60 お乳を搾ろう
「つまりね、このクイツクシープは、すっごい子沢山だから、ものすっごくミルクが出るの」
キッカさんが言うには、あの波のように押し寄せてきたおびただしい数のクイツクシープのオスは、みんなこのメスの子供らしい。
いや、多いな!?
「一回の出産で200匹くらい生むんだって」
「昆虫の産卵より多そうですね」
「しかも、産卵じゃないからね」
哺乳類では、ぶっちぎりのナンバーワンだろう、きっと。
「ちなみに、クイツクシープ一頭いれば、小さな町のミルクが賄えるくらい採れるのよ」
「それはすごいですね!?」
「だから、これを一頭飼育しとけば、ドラゴンの里のミルクはこの先心配しなくていいわ」
「えっと、でも、そうするとまた大量のオスを生んじゃうんじゃ?」
アイナさんがいれば駆除も出来るでしょうけど……
「大丈夫大丈夫。ミルクを毎日絞ってやれば、もう子供を産まなくなるから」
「そうなんですか?」
「なんかね、学者さんが言うにはね、クイツクシープが子沢山なのは、毎日毎日大量に作り出されるミルクを飲みくつさせるためなんだって」
……その割にはミルク以外の植物に物凄く群がっていたような?
「ただ、クイツクシープはノミツクシープじゃないみたいでね……全然ミルクを飲まないんだって。だから、数で勝負してるなじゃないかっていうのが現在一番有力な説らしいわよ」
なんて傍迷惑な生き物なんだろうか。
自分たちで処分してくれれば、近隣の植物を食べつくすこともないだろうに。
「好き嫌いはよくないですよね、まったく」
気絶しているクイツクシープを叱っておく。
起きてる時に叱ると、反撃されそうで怖いから。
「まぁ、シェフ。わたしからもきつく言っておくので、もこっこを許してやってほしい」
「……えっと、今のは、名前ですか?」
「うむ! つけた!」
いつもにも増して嬉しそうだ。
こんなに張り切っているアイナさんは見たことがないかもしれない。
瞳がきらっきらだ。
「じゃあ、よろしくね、ももこ」
「違う、もこっこだ。間違わないでほしい」
「すみません」
「いい。シェフなら、きっとすぐに覚えてくれるだろうから」
なんだか妙な期待を寄せられている。
まぁ、もう間違えませんけど…………でも。
アイナさんに叱られるの、ちょっときゅんっとしたな。
なぜだろう?
叱られるのなんて、なるべく回避したい出来事だと思うのに…………試しに。
「改めて、よろしくね、ももんご」
「も~ぅ、シェフ! もこっこだ」
「もんもこ?」
「ぷぅ! ……少し、覚えにくいだろうか?」
あはぁ、可愛いっ!
「で、名前覚えたよね?」
「あの、キッカさん。人にものを訪ねる時は、刃物を向けてはいけませんよ」
刺さる、刺さる。
ほんのちょっとでも動いたらぶっすりいく距離ですから、それ。
覚えてます、本当は。
「もこっこですよね」
「そうだ!」
ボクが名前を呼べば、アイナさんの顔が「ぱぁああ!」っと輝く。
こんなに喜んでくれるなら、いじわるなんかしないで最初から間違えずに呼んであげればよかった。
「頑張って覚えてくれたのだな、シェフ。えらい、いいこ」
と、アイナさんがボクの頭をもふもふっと撫でた。
頭を撫でてくれた!
「もこっこー!」
「奇妙な声で鳴くな!」
秒で黙らされた。
……もぅキッカさんてば。お転婆さんなんだから。
…………あと、みぞおちが痛いです。
「それじゃあ、もこっこが子供を増やさないように、みんなで絞ってみましょうか」
「うん! すっごい濃厚で美味しいんだよ~、クイツクシープのミルク」
「飲んだことがあるんですか?」
「うん。あとチーズね! 絶対作ろうね、チーズ!」
なんだか、物凄く目がキラキラしている。
きっとお酒に合うんだろうなぁ。
キッカさん、何気にお酒が好きだから。
「キッカ! おしえてなノ!」
「キッカ! おねがいナの!」
「えぇ、もちろんいいわよ。一緒にやりましょう」
「おっぱい絞るなノ?」
「女の子なのにそんなことしていいナの?」
「いいのいいの。そーゆーものだから」
「わかったなノ!」
「やる、ナの!」
「じゃあ、思いっきり絞っちゃうわよ!」
「「えい、なノ!」ナの!」
「ぎゃぁあああ!?」
チルミルちゃんとピックルちゃんが、何を思ったのか、同時に、キッカさんの胸を摘まんだ。
というか、絞った。
「出ない、なノ……」
「当たり前でしょ!?」
「つかめない、ナの……」
「やかましいわ!」
「わたし、たちは、仲良し、だな、キッカ」
「このタイミングで出てきて、友好を確認すんじゃないわよ、グロリア」
摘ままれた胸を押さえて、グロリアさんを睨むキッカさん。
うん。
巻き込まれないように、今は口を閉じておこう。
そうしよう、うん。




