61 シボラー
キッカさんが見本を見せると言って、クイツクシープの乳頭にしがみ付く。
……うん、大きいんだ。
すっごい大きい。
でもまぁ、あの巨体から比べると比較的小さい方かな?
それでもすごい存在感で、直径は多分1メートルほど。
キッカさんが両腕を目一杯広げて「ぎゅっ!」と抱き着いている。
「すごい、なノ!」
「いっぱい、ナの!」
チルミルちゃんとピックルちゃんが大はしゃぎしている。
それもそのはず。
キッカさんがぎゅっと絞ったクイツクシープのお乳からは大量のミルクが物凄い勢いで噴き出している。
これはすごいな。
これだけあれば、確かにドラゴンの里全員分のミルクが採れそうだ。
「ドラゴンの里のみなさんが、このクイツクシープの特性を知っていたなら、植物を食いつくされることもなく、ミルクも採れて、ここまでの食糧危機にはならずにすんでいたかもしれませんね」
「いや、知っておったぞ」
と、今の今まで、なんとなく物凄ぉ~く遠巻きにこちらを見ていたマザーさんがそばまでやってくる。
魔獣とか、危険だから非難してたのかな?
「知っていたなら、クイツクシープを捕獲して飼育したらよかったですのに。あ、ドラゴンにならずに倒すのは難しいんですか?」
「いや、まぁ……ドラゴンの時よりは力が落ちると言えど、我らドラゴンはこの姿でも十二分に強い。じゃが……」
震える指で、マザーさんはクイツクシープを指し示す。
「こんな愛くるしい顔を殴るなど、我らには出来ぬ! キッカが二度も殴って、我らはさっきからずっとドン引きじゃ!」
「なんでよ!?」
えぇ~……遠巻きにしてたのって、ドン引きしてたの?
「こんな、可愛……あぁ、可哀想に……」
ちょっと泣きそうになってるじゃないですか。
そんなマザーさんに、キッカさんが反論を試みる。
「オスは駆除しようとしてたじゃないですか、マザーさんたちも!」
「オスは植物を喰らう害獣じゃ! それに、我らはいかなる種族であろうとオスには容赦などせぬ!」
わぁ……物凄い男性嫌悪……いや、嫌悪じゃなくて扱いが純粋に悪いのか。
仲よくしてくださいね、ボクは害のないメンズなので。
「でも、こうして捕まえて、お乳を搾ってあげるとこのクイツクシープもお乳が張らなくなって楽になるそうですよ。ほら、クイツクシープのためになりますから」
女性には優しいのだと思うマザーさんに、メスのためになりますよ~と、話を振ってみる。
「こんなデカい乳にしがみ付くなど、わらわはしとうない! デカい乳にこちらから歩み寄るなど、わらわには出来ぬ!」
なに、その変なプライド!?
「嬉々としてデカい乳にしがみ付いておったキッカに、ますますドン引きじゃ!」
「だから、なんでよ!?」
「巨乳に阿りおって、裏切り者が!」
「阿ってないし、裏切りとか言わないで!」
「貧乳の風上にも置けぬわ!」
「風上になんか置かれたくないけども!?」
なんだか、複雑な矜持があるようだ。
「こんなに愛くるしい顔をした生き物を暴力で昏倒させ、気絶している間に乳をまさぐり絞り倒す……そこのエロオスとやっていることがまったく同じではないか!」
「待ってくださいマザーさん!? 濡れ衣が酷過ぎます!」
やってないですし、イメージだとしてもあまりに酷い!
「キッカはエロじゃ! エロキッカじゃ!」
「いい加減にしないと殴りますよ!?」
「負けぬが?」
がるるるぅと、睨み合うキッカさんとマザーさん。
きっと、カルシウムが足りないんだ。
カルシウム採りましょう!
「チルミルちゃん、ピックルちゃん! この事態を収めるためにも、大至急お乳を搾って!」
「わかった、なノ!」
「了解、ナの!」
元気よく返事をして、チルミルちゃんとピックルちゃんは思いっきりお乳を搾った。
――マザーさんとキッカさんの。
「「にゃぅっ!?」」
同じ声出した!?
「な、何をするのじゃ、チルミル!?」
「やめなさいって言ったでしょ、ピックル!?」
「「でも、やれって……」」
と、ボクを指さすチルミルちゃんとピックルちゃん。
わ~ぉ、この里、濡れ衣めっちゃ着せてくるぅ~。
「……タマちゃん?」
「よい度胸じゃのぅ……」
「いや、一連の流れ全部見てましたよね!?」
とにかく、大至急カルシウムが必要だ!
「シェフ、ミルクだ! 絞ってきた!」
と、アイナさんがバケツ一杯のミルクを渡してくれる。
「ありがとうございます!」
バケツを受け取り、ふと……本当に、ふと脳裏に疑問がよぎる。
「…………クイツクシープの、ミルクですよね?」
「うむ。今、絞ってきた」
ですよね~!
よかったぁ。
いや、つい今しがた「そっちじゃない!」っていう話が展開していたもので。
「滅しろ、エロオス」
「天誅」
声をそろえて、マザーさんとキッカさんがボクの後頭部を掴み、バケツの中にボクの顔を沈めた。
仲直り出来たようで、何よりです。
で、そろそろ手を放してもらえると嬉しいなぁ~、なんて。




