82 強襲
「放て!」
突如、男の声がして、無数の矢が降り注いできた。
「火矢よ! 剣姫!」
「うむ!」
キッカさんとアイナさんが走り出し、空を埋め尽くすような夥しい量の矢を薙ぎ払う。
……凄い。
回避不可能に思えた火矢による一斉攻撃を、たった二人でほとんど防いでしまった。
だが。
「ドラゴンの幼体を狙え!」
「生きてても死んでてもいい!」
「捕まえただけ金になる!」
「これだけいりゃ、一生遊んで暮らせるぜ!」
闇の中から、まさに湧いて出てくるように鎧姿の騎士たちが溢れ出てきた。
「チルミル、ピックル! こっち!」
「グロリア、そなたも下がるのじゃ!」
「でも、マザー!」
「聞き分けよ!」
「……はい」
マザーさんが険しい表情を見せる。
その視線の先に、数えきれないほどの人がいた。
金色のラインがやけに目立つ白い鎧。
あの鎧は、見たことがある。
感謝祭の下見をしようと訪れたドラルミナに属する街の防具屋さんで見かけたことがある。
アーマーナイトだと言っていた、ガラの悪い四人組が身に着けていた鎧と同じ物だ。
「ドラルミナの騎士……?」
「ほぅ、知っておるのかシェマよ」
マザーさんが、騎士たちに視線を向けたまま、呟く。
「ヤツらはドラゴンの力を知り尽くしておる。我らの力を無効化するような戦術をいくつも編みだし、それを確実に実行してくる。戦えば、負けはせぬが、被害は甚大になるだろう……我らは撤退をする。そなたらも、なんとか無事に逃げ仰せるのだぞ」
撤退。
瞬時にその判断が下されるほど、ドラルミナの騎士たちは強いのだろう。
……でも。
「折角、野菜が実る畑が出来たのに……」
「すまぬな。だが、そなたらの献身は決して忘れぬ。この恩は一生の物だ」
その言い方は、この先、もう二度と会えなくなると、告げられたようだった。
「皆の者! 本来の姿に戻るのじゃ!」
マザーさんの声に呼応するように、ドラゴン族の人たちが咆哮をあげる。
ドラゴンの姿に戻り、空へ飛び立てば、騎士たちの刃はきっと届かない。
そう思ったし、そうなるはずだった。
ドラゴンに、なれさえすれば。
「……な? どういうことじゃ?」
マザーさんが大きく目を見開く。
人間の姿のままで。
「マザーさん?」
「戻れぬ……ドラゴンの姿に戻れぬのじゃ!」
それはマザーさんだけではないようで、ドラゴン族の間に動揺が広がっていく。
「はははは! 戸惑っているようだな、ケモノども!」
大群の騎士たちの前に、真っ赤な鎧を着た男が歩み出る。
その手には、黒く禍々しい光を放つ球が握られていた。
あの球……なんか嫌な感じがする。
「見えるか、ケモノども! この魔石はな、さる高名な冒険者殿が魔力を込めた龍封じの宝玉だ! これがある限り、貴様らは汚らわしいケモノの姿には戻れぬ! ケモノの力も使えぬ! ただ我らに狩られる畜生となり果てるのだ!」
どっかの迷惑な人が、なんとも傍迷惑な物を作り出してしまったらしい。
何してくれてんのさ、もう。
「……ぐっ」
マザーさんが唸る。
唇の端が切れるほどに力を込めてみるが、ドラゴンの姿へは戻れなかった。
これは、……マズいかも?
「……シェマよ。恩に報いることなく厚かましい願いで済まぬが、子供たちだけでも逃がしてやってはくれぬか? そなたらの乗ってきた、あの不思議なドアの力で」
そうだ。
ドアまでたどり着ければ。
歩くトラットリアにさえ入れれば、どんな暴力も無効化される。
「子供たちだけじゃなく、みなさんを守り切ってみせますよ」
誰かを見捨てるなんて、ボクは、御免だ。
「……ふっ」
緊迫した空気の中、マザーさんが小さく笑う。
「そなたが言うと、それが実現しそうだから困る」
そう言って、とても優しい目をボクに向ける。
「感謝する。そう言ってもらえただけで、いくらかは救われた」
その笑みに浮かんでいたのは、完全なる諦めだった。
「どうやら、この宝玉は本物らしいな!」
騎士たちが大人しいと思ったら、こちらの出方を伺っていたようだ。
宝玉の力を確認し、それが本物だと分かった直後にバカでかい声で笑い始める。
「狩り放題だ! 一匹残らず狩り尽くせ! この宝玉がある限り、ケモノどもはただのニンゲンと同じだ!」
男たちの野太い雄たけびが、暗くなった空と大地を揺るがした。
重装歩兵が隊列を組んで突っ込んでくる。
ドラゴンに戻れないドラゴン族が身を寄せ合って身構える。
あの宝玉がある限り、ドラゴンの力は使えない。
そう、あの宝玉がある限り。
「では、壊す」
宝玉を掲げる真っ赤な鎧の騎士の背後に、アイナさんが出現して、禍々しいオーラを放っていた宝玉を一刀両断した。
宝玉が真っ二つに斬られ、地面へと落下し、粉々に砕けた。
瞬間、ドラゴンの咆哮が夜空に轟いた。




