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失恋勇者~世界を売った少女と始める異世界往来記~  作者: szk
第二章 世界を売った少女
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第十二話 天城 毘奈と霧島 摩利香1

第十二話です。何だかただの学園ものっぽくなってますが、本作品は硬派な異世界ファンタジーです。

ということで、宜しくお願いします。

 信じ難い霧島の噂話を終えた毘奈は、僕の顔を心配そうに伺って、悲壮な表情を浮かべていた。

 勿論、霧島がどういう存在であるかをある程度知っている僕からしてみれば、それは少しも驚くべきことではなかった。

 ただ、毘奈を含めた一般人にしてみれば、それは得体の知れない恐怖以外の何ものでもない。人は得体の知れないものを最も恐れるものだ。

 僕はいかにも冷静な様子で、毘奈に問いかけてみる。



 「でもさ、それって霧島が何をしたってわけじゃないだろ? 元々悪いのだって、その女子たちなわけだし」

 「それだけじゃないの……。他にもよその学校の悪い人たちと繋がってるだとか、先生を脅迫してるだとか、親がマフィアのボスだとか、色々あるんだよ……」

 「……」



 僕は毘奈の言う全く信じるに値しない与太話に、言葉を失った。最初の話の件までは恐らく本当なのだろうが、後のものは話に尾もヒレも付きすぎて、嘘八百もいいところだ。

 霧島の得体の知れない恐怖は、皆が彼女のことを全く知らないが故に、あらゆる嘘、デマを盛り込んで、取り返しのつかないくらい胡散臭いものになってしまっていた。

 今さら僕なんかが弁解したところで、誰が信じるわけでもないだろうが、僕は毘奈に少し憤った様子で言った。



 「まさか毘奈も、そんな話が全部本当だなんて思っちゃいないだろ?」

 「うん……。全部は本当じゃないと思う」

 「あいつは……霧島は、どうしようもないくらい不器用なんだよ。あんまり喋らないくせして口も悪いし、ひねくれたとこもあるけど、それだけじゃないんだよ。人が困ってれば、手を差し伸べるし、悩んでれば、励ましたりなんかもする。受けた恩は忘れない以外に義理堅いところもあるんだ。それにロックが好きみたいで、音楽の話をすると別人みたいに――」

 「ごめん……吾妻、もうわかったよ!」



 柄にもなく、気がふれたみたいに霧島のことを熱弁していた僕を、毘奈は落ち着かせるように言った。

 霧島のことを悪く言われるのは、何だか許せなかった。いや、毘奈だから許せなかったのかもしれない。

 そして毘奈は、そんな僕の様子を見て、表情を和らげ、ホッとした様子で微笑した。



 「吾妻、最近なんか変わったよね……」

 「変わった? 俺が?」

 「急に大人びた感じ。霧島さんのせいなのかな?」



 亜人や化物が暮らし、魔法の飛び交う、生と死の狭間を目の前につきつけられる世界。たった数日のことであったが、あの世界での出来事は、僕の人生観を確実に変えてしまった。

 僕の心境の変化を、毘奈は僕の言動から感じ取っていた。ただ、変わったのは毘奈も同じだ。幼い頃とは違う。僕らはもう違う世界の住人なのだ。



 「そうだな。もし俺が変わったとするなら、霧島のせいかもね」

 「やっぱりそうだよね。霧島さんと歩いてる吾妻を見たら、何だか知らない人みたいに見えたの。でも凄く楽しそうに見えた」

 「そうかな?」

 「吾妻があんなに楽しそうなのって、久しぶりに見た気がする。でも、身近なものが変わっていっちゃうのって、仕方のないことだけど、少し寂しいよね……」



 毘奈はその円らな瞳を細め、儚げに微笑する。毘奈の気持ちが痛いほどよくわかった。そうだ。僕はそんな変わっていく毘奈を受け入れられずに塞ぎ込んでいたのだった。

 人はいつまでも同じ場所にいることはできない。それは今が楽しかろうが悲しかろうが、誰もが平等に変化という名の潮流に流されていく。毘奈はその先で尾瀬とかいう彼氏に出会い、僕は霧島に出会った。それは悲しいことでもあるかもしれないが、また希望でもあるのだ。

 微笑こそしていたものの、毘奈は遠い目をして哀愁を感じさせるように言った。



 「小さな頃は、何も考えてなかった。いつも吾妻が近くにいて、一緒に遊んだり、喧嘩したり、私たち姉弟みたいだったよね。今が楽しくないってわけじゃないんだけど、あの頃って凄く楽しかった気がするの」

 「ああ、そうだな。俺もそう思う」

 「私、時々考えるんだよ。今とあの頃と……どちらか選ばなきゃいけないとしたら、私はどっちを選ぶのかなって。吾妻はどう思う?」

 「さあね。そんなこと考えたこともないな。ただ、どんなに楽しくても、あの頃はあの頃でもう終わっちゃてるから、楽しいこともみんな知ってることじゃない? 今を選んでも、これから先の毘奈の人生はもっと楽しいことや幸せなことが沢山起こると思うけどな」



 僕は毘奈の郷愁的な問いかけに、希望を匂わせるような返答をした。彼女の将来など、どう考えてもろくでもない運命を背負った僕なんかより希望に満ち溢れているはずだ。

 毘奈は僕の回答に満足したらしく、あの世界で出会ったあのエルフの少女みたいに幼くて無邪気な笑顔を浮かべた。



 「私たち、一体どうなっていくんだろうね……」

 「“未来のことはわからない。でも終わりはいつでもすぐそこにある”……かな」

 「何それ、終わっちゃダメでしょ!」



 僕は霧島の言ったジム・モリソンの言葉を借り、かっこつけたつもりだった。だが、それがおかしかったらしく、毘奈は吹き出して再びお腹を抱えた。やっぱり人のふんどしで相撲は取れないものだと、僕は後悔した。

 


 「でも良かった。吾妻、高校生になってからあんまり元気なかったけど、今は元気そう。霧島さんのおかげだとしたら、幼馴染の私も感謝だね」



 涙を拭いながら笑顔で僕の顔を見る毘奈は、とても嬉しそうだった。お節介ではあるが、なんだかんだ彼女は僕のことを心配してくれているのだ。

 どんな世界に行っても、結局毘奈は毘奈だった。彼女のその屈託のない笑顔を見ながら、僕はもうこの愛すべき善良な幼馴染に心配は掛けまいと誓った。

 ようやく笑いが納まった様子の毘奈は、ハッと思い出したように言う。



 「そう言えば、伊吹ちゃんは元気? 今日はいないの?」

 「たぶんまだ帰ってきてないみたいだけど、あいつも毘奈に会いたがってたぞ」

 「そうか、残念。宜しく言っといて!」



 因みに、伊吹というのは三つ違いの僕の妹だ。こいつがまた素晴らしいことに、僕に似ず快活で、健全に部活動に励む毘奈を生き映したような女の子であった。

 いや、生き映したという表現は些か適切とは言えない。伊吹は美人で勉強もでき、スポーツ万能な毘奈を「毘奈姉、毘奈姉」と姉のように慕い、理想の女性として崇拝していた。

 そんな毘奈に対する敬意を、米粒程度くらいは僕へ対して向けてくれても良い気はするのだが、それは霧島が猫なで声で甘えてくることと同じくらい想像し難いことなのだ。つまり僕が言いたいのは、僕の妹というものは実にけしからん存在だということ。

 毘奈はスマホを見て、慌てた様子で立ち上がった。 



 「やば! そろそろ、夕飯だから帰るね!」



 そして毘奈は玄関で見送る僕に、その去り際、振返って微笑みながら言った。



 「おめでとう、吾妻のこと応援してるから!」

 「ん……? ああ、ありがとう、毘奈」



 僕は毘奈の言葉に違和感を覚えたが、気のせいだと思って流してしまった。

 この時、まだ僕は彼女のお家芸であるお節介を、助長させてしまっていたことに気付いていなかった。



 ★



 あくる日、母親は珍しく寝坊して僕の弁当を作ることができなかった。別にそれは良いのだが、その代わりとなる手段が問題だ。

 公立高校の購買なんてものは、特に昼休みになんて行くもんじゃない。そこは限られた食料に群がる野生むき出しの獣たちの世界だった。

 あまり気は進まなかったが、背に腹は代えられないので、僕はトボトボと廊下を購買へと向かった。馬鹿騒ぎしたうるさい連中が僕の横を通り過ぎていく。僕の足は余計に重くなった。

 やっとのことで、購買に着いた僕であったが、売り場には既にうんざりするほど人だかりができていて、気が滅入ってしまった。

 その光景に呆然と立ち尽くす僕の肩を誰かが叩いた。



 「吾妻、今日はお弁当ないの?」

 「ああ毘奈か。母親が寝坊したから、ここで買って食べなきゃいけないんだ。毘奈は?」

 「私は朝練があるから、いつも自分で作ってたんだけど、今日は寝過ごしちゃってさ。でも凄い混みよう。時間かかりそうだね……」



 やれやれといった様子の毘奈は、二人の女友達を連れていた。毘奈みたいに快活そうで、それなりにかわいらしい女子たちであったが、微妙な空気で挨拶するのも面倒だったので、僕はその存在にさも気付いていない様子で売り場の方を伺っていた。

 全く、この大量消費社会にあって、ここでは菓子パン一つ手に入れるのだって戦時下の配給みたいな有様だった。



 売り場に近づくことすらできない僕らだったが、その時、弱肉強食の獣たちに突如悪寒が走る。階段の方から購買へひっそりと近づいてくる黒い影にほとんどの生徒が釘付けとなり、道を開けた。

 その得体の知れない恐怖は、昼休みの購買に群がる獰猛な獣たちが、一目も二目も置く黒き孤高の狼、霧島 摩利香であった。

 毘奈の善良な友人たちは、怯えたように後ずさりし、毘奈と僕の後ろへ隠れた。毘奈は関心したように言う。



 「凄いね。まるで救急車みたい」

 「ああ、面白い例えだ……」



 サイレンこそ鳴らしちゃいないが、救急車が道を譲られているみたいに、霧島は悠々と僕らの方へと歩いて来た。

 全く彼女には相応しくない場所に現れたことに、少し驚きながら、僕は彼女に訪ねた。



 「よう……霧島も購買で昼飯買うの?」

 「ああ、那木君……。私だってお昼くらい買いに来るわ。何か問題でも?」

 「い、いや、少し意外だなと思って」

 「早くしないと、いい物なくなるわよ」



 そう言って、霧島は人だかりの中へ何の躊躇もなく足を踏み入れた。少なくとも一年生らしき生徒は恐れ慄くように道を開き、上級生の一部も訝しがりながらそれに倣った。

 果たして、こんなモーゼの十戒みたいな光景が毎日のように繰り返されているものだろうか。しかし、少なくとも霧島を恐れる必要のない僕らにとっては、棚ぼただった。

 僕は毘奈たちを、今がチャンスだと売り場へと先導した。



 「とりあえず、今のうちに俺らも買っちゃおーか」

 「うん。何か、霧島さんに感謝だね」



 この食の欲望渦巻く弱肉強食の世界を、僕らは霧島 摩利香という虎の威を借りることによって運よく切り抜けられたわけだ。

 僕はコロッケパンとジャムパンを懐に握りしめ、毘奈たちはでたらめに砂糖を塗りたくって、歯が溶けてしまうくらい甘そうな、菓子パンを買っていた。

 お目当てのパンが買えた毘奈たちは、嬉しそうにきゃあきゃあと声を上げる。霧島は何もなかったかのように何かのパンをビニール袋でぶら下げ、静々と帰ろうとした。

 僕は特に何かあるというわけではないのだが、このまま別れるのも味気ない気がして、つい霧島を引き止めてしまう。



 「あ、霧島!」

 「何? また話でもあるの?」

 「あ……いや、特にそういうことじゃないんだけど、何というか……」



 昨日の件で、最早霧島に聞けることなどなかった。僕は何を言えばいいのかわからなくなってしまい、言葉を詰まらせた。

 そんな僕を見ながら霧島は首を傾げ、僕らの間には微妙な空気が流れる。

 不思議そうにそれを見ていた毘奈は、何か名案が思いついたみたいで、嬉々としながら僕と霧島の間に割って入った。



 「そうだ! 吾妻、霧島さん、お昼ごはん一緒に食べようよ!」

 「……はい?」

 「マーちゃん、かなちゃん、ごめん。今日は吾妻と霧島さんと食べるね」

 「あ、うん。じゃあまたね、毘奈」



 僕のこの善良な幼馴染は一体何を言い出すのかと思った。おそらく僕と霧島の微妙なやりとりを見て、気を利かせたのだろうが、明らかに利かせ過ぎ。お節介のレベルだった。

 まだ一緒に食べると決まってもいないのに、毘奈は霧島に怯えている様子の友人に別れを告げる。

 まあいい、毘奈のそんな荒唐無稽な提案などに霧島が首を縦に振るわけなんかない。僕はやれやれといった表情で、霧島に目をやった。



 「……どうして?」

 「どうしてって、私が霧島さんと一緒に食べたいから。クラスで誰かと食べるのなら仕方ないけど、特に予定がないなら一緒にどう?」

 「……」



 そんなもの霧島にあるはずがなかった。霧島もいきなりそんなことを言われるなんて、思ってもみなかったことだろう。いつもクールな彼女が少し戸惑っているようにも見えた。

 霧島は少し静止した後、無表情で僕の顔を伺った。どうやら、僕に判断を委ねようとしているらしい。



 「あ、えーと、まあ、たまにはそういうのも……いい……かもね」



 声を上ずらせ、動揺しているの丸出しで僕は答えた。毘奈は満面の笑みで手をぱちんと叩く。



 「じゃあ、決まりね! 場所はえーと……屋上なんてどう!」

 「ああ、人もあんまりいなそうだし、いいんじゃん」



 まさか霧島と一緒にどこかのクラスで食べるなんてことはできない。周囲からの目が気になって、食事どころではない。良くも悪くも、さすが気の利く女だ。



 「それじゃあ、荷物を持って屋上に集合にしよ!」

 「ええ……わかったわ」



 霧島は冷然としたまま、来た道を帰り始めた。さっきの再現みたいに生徒たちが道を開けて行く。

 なんでこうなったと思いながら、地に足がつかないフワフワした気分で僕は霧島の背中を見ていた。

 そんな僕を毘奈が片肘で小突いて、はしゃぎながら言った。



 「よかったじゃん、吾妻」

 「……え?」

 「持つべきものは、可愛くて優しい幼馴染でしょ!」



 得意そうにニンマリと笑う毘奈のその顔は、僕の経験上、何かとてつもなくろくでもないことを考えているときのものに間違いなかった。

お読み頂き、ありがとうございました。

連載再開からの初のブックマーク、ありがとうございます。

次回も数日中に投稿します。

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