86 父と娘
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久しぶりに見る父の顔は、怖かった。
……でも。
「キッカを殺させはしない」
刃を、受け止めた。
受け止められた。
はるか遠いと思っていた、どんなに走っても、手を伸ばしても届かないと思っていた父の剣を、わたしは止め――
「遅い」
「ぐ……ぅっ!?」
みぞおちに重い一撃を喰らわされる。
そうだった。
剣を止めて終わりではない。
父は、相手の息の根を止めるまで決して止まらない。
そういう生き物だった。
追撃が来る――
「剣技・曼殊沙華!」
三十六閃の斬撃を一度に放つ。
わたしを中心に全方位の斬撃を――
「ほぅ……」
一振りで八連撃を繰り出した父の剣を、なんとか跳ね返す。
「見事だ。貴様、名は?」
少し距離を取り、父がわたしに興味を示す。
……名を、聞かれた。
「……覚えていませんか?」
「知らぬ顔だ」
「…………アイナです」
「そうか。覚えてやろう」
「あなたの娘のアイナです!」
「娘…………」
父の目が眇められる。
そして、わたしの顔を見て、微かに目を大きく開く。
「そういえばいたなぁ。足手まといなチビが。貴様があのチビなのか。大きくなったものだ」
父は……わたしのことなど、覚えてもいなかった。
いや、わたしが生まれたことにすら、興味などなかったのかもしれない。
「気付けばいなくなっていたので、どこかで死んだと思ったが、そうか、生きていたのか」
少しだけ嬉しそうに言って、剣を構える。
「強さを見てやろう。使えるようなら、旅への同行を許可してやらんでもない」
父に認められる強さ――
それは、もしかしたら、わたしがずっと追い求めていたものなのかもしれない。
いつか、この人に認められたいと。
わたしのことを、真っ直ぐに見てほしいと。
そのチャンスが巡ってきた……だというのに。
「遠慮する」
まったく、嬉しくない。
「生憎と、共に旅をする相手なら、もうすでにそばにいてくれる」
そして――
「わたしは、彼たち以外と共にいたいとは思わない」
こちらも剣を構える。
あの切っ先がわずかにでも動いた時、この場にいる誰かの命が失われるかもしれない。
父の強さは、そのレベルなのだ。
絶対にさせない。
「のぼせ上がるな。力を見ると言っただけだ。まだ、共にいる許可を出したわけでは――」
消えた!?
「――ない」
「そこだ!」
左前方から放たれた斬撃を打ち落とす。
地面が裂け、大地が揺れる。
「よく見ている。……少し強めに行くぞ」
再び父の姿が消え、同時に父から放たれる殺気が濃度を増した。
世界を埋め尽くすように広がる殺気に、父の気配が紛れて消える。
見失った時は――
「剣技・曼殊沙華!」
全方位の斬撃で身を守る――
「その技はもう見た」
放った斬撃の中に父の剣が滑り込んでくる。
同時多発の必殺の一撃を巧みに避け、わずかもないような剣筋の隙間を的確についてくる。
その一撃はわたしのノドを的確に捕らえ――
「……だから、違う技で裏をかいた」
――わたしの残像を消し飛ばす。
「姿が見えなくなったのなら、攻撃する隙を作れば、あなたは確実に仕留めに来る。その瞬間を狙った」
言いながら剣を振るう。
わたしの放った一撃が、父の腕に細い切り傷を作った。
……入った。
寸前で気配を察知され、決定的な一撃にはならなかったが、かすり傷程度ではあるが、あの父に一撃入れることが出来た。
わたしは強くなった。
これなら、父と互角に戦うことも――
「のぼせ上がるなと言ったはずだ」
その声は、激しい痛みの中で聞こえてきた。
「……ぁ……っ」
気が付いた時、父の剣はわたしの腹を切り裂いていた。




