にしか興味がないから、私のスカートの中身なんてなんとも思ってないわ」

 「う……嘘!? 吾妻って実はロリコンだったの?」

 「ごめん、霧島。頼むから、これ以上話をややこしくさせないでくれ……」



 霧島の突拍子もない発言に、僕は梯子を登りながらではあるが、切実と祈るように言った。

 勿論、これは霧島が稀に言う冗談だったのだが、まさか霧島がそんな冗談を言うなんて、毘奈にしてみれば夢にも思っていなかったことだろう。

 言われない中傷を受けつつ、僕は屋上の更に上、階段室の上へと登り、後に続いて毘奈と霧島も登って来た。

 眼下には、お昼でほとんど人がいない校庭。その先には良く見知ったいつもより小さい街並みが広がり、ミニチュア模型のような電車が駅へ向かって横切って行く。青々とした田んぼの水に日の光が反射し、その向こうには遠くの山々が薄っすらと蜃気楼のように浮かんでいた。

 僕らの肌を優しく撫でるような心地よい風が吹いていた。屋上からほんの数メートルしか高さは変わらなかったが、遮るもののないその景色は、僕と毘奈を感動させるのに十分であった。

 


 「うわー! ホントにいい眺め!」

 「いい場所知ってるな、霧島は」



 僕らはその景色がよく見えるよう、霧島を挟み並んで腰を下してパンを食べ始めた。

 毘奈は口の周りに砂糖をつけながら、気取らず子供のように菓子パンを頬張り、対照的に霧島は、ウサギやリスみたいに小さな口で少しずつパクついていた。



 「あ、霧島さん、それって焼きそばパンだよね。好きなの?」

 「ええ、炭水化物に炭水化物を合わせるという、食べ合わせの法則を無視したロックな食べ物よ」

 「それって褒めてんのか?」

 「ロックは正義よ」



 僕らははっきり言って、毒にも薬にもならないどうでもいい会話をしていた。ただ、霧島がこういうどうでもいい会話をしてくれるということ自体に、この屋上での奇妙な食事会には価値があった。

 少なくとも毘奈に敵意はないらしい。霧島は善良な人間に対して、一方的に牙をむくことはなかった。

 まるで冷酷無比な肉食動物だと思っていた霧島が、無垢な小動物のように見えた毘奈は、興味深げに微笑しながら言う。



 「私、霧島さんのこと誤解してた」

 「あなたは私が怖くないの?」

 「最初は怖かったよ。噂もあったし。でも、吾妻ってこんな感じだけど、ちゃんと人を見る目はあるんだよ。吾妻が仲良くなる人が、悪い人なわけないもん」



 唐突に褒められたことで、僕は狼狽し、パンを喉に詰まらせた。むせながら慌てて水を飲む僕の背中を、毘奈が小さな子供にでもするようにやれやれとさすった。

 霧島は焼きそばパンを少量ずつ口に入れながら、僕らの様子を不思議そうに伺っていた。



 「あなたたち、初めて見た時は喧嘩しているようだったのに、今はすっかりって感じね」

 「そうだね。それは喧嘩もしたりするけど、私たちは姉弟みたいなもんだから。時間が経てば、自然と仲直りするんだよ」

 「差し詰め、あなたがしっかり者のお姉さんで、那木君が心配ばかりかける弟ってところかしら」

 「あははは――そうかもしれないね。吾妻って優しいんだけどひねくれてて、そのくせナイーブで感じやすかったりするの。気が付くと孤立してたりするから、ほっとけないんだよね」

 「……」



 霧島の言った僕らの印象に、毘奈は赤裸々に僕の実態を答えた。できたらそういうことは、僕のいないところで言って欲しいものなのだが。

 僕の毘奈に対する気持ちを知っていた霧島は、赤面してそっぽを向いていた僕に、少し憐れみを込めて言った。



 「那木君、少し同情してあげるわ……」



 毘奈は微笑しながら首を傾げていた。この時毘奈が何気なく口にした言葉は、彼女と僕の関係の限界を物語っていた。僕らはそれ以上にもそれ以下にもなり得ないのだ。

 錆びついてしまっていたかと思っていた僕の茨が、心を微かにチクチクと刺した。そんな僕の気持ちなどお構いなしに、相変わらず雲はゆっくりと流れ、日の光は僕らを気まぐれのように照らす。

 朝と夜、陽と陰の少女が交互に僕のすぐ横で浮き沈みし、僕らはただ学校の一番高い場所で、小さな三つの点としてこの街の風景に溶け込んでいた。

 


 ★



 この奇妙な食事会は、僕の予想に反して、しばらく続くことになった。

 今考えてみれば、毘奈は勝手に気を利かせて僕の面倒を見てるつもりで、霧島も霧島で僕が毘奈と一緒にいられるように気を使っていたのかもしれない。

 ただ僕にとってこの空間は心地の良いものだった。少なくとも見た目だけはかわいい女の子二人とお昼を一緒にできるなんてことは、大多数の恵まれない善良な男子からして見れば、万死に値する光景だろう。

 


 やがて本格的な夏の訪れと共に、その場所は校内一の灼熱地獄と化した。

 もう屋上で食べるのは無理な時期に差し掛かった6月の終わり、その日は曇っていて何とか屋上で食事ができた。毘奈は僕と霧島がこれからも一緒にお昼が食べられるよう、ある提案をした。



 「そうだ、二人とも部活に入りなよ! 運動部でも文化部でもさ!」

 「いきなりどうしたんだよ、毘奈?」

 「部活なら部室とかで一緒にお昼を食べられるし、お昼以外にも会えるし、いいんじゃない? 本当は陸上部に入ってくれたら嬉しいけどさ」

 「……ああ、それは遠慮しておく」



 色々気を回してくれるのは、毘奈の良いところでもあるのだが、それは相変わらずお節介の領域だった。



 「とにかく、せっかく一度しかない高校生活なんだから、二人も何か部活に入って青春を謳歌しなきゃ! “私を甲子園に連れてって”とか憧れちゃうよね!」 

 「あの……毘奈……」

 「うんうん、それがいいよ!」


 

 毘奈は僕の言うことなど全く聞いてなかった。本当に勘弁してもらいたいものだ。所詮僕が連れて行けるところなんて、近所の公園か図書館くらいだというのに。

 霧島はというと、我関せずと言った感じで、いつもと同じく小動物のようにパンをかじっていた。

 「高校生らしく」とか「青春を謳歌する」だとかいった毘奈のごもっともな能書きは、僕にとって、霧島にとってもかもしれないが、酷く俗悪なものに感じられた。

 毘奈は基本的に俗っぽいものが好きだった。クリスマスとかバレンタインとかそういうインチキ臭いイベントが大好きで、いつも友人とその楽しみを享受していた。

 とどのつまり毘奈は至ってノーマルで、健全な女子高生ということなのだが、それは同時に、いつか霧島が言っていた“お花畑”ってやつでもある。

 そう遠くない未来に再びあの世界に行って、わけのわからない使命を果たさなければならない僕らにとっては、普通の人間が「冒険者は冒険者らしく、ダンジョンにでも行ってモンスターと戦いなさい」と言われているようなものだ。毘奈の言っていることは、最早ファンタジーに感じられた。

 


 まあ、あの世界のことを抜きに考えれば、毘奈のそんな俗悪な理想も悪いもではないのかもしれない。霧島を普通に迎え入れてくれるような恐れを知らず、博愛に満ちた人道的な部活があればの話だが。

 


 「でね、夏休みの合宿とかで皆とどこかへ行ってね。そうだな、やっぱり海かな。そこで新しい恋がはじまったりするの。夜の浜辺とかで告白とかしちゃってさ! そういうのって青春だよね!」

 「いや……だからさ……」



 彼女は教会のシスターにでもなったように、恵まれない僕と霧島へ青春のありがたい教えを説いていた。暑さで毘奈の頭がおかしくなってしまったのかと思えてしまうくらい、それは僕のこれまでの人生の中でも指折りに、俗悪でろくでもない妄想だった。

 僕は毘奈の言っていることに口を挟むことができず、アホみたいに苦笑いをするしかなかったんだ。

 霧島は所々相槌を打っているように見えた。だが、彼女がこの吐き気を催すようなありがたいお説教を、真面目に聴いてる可能性なんて、彼女が食べこぼした焼きそばパンの紅ショウガほどもないに違いない。

 そんな霧島に対して、暴走気味の毘奈が同意を求めた。



 「霧島さんも、そう思わない?」

 「そうね、よくわからないけど、私は海より山の方が好きかしら」



 数秒の間をおいて、霧島は答えた。僕の思った通り、霧島は毘奈の話なんてまともに聞いちゃいなかった。明らかにピントが外れている。



 「うーん、確かに燃え盛るキャンプファイヤーの前でっていうのも、ロマンチックでいいかもしれないね!」

 「……」



 あれだけの熱弁を全く聞いてなかったと知ったら、さすがの毘奈も多少は気分を害するかと思ったが、いらぬ心配であった。彼女たちの会話は全くかみ合っていなかったが、毘奈は掛け違えたボタンに気付かなかった。

 そして、夏の唸るような暑さが本格的なものになってきた為、この日で三人の奇妙な食事会は一旦終わりにすることが決まった。

 女友達のいない霧島と毘奈がこのまま普通の友達になってくれれば。僕は心の中でそんな理想を描いていた。



 「そうそう、霧島さんのスマホ聞いてなかった! しばらく会えなくなるし教えてよ!」

 「そんなの持ってないわ。必要ないもの」

 「あ……そう……じゃあ、今度からマリリンって呼んでいい?」

 「……嫌」

 


 どうやら、霧島 摩利香の前に、僕の儚げな理想は夢でしかなかったようだ。



 ★


 

 僕らの屋上での食事会が終わって数日が経ち、季節は7月を迎えて、あっという間に期末試験の試験期間となっていた。

 僕は学校が終わると、いつも通り普通に教室を出た。試験期間で部活動が休みの為、いつもより下校していく生徒が多かった。

 人の多さに少しうんざりしながら、僕は校庭へと出る。この先も中々先へは進めないのだと思っていたら、幸運にも僕の行く先は皆が道を開けてくれていた。

 勿論それは僕などの為にではない。その先には、小さな黒い影がひっそりと校門へ向かう姿が浮かんでいた。この暑いのに黒のパーカーをを羽織って、メッセンジャーバッグをさげた華奢な少女など他にいるわけがない。霧島 摩利香だ。

 僕はせっかく皆が開いてくれた道をありがたく使わせてもらい、必然的に前を歩く霧島の後を追うことになった。そう言えば、彼女と会うのもしばらくぶりだ。



 「よお、霧島」



 霧島は無表情で振向いた。彼女の透き通った瞳が、無言で僕に「なんで声をかけたの?」と問いかけていた。

 別に前に知り合いが歩いてれば、そいつが嫌いな奴でもない限り、声を掛けるのは自然なことだ。



 「せっかくだから、駅まで一緒に帰ろうよ」

 「……ええ、別にいいわ」

  


 そう答えて、再び前を向くと、霧島は再び校門へ向けて歩き出した。相変わらず周囲の視線が痛くて、ひそひそ話が四方八方から聞こえてきた。

 一体どんなメンタルをしていれば、こんな環境の中で学校生活ができるものなのか。僕は霧島の華奢な背中を訝しく見つめていた。

 こんなモーゼみたいに開かれた海の底を仰々しく歩いてれば、誰だって彼女を恐れるだろうし、間違っても親し気に声を掛けてくる奴なんていないはずだ。



 「マーリリン!」



 そう、こんな風に……。

 突然後ろから抱き着かれた霧島は、尻尾を踏まれた猫のように身の毛をよだたせた。毘奈の悪い癖だった。



 「今日も吾妻と一緒に帰るの?」

 「その呼び方……嫌って言ったでしょ?」

 「だって霧島さんじゃ、親近感湧かないでしょ? 摩利香だからマリリン!」



 毘奈のぶっ飛んだ言動を前に、辺りは騒然とした。霧島は顔を少し強張らせ、硬直した体をぎこちなく振向かせて言った。



 「……人をどっかのヘビーロックミュージシャンみたいに言わないでもらえるかしら」

 「何それ? わかんないけど、友達なんだからいいじゃん!」

 「……友達?」



 霧島は首を傾げて固まる。毘奈の言ったそのたった漢字二文字の言葉が、まるでエニグマの暗号みたいに解読に苦しむようだった。

 どうやら僕の理想は夢ではなかったようだ。凍りつく霧島に毘奈は初夏の木漏れ日を浴びせるように微笑みかける。



 「じゃあ、私は先輩と帰るから、じゃあね!」



 毘奈はこないだの尾瀬とかいういけ好かない先輩と一緒だった。二人は申し合わせたかのように快活に手を振って、僕らの先を歩いて行った。僕も一応、申し訳程度に手を振って見せる。

 傍から見れば、吐き気がするほどお似合いのカップルだろう。何だか嫌なものを見てしまった僕は、溜息を吐いて再び校門へと向かって歩き出そうとする。



 「……ん? どうした霧島?」



 徐に後ろから僕の袖口を掴んだ霧島は、未だ驚き冷めやらぬ様子で、僕に何かを訴え掛けるような目をしていた。

 そうだった。禍つ神のように周囲から恐れられていた霧島に、ついに女友達ができたのだ。僕はそんな彼女に向かい、深い慈しみに満ちた微笑をした。

 それに応えるように、霧島も穏やかに微笑し、僕へ言葉を返したのだ。



 「……那木君、あなたのフ〇ッキン幼馴染、どうにかならないかしら?」



 理想というものはときに過激で革命的だ。人類はそれを理解するのに長い長い年月を要した。

 僕の袖口を掴むその意地らしい姿とは裏腹に、霧島のその透き通った瞳は、真冬の便座みたいに冷たかった。

お読み頂きありがとうございました。

日常回(?)も一旦ここまでで、次話から少し毛色が変わります。

また数日中に投稿します。

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