72 キッカVSピックル
最初、ここからスタートして1kmほど先にゴールを設けようという話になっていたのだが、不正が出来ないようにということで、スタートを1km先にして、こちらへ戻ってくるルールに変更された。
……不正って。
「キッカがあまりに自信たっぷりだから、マザーは警戒している」
と、余計なことをしないようにと、腕を縛られたアイナさんが教えてくれる。
なんか、アイナさんが斬撃を飛ばしてピックルちゃんを攻撃しないように、だそうだ。
そんなことするわけないのに……
「そんなに勝ちたいんですかね?」
そりゃあ、アイナさんをお嫁さんに出来るなら、ボクならどんな手を使ってでも勝ちをもぎ取りに行きますけども。
あぁっ、もちろん!
アイナさんの自由意思を尊重し、他の、ボクじゃない、その他大勢のよからぬメンズからアイナさんを守り、その上で自由恋愛をしていただくために、ですよ?
賭け事みたいな感じでアイナさんを手に入れたって、嬉しくなんか……それはそれで喜びそうだけども、ボク!
でも、そうじゃないからね!?
「アイナさんは、キッカさんが何をするつもりか分かりますか?」
「正直に言えば、分からない。わたしは、キッカほど他のジョブのスキルには詳しくないのだ」
そうか。
キッカさんが何でも知ってるから、冒険者ってみんなそうなんだと思ってた。
やっぱ、キッカさんって凄い努力してきたんだろうな。
「しかし、これだけは分かる」
アイナさんが口元を綻ばせて呟く。
「キッカは、勝つ。絶対に」
もしかしたら、根拠などないのかもしれない。
でも、アイナさんがそう言って、キッカさんがあれだけ自信満々なのだから、きっとキッカさんが勝つのだろう。
……いや、ついさっき、自信満々で惨敗したスキルマさんがいましたっけね。
……不安だなぁ。
…………いざとなったら、ボクが。
ボクが微かに身を固くしたのを察知したのか、アイナさんがボクの顔を覗き込んできた。
「シェフ?」
「あ、いや。なんでもないですよ」
そうだね。
まずは信じよう。
キッカさんの自信を。
アイナさんの言葉を。
「では、始めるぞ」
はるか向こう。
1km先にキッカさんとピックルちゃんがいる。
ここからだと人影すらはっきりとは見えないけれど。
「あ、キッカがあくびした」
……見えてるっぽい。
っていうか、見えてないの、ボクだけっぽいなぁ、どうやら。
「あっ」
必死に目を凝らしていると、はるか遠くにドラゴンが出現した。
ピックルちゃんがドラゴンに変身――いや、戻ったようだ。
本当に、空を飛ぶドラゴンに勝てるのだろうか?
「では、開始の合図を出すのじゃ!」
「はい、ナの!」
チルミルちゃんが大きなほら貝を口にくわえて、思いっ切り吹き鳴らした。
ぽんぽこぴーん♪
ちょっと、想像していた音とは違ったけれど、ついにかけっこが始まった。
「速いっ!?」
小柄ながらもドラゴンの姿をしたピックルちゃんが、物凄い速度でこちらへ向かってくる。
こんなに速いの、ドラゴンって!?
あんな、見た目に可愛らしい子ドラゴンなのに!?
「……なんじゃ。心配し過ぎだったようじゃな」
ピックルちゃんが目前まで迫り、マザーさんが拍子抜けしたように息を吐いた。
キッカさんは――!?
……まだ、姿さえ見えてこない。
今ごろ、はるか先、ずっと向こうの方を必死に走っているのだろうか。
「……おかしい」
ピックルちゃんが間もなくゴールをしようかという時、アイナさんが呟いた。
「キッカは、スタート地点から一歩も動いていない」
「えぇっ!?」
走ってすらいないの!?
もしかして、あまりにピックルちゃんが速すぎて試合放棄!?
いや、キッカさんはそんな投げやりな人じゃない。
負けが確定しても、最後の最後まであがいて、終了間際のそのほんの一瞬まで希望を捨てない人だ。
「ふん、つまらぬ。これで、わらわたちの勝――」
「あまいのよ!」
マザーが勝利宣言をしようとした、まさにその時、猛スピードで接近してきていたドラゴンピックルちゃんのその眼前に、キッカさんが出現した。
まさに、湧いて出たというような登場シーンに、ボクは言葉も出せず、瞬きすら忘れて、キッカさんのゴールシーンをただ見つめていた。
「はい、ゴール!」
ピックルちゃんよりも、ほんの一瞬早く、キッカさんがゴールラインを超えた。
えっ!?
今、……何が起こったの?




