69 座興
「マザー!」
ボクが頭をひねっていると、グロリアさんが少々険のある声でマザーさんに食って掛かった。
「ちょっとひどい、と、思う。みんなは、飢えに苦しむわたしたちを、助けるため、ここまで来てくれた。畑も、やさいも、出来た!」
グロリアさんがボクたちを庇っている。
なんだろう。
ちょっと、胸がじんわりと温かい。
「酷いことするのは、違うと、思う!」
グロリアさんの言葉を黙って聞いていたマザーさんは、少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻し、柔らかく微笑んだ。
「無論、感謝しておる」
そう言って、ボクの肩に手を乗せる。
「ただの座興だ。罰ゲームは盛り上げるためのもの。この者たちを厭い提案したものではない」
「そ、ぅ……なの、か?」
「無論だ」
グロリアさんの語気が弱まっていく。
そうか、座興のつもりでマザーさんはあんなことを言ったのか。
じゃあ、アイナさんを辱めるようなことはするつもりはなく、アレは冗談だったんだね。
「そのくらいのこと、このニンゲンも分かっておったさ。……な?」
「な?」と言いながら、ボクの肩に置かれた手に力が籠められる。
痛いイタイいたい。
指が食い込んでますよ、マザーさん!?
「な? ハイは? ん? な?」
「はいっ! もちろん、めっちゃはいです!」
言わされましたが?
「そう、か……わたしは、早とちりをした。マザーはてっきり、本気なのだと……」
「そのようなわけがなかろう……あは、あははは」
マザーさん、嘘吐くの下手だなぁ。
もしかして、めちゃくちゃいい人なのかも。
で、一族の者に怒られたり嫌われたりするのは嫌なんだね。
「てっきり、マザーはアイナの、肌を見せた相手とは結婚しなければいけないという、しきたりを知っていて、それで、ドラゴン族に巨乳の遺伝子を取り込むために、アイナを嫁に狙っているのかと、早とちりをした」
そんなこと、絶対させませんからね!?
「……ふむ」
いや、「ふむ」じゃないですよ、マザーさん!?
「アイナよ、今の話は、本当か?」
マザーさんの問いに、アイナさんが一度ボクを見て、静かにうなずいた。
「父に、誓わされた。反故にしたければ、自分を倒せと。……わたしは、いまだ一度も父には勝てていない」
父親の言いつけだったのか。
なんて父親だ。
アイナさんの肉親を悪くは言いたくないけれど……
「クソですね」
「タマちゃん。オブラートって知ってる?」
知ってますよ。
「♪あーーー~~~~~~」ってヤツでしょ?
「それはビブラート」
惜しい!
「惜しくないから」
……おかしい。
しゃべっていないはずなのに。
的確にツッコミが飛んでくる。
「気が変わった」
マザーさんはにこりと笑い――
「我らが勝ったら、アイナを我が一族の嫁としてもらい受ける」
とんでもないことを言い出した!?
「ダメですよ、そんなの!?」
「そうね。さすがにそれはね」
「ですよね、キッカさん!? そんなのを許可するくらいなら、キッカさんがいくらでも紐みたいな水着で踊り狂ってくれますよね!?」
「いや、それはお断りだけどね」
ドライ!?
そこはほら、熱い友情で、「あたしが踊るわ、この紐みたいな水着で!」っていう展開じゃないですか?
「じゃあもう、危険なことはやめて、普通にご飯食べよう。別に嫌いな物を無理して食べる必要もないしね」
むぅ……折角のお肉だから食べてほしいけれど……
とはいえ、その代償がアイナさんを花嫁にってことだったら到底許容できない。
今回は諦めよう。
グロリアさんが食べてくれるようになったから、時間が経てば他の人も食べてくれるようになるかもしれないし――
なんて、諦めかけていたボクの耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
「その条件でいい」
「アイナさん!?」
何言ってるんですか!?
よくないですよ!?
けれど、アイナさんの決意は固いようで、にっこりとボクに笑みを向けてくれた。
「わたしは、みんなにもシェフの料理を食べてほしい」
そんなことのために……
「それに、勝負に負けなければいいだけだ」
「でも、必ず勝てるという保証は……」
「そうなったら、それがわたしの運命だったのだろう」
運命って……
「それに、この先わたしを嫁に欲する者など現れないだろうから、誰かに迷惑をかけることもない」
欲してますけども!?
「シェフの料理は世界で一番美味しい。わたしは、そのことを証明したい。里のみんなにも、認めてもらいたい」
そう言って、一部の迷いもない澄み渡るような声で宣言する。
「マザー、この勝負、受けて立とう!」
そうして、とんでもない勝負が始まってしまった。




