76 思うこと
そんなわけで、ボクとマザーさんの対決は無効試合となり、勝負は引き分け。
どちらの条件も飲まれないことになった。
なので、ボクとアイナさんの約束も、なかったことに――
「シェフ」
「はい?」
「……約束は、守る」
え……っと。
「でもボク、マザーさんに勝ってませんから、約束はなしで……」
「いや、シェフは勝っていた。勝たなかっただけ」
ん~……そういう細かい経緯は置いておいて、結果だけ見ればドローなんですが。
「それに、守りたい。シェフとの約束を」
まぁ、アイナさんがそう言うのであれば。
「分かりました。では、指切りですね」
「……互いの?」
「違います」
絶対怖いことを想像しているので、指切りを教えておく。
「こうして、小指を絡めて――」
「ぁぅ……っ」
アイナさんの手を取り、小指を絡めると、アイナさんが小さな声で鳴いた。
やだ、可愛いっ!
……っていうか、アイナさんは先ほど、ボクにもっと凄いことをしませんでしたっけ?
これで照れるんですか?
……まぁ、かく言うボクも照れていますけれども。
「えっと、こうして、互いの小指を絡めて『嘘吐いたら針千本飲ぉ~ます、指切った』と言って小指を離すと、その約束は破っちゃダメですよ、っていう子供たちの儀式なんです」
「刑罰が明確なのはいいな。覚悟がしやすい」
「本当に針を千本も飲ませませんよ?」
「嘘なのか!? その嘘に針千本は……?」
「それくらいの気持ちで、絶対守ってねっていうことです」
アイナさんだったら、うっかり約束を破っただけで本気で針を飲みそうだから怖い。
飲まないでくださいね?
誰も得をしませんから。
「そうか……指切り…………」
小指を見つめ、アイナさんが小さく笑う。
「……とても楽しい、これは」
「それじゃあ、またなにか約束しましょうね」
「うむ。よろしく頼む!」
そう言って、小指を差し出してくる。
「また約束をするという約束をしたい!」
ん~、エンドレスのヤツ。
でもまぁ、アイナさんがそう言うなら。
「はい、じゃあ指切りです」
「うん!」
にっこり笑うアイナさんともう一度指切りをした。
嬉しそうにはにかむアイナさんを正面から見て、ちょっとだけ無理をしてよかったと思えた。
……ただまぁ、お腹、空いちゃったなぁ。
力、使い過ぎた。
マザーさん、本気で強いんだもん。
あ~……これはしばらく引き摺りそう…………
「シェフ? どうかしただろうか?」
「いえ。腕相撲で、ちょっと疲れちゃっただけです」
「そうか。では、わたしがマッサージをしてあげよう」
「えっ、そんな! 悪いですよ!」
「遠慮することはない。これでもマッサージは得意なのだ」
「誰かにやってあげたことがあるんですか?」
「いや、特には」
「どこから来た自信ですか、今の!?」
反論するも、「まぁまぁ」と腕を掴まれて、マッサージが始まった。
……あ、むにむに。
気持ちいい……
「どうだろうか?」
「とっても気持ちいいです」
「そうか! ……ふふ、よかった」
それからしばらく、アイナさんに腕をマッサージしてもらった。
それで、こういう空気になると、いつもキッカさんが「なにやってんのよ、あんたたちは? 早くご飯の準備しなさいよ!」って割って入ってくるんだ。
なんか、それすらも待ち遠しく感じる。
早く来ないかなぁ~…………来ないな。
チラリとキッカさんの様子を伺えば、腕を組み、難しい顔をしてボクのことをじっと見つめていた。
なんか、肉食獣が獲物を狩る直前のような、張り詰めた空気で。
……あれ?
ボク、狩られる?
「あのさ、タマちゃん――」
何かを言いかけたキッカさんだったが、言い終わる前にアイナさんが立ち上がり、視界を塞ぐようにボクの前に立ちふさがった。
アイナさんの背中が見える。
背中しか、見えない。
「……剣姫」
「…………」
「あんたはいいの、それで?」
「…………」
「…………弱虫」
「違う。大切にしたいだけ」
なにか、二人にしか分からない会話がなされる。
「あのっ、感謝祭、再開しましょう。ね?」
お肉ももう一度焼き直しますから。
あ、そうだ!
「キッカさんとアイナさんにお願いがあります」
「……お願い?」
「なんだろうか?」
キッカさんはアイナさんをかわすように体を傾けてこちらを覗き込み、アイナさんは体をひねってこちらへ振り返った。
「歩くトラットリアの厨房に、ラムのホワイトグラタンと、ラムのパイ包み焼き、それからマトンのヨーグルトカレーがあるので、持ってきてください」
時間も十分たったし、きっと美味しく出来上がっていることだろう。
「お二人が戻るまでに、取って置きの一品を作っておきますから」
笑顔で伝え、二人を見送った。
仲直り、してくれるといいなぁ。




