62 好き、嫌い
「シェフ、タオルだ」
「ありがとうございます」
アイナさんが手渡してくれたタオルで顔を拭く。
あぁ、このタオル、絶対臭くなるなぁ。
よく洗わないと。
「で、どうだった、タマちゃん?」
「はい?」
どう、とは?
「あれだけ顔を浸けたんだから、少しくらい味わえたんじゃない? クイツクシープのミルク」
と、自身の唇を指さして言うキッカさん。
あぁ、そういうことか。
「溺れないように、しっかり口を閉じてましたので口には入ってませんよ」
「鼻とかは?」
「鼻から牛乳を飲む人はいませんよ」
あははと、笑って返事をする。
鼻から牛乳を噴き出したお客さんは過去に見たことありますけどね。
「…………」
そんな昔のことを思い出していると、アイナさんがボクとキッカさんの間に立った。
ボクに背を向け、キッカさんと見つめ合っている。
「……あんたね、言いたいことは口に出しなさいよ」
「キッカは、悪い子」
あれ?
なんだか、今度はアイナさんとキッカさんが険悪な空気に……
「それじゃあ、料理をしましょう!」
ミルクがたっぷりあるから、野菜のグラタンとかどうだろうか?
小麦なら歩くトラットリアにたくさんある。
「アイナさんとキッカさんも手伝ってくださいね」
「うむ」
「…………は~い」
こちらを振り返ったアイナさんは、いつもの、ちょっと不愛想気味な笑顔だった。
「あの、仲良く、しましょうね?」
「もちろんだ」
アイナさんの口からもたらされた言葉に嘘はない――
「わたしは、シェフもキッカも好きだから、仲良くしていたい」
――そう、素直に信じることが出来た。
「だから、怒る時は怒る」
嫌いにならないために、ダメなことをした時は叱る。
それは、アイナさんの誠意なのだろう。
「でも、牛乳に顔を突っ込まれただけですから、そんなに怒らないでくださいね」
ボクのために怒ってくれたのは嬉しいけれど。
「アイナさんとキッカさんが仲良くしてくれている方が、ボクは嬉しいですから」
ボクがそういうと、アイナさんは「うん」と素直にうなずいてくれた。
そして、キッカさんは――
「……悪かったわよ」
と、アイナさんに謝罪をした。
…………ボクに、ではなく?
いや、まぁ、ボクは怒ってないのでいいんですけども。
……ボクに、じゃ、ないんですね?
あれ、なんだろう、このもやもやした感じ?
怒ってなかったのに。
「キッカさん、……ボクには?」
「タマちゃんは、自業自得」
ですよね~。
うん、理由を聞かされたら反論できなかった☆
ぐぅの音も出ないってこういうことなんでしょうね。
「それじゃあ、アイナさんは野菜の収穫を、キッカさんはミルクをもう少しお願いします」
「シェフは?」
「ボクは歩くトラットリアからお肉を持ってきます」
まだ鶏肉が残っているから。
と、ボクが移動しようとすると、ボクの前にチルミルちゃんとピックルちゃんが立ち塞がった。
「ダメ、なノ!」
「ない、ナの!」
え……っと?
横に動けば、チルミルちゃんとピックルちゃんは同じだけ横に動いてボクの行く手を阻み続ける。
「なにが、ダメなの、かな?」
「お肉、なノ!」
「お肉、ナの!」
「あ、お肉ね。大丈夫、ちゃんと美味しく料理してくるから、いっぱい食べてね」
子供はお肉大好きだからね。
「お肉、ダメなノ!」
「お肉、いやナの!」
「えっ!?」
まさかの、肉嫌い!?
「お野菜がいいなノ!」
「お野菜美味しいナの!」
珍しい、というか……
お肉ばっかり食べて野菜嫌いな子供っていうのは聞いたことがあるけれど、その逆は初めて見たなぁ。
「えっと、グロリアさん……」
チルミルちゃんとピックルちゃんの頑なな態度に、同じドラゴン族であるグロリアさんに助けを求める。
すると、びっくりな事実を告げられた。
「ドラゴンは、基本的に、菜食だ。肉は、食べない」
えぇーっ!?
イメージと違う!
「なんか、ドラゴンって大きな獣を丸齧りしてそうなイメージでした」
「誰が、するか、そんな気持ちの悪いこと!」
気持ち悪い、ですか?
「丸齧り、するか?」
と、山と積み上げられたクイツクシープ(オス)の亡骸を指さすグロリアさん。
「いや、生では、流石に……」
「一緒だ!」
「でも、ちゃんと調理すれば美味しいですよ?」
「我々ドラゴン、は、肉などという、生臭くて、ぶにぶにしていて、ぶっしゃーなものは、食べない!」
ぶっしゃーって……
「いや、グロリアさん、さっき食べてましたよね?」
「えっ!? ……いつ?」
「歩くトラットリアで、焼き鳥を」
「やき、とり…………」
口にして、「さーっ!」と顔色を悪くする。
「肉、だったのか、あれは!?」
「いや、どう見てもお肉だったでしょう!?」
「あまりに、ジューシー、すぎて、果物かと!?」
いやいや、どんな木に成ってると思ってたんですか、あんな一口サイズに切られて串にネギと交互に刺されてタレで香ばしく焼き上げられたものが!?
「……だまされた……」
「いえ、あの、騙してないですよ? ちゃんと鶏肉って言ってました、よね?」
「お腹、空き過ぎて、聞いてなかった!」
「それはこちらのせいではないはずです!」
口を押え、地面に蹲るグロリアさん。
思い出すと、気持ち悪くなったのだろうか。
「……もう、お嫁に、いけない」
そんなに!?
え、ドラゴンって、「肉食う様なヤツと結婚なんかできるか!」って風習なんですか!?
「でも、美味しかったでしょう?」
「ジューシー!」
うん、味は好きなようだ。
ということは……
「食わず嫌いでは?」
「食べた! 走ってる獣を、試しに!」
一応挑戦はしてるんだ。
「臭かった……」
まぁ、生だと、そうかもしれませんね……
「もしかして、全員そんな感じなんですか?」
「そう」
そっか。
「それじゃあ、ボクがみなさんの固定観念を叩き壊して差し上げましょう!」
思いっきり美味しい肉料理を御馳走しようじゃないか!




