57 メェェエ!
アイナさんの胸元で赤くみずみずしく美味しそうに実を結んだトマト。
これはもう、『アイナトマト』と名付けるべきだろう。
そんなアイナトマトが、一個目の収穫を合図に、一斉に伸び始め、あっという間に辺り一面をトマト畑にしてしまった。
「……これは?」
アイナさんも、トマトに絡みつかれながら呆然としている。
……あの、取っ払っていいと思いますよ、トマト。
なんか、今にも飲み込まれていきそうなほど絡みつかれてますけども。
脱出しましょう。
羨ま……いえ、なんか危険があるといけませんので。
……トマトのくせに、図々しい。
「エロい弟子、こっち見てなノ!」
「注目ナの、エロい弟子!」
「あのね、チルミルちゃん、ピックルちゃん、その呼び方やめてくれる?」
「エロい人、なノ?」
「エロい者、ナの?」
「えっと、普通に、お兄ちゃんとかで、お願いできるかな?」
「分かった、なノ!」
「理解したナの!」
「「エロいお兄ちゃん!」」
くぅ!
いちばん大事なところが伝わらない!
「それで、どうしたの?」
「緑、なノ!」
「いっぱい、ナの!」
チルミルちゃんとピックルちゃんが指差す先には、緑の植物が生い茂っていた。
キャベツに白菜、大根ピーマンニンジンブロッコリー。
アスパラやマメ類イモ類も充実している。
「凄い……」
ボクは思わず声を漏らしていた。
「アイナ野菜がこんなに……」
「どーしてもこじつけたいわけ?」
いやだって、その方がきっと美味しそうに見えるから。
「ほら、キッカキュウリとキッカナスよ」
「わぁ、どっちも薄くスライスして浅漬にしたら美味しいでしょうね」
「……なぜ薄くスライスした?」
「や、やだな、まだしてないじゃないですか……」
やばいやばい。
ボクがキッカさんにスライスされちゃう。
「それにしても、凄い成長速度ね」
「本当にびっくりです」
「野菜とは、こんなに早くできるものなのか」
「いや、出来ませんよ、普通は」
「でも、歩くトラットリアの中ではこれくらいの速度で育っていた」
ファームフィールドでは、たしかにそうだったかも知れませんけれども……あぁ、そうか。あそこの土だから、成長速度が異常なのか。
「なんにせよ、これだけあればドラゴン族のみなさんにもお腹いっぱい食べてもらえそうですね」
「うむ。わたしも収穫なら手伝える」
「よぉし、じゃあ、剣姫。勝負よ!」
またですか?
好きですねぇ、勝負。
「でも、たくさんあるので頑張って収穫しましょうね!」
「手伝う。仲良し、だから、な」
「はい。グロリアさん。期待してますよ」
「むほっ!? き、きたい、か……そうか……、がんばる!」
大きな目をキラキラさせて、グロリアさんが腕まくりをする。
ドラゴン族のみなさんはと言えば、なんかこの光景に呆気にとられている。
とりあえず、ボクたちの作業見て、おいおい収穫作業を覚えてもらおう。
きっと、この土を使えば、今後もずっと美味しい野菜が収穫できるだろうから。
なんたって、歩くトラットリアの土だからね。
「さぁ、やりましょう!」
と、ボクが腕まくりをした、まさにその時――
メェェェエエエ!
空を劈くような、けたたましい咆哮が轟いてきた。
なんだ?
なんですか、今のは!?
「クイツクシープだ!」
「ヤツらが植物の匂いを嗅ぎ取ったんだ!」
「皆のもの、戦闘準備だ! 一匹たりともこの地にヤツらを紛れ込ませるな! 植物が食い尽くされてしまうぞ!」
ドラゴン族のみんなが、騒ぎ始める。
なんだ?
何が来るんだ!?
まさか、とんでもなく強い魔獣が……
「クイツクシープ……また、厄介な魔獣が出てきたわね」
「知ってるんですか、キッカさん!?」
「えぇ。クイツクシープのメスはとっても巨大で――」
キッカさんの言葉を肯定するように、ドラゴンの里の入口に、体高が20メートルはあろうかという巨大な羊が現れた。
デカい!
ドラゴンよりも大きいかも!?
「そして、もっと厄介なことに……」
言いながら、キッカさんが素早く地面を踏みつけた。
何事かと視線を向けると、そこには――
「めぇぇ…………」
子供の拳ほどの小さな、それはもう、本当に小さな羊がいた。
「オスは滅茶苦茶小さくて、滅茶苦茶数が多いのよ」
そんなキッカさんの言葉を肯定するように、虫みたいなサイズの大量の小さな羊が波のように、大量に、押し寄せてきた。
これは、厄介!




