73 一勝一敗
「半龍身差、ってところね」
そんな、半馬身差みたいに……あ、「半馬身差」って、以前お師さんが言ってた言葉を覚えていただけですけども。
『負けた、なノ!?』
一番驚いていそうなピックルちゃんが、頭上をぐるぐると旋回し始めた。
負けて悔しいらしい。
「キッカよ……そなた、今何をしたのじゃ?」
マザーさんが頬に伝う汗もそのままに訊ねている。
ボクにも、なにが起こったのかさっぱりだ。
「『影渡り』よ☆」
とびっきりのウィンクを寄越して、キッカさんが説明してくれた。
なんでも、キッカさんは、目視できる範囲にある影なら、どこへだって潜り込めるのだそうな。
……え、それって転移魔法……、え? キッカさん、凄過ぎない?
「だから、かけっこであたしに勝とうなんて、絶対無理なわけ。わかった?」
上機嫌にウィンクを飛ばしてくるキッカさん。
しかし、上空には不機嫌なちびっこドラゴンが。
『ズルなノ! ズルなノ! 走ってないなノ!』
「ピックルも走ってないでしょ? それに、『走らなくていい』って決めたのはマザーだしね」
なんともまぁ、挑発的な。
マザーさんも、顔を真っ赤にして「ぐぬぬぬ……」って言っちゃってますし。
煽るのも程々にしておいた方が……
「私もかけっこか、とびっこにしておけばよかった……」
と、反省をするアイナさん。
『とびっこ』とは?
「ジャンプ対決だ」
なるほど、駆けるかけっこに、跳ぶとびっこですか。
ですが残念ながら、とびっこはトビウオの卵です。
ぷちぷちしていて美味しいらしいですよ。
お師さん情報ですけども。
「……まぁ、よい」
と、ものっすごく悔しそうな顔で、マザーさんが鼻から息を吐きだす。
わぁ、全然「もうよい」じゃなさそうな顔。
「これで、一勝一敗。勝負は振り出しに戻っただけじゃ」
強気な言葉も、ほっぺたがぱんぱんに膨らんでいるせいで負け惜しみにしか聞こえない。
あれ、なんだろう?
無性に保護欲が……
マザーさん、可愛いな。
子供みたい。
「次はわらわが直々にひねりつぶしてやるのじゃ、――そこのエロニンゲンをの!」
えっ!?
ご指名!?
いや、無理ですよ!?
ボクがマザーさんに勝てる勝負なんて、料理くらいしかないですからね!?
「勝負方法は――腕相撲じゃ!」
いや、無理!
多分ですけど、マザーさんめっちゃ細い腕しつつとんでもないパワー秘めてますよね!?
え、本気で捻り潰しにきてます?
比喩表現とかでなく?
「それはちょっと容認できないなぁ」
「なにを言う。こちらは既にかなりの譲歩をしてやったではないか。少しくらい、そちらも譲歩せよ」
「そんなこと言ったって……」
キッカさんの瞳がこちらに向く。
「首も据わってない赤ん坊と模擬戦するくらい勝負が見えてるじゃない!」
そこまでですかね!?
ボク、これでも一応首は据わってますけどね!?
「マザー。シェフは、乱暴は得意ではない。腕相撲で勝負をしたいのであれば、わたしが相手になる」
「黙るのじゃ、負け犬。そもそも、貴様の考えなしの失敗に対する温情であることを忘れるでない。本来であれば、最初の早口対決で勝負はついておったのじゃぞ」
「う……しかし……っ」
「それに、貴様とて、剣がなければただのニンゲンではないか。自分であればわらわに勝てるとでも思ぅておるのか、この自惚れが」
「…………」
マザーさんの言葉に、アイナさんが口を閉じ、俯いてしまった。
いくらアイナさんといえど、純粋な腕力対決ではドラゴンに勝つのは難しいのか――
「いや、いけると思うが?」
「自惚れるな、小娘が!」
――でも、なさそうだ。
言い返せなくて黙り込んだんじゃなくて、なにか冷静に分析した結果、勝算を見出したっぽいな、あれは。
アイナさん、凄いなぁ……
「ふん! 三本勝負と決まった時点で、すでに勝負を終えた貴様とキッカが再参戦出来ないのは当然のルールじゃ!」
いつの間に、そんなルールが!?
「……困ったな」
「ねぇ、タマちゃん。こうなったら、最後の手段で、カエル師匠呼んでこようよ」
「お師さんを?」
「わかんないけど、なんかカエル師匠だったら、どんな状況も何とかしてくれそうじゃない?」
凄いなぁ、お師さん。
この短い期間でもうすっかり信頼を勝ち得てるんだ。
やっぱ、カリスマなのかなぁ。
ボクも、お師さんだったら、ドラゴン相手の腕相撲でも圧勝しそうな気がする。
でも……
「ごめんなさい。お師さんは、今ちょっと……そっとしておいてあげてください」
あの寂しそうな背中を思い出し、ボクは首を横に振った。
今は、そっとしておいてあげたい。
「じゃあ、どうするの? ここで負けたら、剣姫がドラゴン族の誰かのお嫁さんになっちゃうんだよ?」
それは、何としてでも阻止しなければいけない。
……しょうがない、か。
「ボクがなんとかします」
「なんとかって、……出来るの、タマちゃんが?」
「おそらく。その代わり――」
ボクはアイナさんの瞳を覗き込む。
少しだけ、叱りつけるような気持ちで。
「ボクがマザーさんに勝ったら、もう二度と、こんな安請け合いはしないって誓ってください」
誰かのお嫁さんになるだなんて、そんな大切なことを……
「結婚は、アイナさんが本当に好きな人とすると、ボクと約束してください。いいですね?」
「……う、うむ」
まるで、ボクの気迫に圧されたように、アイナさんが頷く。
気迫なんか出てないだろうに。
――と思ったら、ぷるぷると首を振り。
「いや、『うむ』ではない。……はい。約束します」
改めて、そう約束してくれた。
今回で200話です☆
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