81 キャンプファイア
「はい、アイナさん、キッカさん」
太陽が傾き、空が赤く染まっていく中、ボクは取って置きの料理を二人に手渡す。
「パン?」
「中に何か挟まっているが」
二人は、ボクが手渡したパンを見て目を丸くする。
確かに、他の料理に比べると、見た目は地味だからね。
でも、味は保証するよ。
歩くトラットリア――『ミサキ』さんのお墨付きだから。
「中に、クイツクシープのミルクから作ったクリームが挟んであるんです。少し酸味の強いクリームなので、ハーブで香りを付けて、ハチミツをたっぷり入れて、うんと甘くしてあります」
そういうと、二人の顔が分かりやすく「ぱぁ!」っと明るくなった。
甘いの好きですもんね、お二人とも。
「それ、絶対美味しいじゃない」
「いただきます」
「召し上がれ」
二人が同時にパンにかじりついて、二人そろってよく似た表情を見せる。
「あまぁ~い!」
「これは、美味しい、すごく、すごい」
口に残る甘さを堪能するキッカさんと、しゃべりながらもすぐに次の一口を食べるアイナさん。
なんか、どちらも『らしく』て、面白い。
「あと、こっちが、トーストしたバゲットにシェーブルっていうクイツクシープのミルクで作ったフレッシュなチーズをのせて、そこに砕いたクルミとハチミツをたっぷりかけた『シェーブルのクロスティーニ』です」
「絶対美味しい!」
「わたしも、食べてみたい」
キッカさんが光の速さでクロスティーニを掻っ攫い、アイナさんも手を出してくる。
はい。たくさん食べてくださいね。
「うわぁ~っ、エールが飲みたい!」
「用意してありますよ」
「そう? じゃあ、貰ってくる!」
嬉しそうに言って、キッカさんがこの場を離れて行く。
お酒、本当に好きなんだなぁ。
「…………」
離れて行くキッカさんを、アイナさんがじっと見つめていた。
「どうかしましたか?」
「……キッカが、少し変」
「いや、チーズを食べたらお酒が飲みたくなるのは普通ですよ」
ボクはお酒を飲まないので分からないけれど、一般的にはそうらしい。
「シェフ、キッカと何かあった?」
「え?」
少し記憶の中の時間を巻き戻して考えてみる。
「……特には、なにも?」
「何かあった」という様な事は何もない、はず。
……まさか、また無意識にボクがなにかやらかして、キッカさんにキレられた可能性が?
やだ、無意識って怖い!?
「な、ない、ない、と、思いま、ま、ま……」
ないと思います。
ないといいな。
ありませんように!
「そう……」
呟いて、またキッカさんの背中を視線で追うアイナさん。
そんなに気になるかな?
「シェマ」
そこへ、グロリアさんが駆けてくる。
その後を、チルミルちゃんとピックルちゃんが姉妹のようについて来ている。
「しぇま?」
「なんか、そう呼ばれることになりまして」
「そうか……ふふ、グロリアとも仲良しになったのだな」
「はい」
そうだといいな。
アイナさんと出会ってから、親しい人が増えていく。
すごく嬉しい。
大切にしたい人が増えていくというのは、こんなにも心が満たされるものだったんだな。
「薪組みが完了した」
「まきぐみ?」
「アレですよ」
首を傾げるアイナさんに教えてあげる。
綺麗に組み上げられた木の櫓。
1メートルくらいの長さの木材を『♯』のような形に組んで高く積み上げる。
その中で火を燃やせば、薪組みが炎を大きくして、夜の闇を煌々と照らしてくれる。
お師さんが言うには『キャンプファイア』というらしい。
この大きな炎を囲みながら、語り合ったり歌ったり踊ったりするのがとっても楽しいのだそうな。
ボクも経験するのは初めてだ。
なんかわくわくする。
「シェマよ」
マザーさんが手を高く上げてボクたちを呼ぶ。
……っていうか、マザーさんもボクをシェマと呼ぶんですか?
なんか、ドラゴンの皆さんにはそう呼ばれる感じなのかな?
「間もなく日が落ちる。宴は夜からが本番じゃ。どんどんと美味い飯を作っておくれ」
「はい。なので、みなさん、お腹いっぱい召し上がってくださいね」
薪組みに火が入れられ、薄暗くなり始めた世界に明かりが灯る。
遠くは一層暗く見えるけれど、この周りだけはどこよりも明るい。
陰と陽、明暗がくっきりと分かれ、世界が二分されたような不思議な感覚。
ボクは今、その『陽』の中にいる。
これまでは、考えられなかったことだ。
『陰』の中でも、とりわけ深い、漆黒の中で蠢いていたボクが、こんな光の中で誰かと笑いあっていられるなんて。
こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。
そんな、ささやかな願いを踏みにじるように、ソレは突然現れた。




