79 故郷の味
★★★★★★★★★★
「はい、キッカさん」
タマちゃんがいつもの笑顔で、いつものように美味しそうな料理を手渡してくれる。
いつのころからか、この「はい、キッカさん」が、あたしの中でいつもの風景になった。
「カレーって言うんです。きっとビックリしますよ」
そんな自信を滲ませて、タマちゃんがすごくいい匂いのする料理を勧めてくれる。
うん。
食べなくても分かる。
この料理はきっと美味しい。
でもね――
君も食べたことないよね、きっと、この料理。
「本当に美味しいの?」
「太鼓判です」
「もし美味しくなかったら?」
「その時は、どんなことでもいうこと聞いちゃいます」
こらこら。
あんたはさっき、そういう安易な発言をした剣姫を叱ったところでしょうが。
これでもしあたしが、「美味しくない!」って嘘ついて「じゃあ、あたしのことお嫁さんにして
☆」って言ったらどうすんのよ?
……マジで実行しそうだなぁ、タマちゃんだったら。
そんなこと、するつもりもないけど……けど、それはあたしの善意の上に成り立ってる平穏だってこと、忘れないでね!
……あたしは平穏を脅かす邪悪か。
誰がよ、まったく。
「んっ!? 美味しい!」
そして、悔しいかな、カレーは本当に美味しかった。
……どうして、味見もしていないであろう料理がこんなに美味しく出来るのか。
ホント、謎だらけだよ、君は。
君、とか。
あんた、とか。
タマちゃんとの距離感が曖昧になるのは、あたしが強引にいきたいけどいけないでいる優柔不断のせい?
それとも――
タマちゃんの存在がおぼろげだから?
「こんな料理、食べたことないや」
「珍しい料理ですよね。スープなのに、主食なんですよ」
ご飯と一体化して、このスープはまさに主食になっている。
なるほど。言い得て妙だね。
「どこの料理なんだろうね」
「先代オーナーの故郷の味だそうですよ。なんでも、先代オーナーのいた国では、この料理はほとんどすべての家庭で作られていて、その家ごとにこだわりの調理法とか独特の味があったんだそうです」
「へぇ~」
そんな話を聞きながら、あたしの胸の内にまた意地悪な問いが浮かんできた。
――剣姫は、マザーさんたちに掴まってグラタンとかいう料理を配っている。
今なら――
「この味付けは、先代オーナーのお家の味なんだそうです」
「タマちゃんはさ、なんかないの?」
「え?」
ドキッ――と、した。
心がチクリと痛んだ。
でも……ごめん、剣姫。
やっぱりあたしは……知りたい。
「実家の味とか、故郷の郷土料理とか。アレが食べたいな~とか」
聞いちゃった……
心臓が、鼓動を早くしていく。
顔は、見れない。
視線をカレーに固定して、タマちゃんの返事を待つ。
「ないですね」
いつもの声に、ほっとした。
同時に、拍子抜けした。
なんだ、普通に話せるんじゃない。
じゃあきっと、食べてないって思ってるのも勘違いで――
「あの連中が食べている物を口にするくらいなら、ボクは餓死する方を選びます」
ゾッとした。
そして思わずタマちゃんの顔を見てしまって――後悔した。
あたしは、なんでこんなことを聞いちゃったんだろう……
「……気になりますか?」
あなたは、だれ?
タマ……ちゃん?
「ぅ…………ううん、……別に」
よく、声が出せたと、自分でも思う。
「そうですか」
ふっと、タマちゃんの口元が緩んで、ようやく口の中に酸素が流れ込んできた。
「……はっ、はっ」
と、短い呼吸を、悟られないように繰り返す。
「そうだ! キッカさんに取って置きの料理があるんですよ。きっとこういうの、キッカさん好きだろうな~って、作ってみたんです」
「へ……へぇ、そ……なんだ。わぁ、なんだろ、楽しみだなぁ」
「じゃあ、持ってきますね。ちょっと待っててください」
タマちゃんが笑って、駆けていく。
あたしは、その場に座り込んで、暴れる心臓を必死に抑え込んだ。
あの時の表情……タマちゃんじゃないみたいだった。
ううん。
人間じゃ、ないみたいに見えた。
「あんたの言った通りだよ、剣姫……」
まさか、剣姫がこうなることを予測して忠告していたとは思えないけれど、結果として、あの娘が言っていたことが正しかった。
「悪い子だね、あたしは」
これ以上は、とても踏み込めなかった。
悪い子で、弱い子だ、あたしは。




