74 シェフVSマザー
さて、と。
じゃあ、アイナさんに約束を守ってもらうためにも、絶対勝たなきゃいけなくなった。
どうしたものか……
まぁ、仕方ないか。
「それじゃあ、マザーさん。始めましょうか?」
「ん? ……よいのか?」
「はい。あ、なにか特殊ルールとかありますか?」
ブレスはOKとかだったらヤだなぁ……
「い、いや、特別なことなどない。ただ純粋な力比べじゃ」
「ドラゴンの姿で?」
「わらわがドラゴンになったら、そなたの細腕など摘まんだだけで複雑骨折じゃ」
「あはは、それはご勘弁願いたいですね」
腕を骨折したら、料理が作れなくなってしまう。
毎日、どこかで誰かがお腹を空かせているというのに、腕を骨折している暇なんてない。
「では、人間の姿で、普通に腕相撲で勝負――ということでいいですか?」
「う、うむ……いやに自信満々じゃのう?」
「まさか。緊張でどきどきですよ。心臓が口から出そう」
「カエルか、貴様は」
「カエルが口から出すのは胃袋だけですよ」
異物を飲み込んだ時は、胃袋を口から出してダイレクト洗浄をするんですよねぇ。
……お師さんもたまにやってて、目撃した時には悲鳴をあげちゃったっけ……見た目、グロいですからね、アレ。
「テーブルを用意しないといけませんね」
「で、あるな。おい、誰か適当な岩を切り出して持って参るのじゃ」
岩を切り出してって……
わぁ、そして言われすぐ持ってきた。
やっぱりドラゴン族って、パワーがバグってるな。
あと、今のは「切り出す」じゃなくて、「えぐり取る」ですよ。
両腕で出っ張ってる岩を掴んで「ぼこぉ!」って抉り取ってきてたもん。
「高さはこのくらいでよいか?」
「はい。大丈夫です」
地面に突き立てられた岩。
結構深くまで突き刺さったようで、押しても蹴ってもびくともしなかった。
やっぱりすごい、ドラゴンパワー。
岩の平らな面にヒジを乗せて、内側へ向かって倒すように腕の動きを確認する。
うん。
これなら、ちゃんと力も入るだろう。
「ねぇ、タマちゃん……本気?」
キッカさんが心配そうに尋ねてくる。
「多分さ、マザーも意地になってるだけだと思うのよ、ほら……あたしが圧勝しちゃったから、それで」
まぁ、それは大いにあるでしょうね。
「だから、あたしが謝れば、剣姫のことはなかったことにしてくれると思うの。けど、勝負して結果が出ちゃうとさすがに……」
負けた後で「やっぱりなしで!」というのは聞き入れられないだろう。
でもまぁ……
「大丈夫だと思いますよ」
「強気じゃのぅ、エロニンゲン」
キッカさんとの密談にマザーさんが割り込んでくる。
「キッカの言う通り、今謝れば許してやらんでもなかったが……やるというからには容赦はせぬぞ。慈悲深いわらわの温情を期待しておるのであれば大間違いじゃ。ドラゴン族は、いかな勝負といえど、負けるわけにはいかぬのじゃ。生物の頂点たる種族の誇りにかけての!」
じゃあ、ピックルちゃん、結構ヘコんでるかもね。
あとで甘いケーキでも焼いてあげよっと。
「まぁ、とりあえずやってみましょう」
「タマちゃん……っ」
心配そうなキッカさんに微笑みかけ、そしてアイナさんへ視線を向ける。
「見ていてくださいね」
絶対に勝って、約束、守らせてみせますから。
「アイナさんが見ていてくれたら、きっとボクは誰にも負けませんから」
「う……うむ」
ぎこちなく頷き、アイナさんは囁くように言う。
「きちんと、見ている」
これはいよいよ、負けられないね。
それじゃあ……
本気を出しましょうか。
「後悔をするでないぞ、エロニンゲン」
ボクが精神を集中させていると、マザーさんがボクの向かいにきて、岩のテーブルにヒジを置き、腕相撲のスタンバイを終えた。
ボクも同じようにスタンバイをし、マザーさんの手を握る。
ひやりと冷たい、しなやかで細い指の感覚に、少しだけドキドキする。
女の人の手だなぁ。
「……大丈夫です」
真正面にあるマザーさんの顔を見つめ、先ほどの問いかけに返事をしておく。
「多分しませんから、後悔」
ボクの答えを聞いて、マザーさんの瞳がギラリと光を放つ。
握った手に力が籠められ、骨が「みしっ!」と音を鳴らした。
「ドラゴン族を愚弄するなよ、ニンゲン風情が――」
牙を覗かせ、マザーさんが怪しく微笑む。
大好物にかぶりつく直前の、肉食獣のような獰猛な笑みだった。
「グロリアよ。合図を出すのじゃ」
「……はい」
グロリアさんが、ボクとマザーさんの手に自身の手をかぶせて、試合開始の合図を出す。
「レディ――、ゴー!」
開始の合図とともに、マザーさんのフルパワーがボクの腕をへし折らんばかりに叩きつけられた。
MerryChristmas☆
皆様に素敵な夜が訪れますように




