56 芽ぇぇえ!?
「ほら、ここだ」
と、アイナさんが示した土からは、小さな芽が「ぴょこっ」と顔を出していた。
「芽ぇぇえ!?」
「なに、タマちゃん、ヤギ?」
いやいや。
驚くでしょう、これは!?
「だって、今耕したばっかりで、種も何も植えてないのに、芽が……」
「え、だって、そーゆーもんなんじゃないの? 歩くトラットリアの魔法って」
いや、そう……なのかも知れないですけど。
凄いなキッカさん。
こんな異常事態なのにもう順応してる。
これくらい物事におおらかでないと、冒険者とかやってられないのかな?
「それよりさ、これってなんの芽なの?」
「えっと……さぁ?」
ボクは、野菜には詳しいけど、流石に芽を見ただけではこれがなんの野菜なのかまでは……
「……食べられるやつ、よね?」
「え?」
「……どうする、満開のバラとか咲いたら?」
それは……
「綺麗ですね~……って、ことには?」
「タマちゃん。空腹時にそれ言われたら、暴動が起こるわよ?」
わぁ、怖い。
ドラゴンの暴動なんて、誰にも止められないですね。
「シェフ、見てほしい!」
アイナさんが弾むような明るい声で言う。
わぁ、可愛い。
もう一回聞きたい。
なので、あえて視線を逸らしてみる。
「シェフ、早く!」
あはぁ~、甘美!
もう一回……
「さっさと見なさいよ」
「……はい」
逸らした視線の先に、キッカさんの物凄く冷たい視線が待っていた。
はい、見ます、見ますからそんな見ないでください。
「見てほしい。先程よりも少し大きくなったのだ」
植物は、そんなすぐには大きくならないのだが……
「……ホントですね」
その芽は、みるみる丈を伸ばし、やがて双葉を出す。
そして、ボクたちが見つめる中、本葉が次々と広がっていった。
「あ、トマトですね、これ」
流石に、ここまで育ってくれればボクにも分かる。
トマトだ、これ。
え、じゃあ、支柱を立てないと!
トマトはどんどんと上へ伸び、支柱で支えてあげないと倒れちゃう。
「あれ? ……え?」
ボクが支柱のことを考えていると、アイナさんが驚いたような吐息を漏らした。
そちらを見てみると……なんじゃこりゃあ!?
「アイナさん!?」
「トマトが……っ」
急に成長速度を上げたトマトが、勢いよく葉を広げ、茎を伸ばし、その重みに耐えかねたかのようにアイナさんに伸し掛かっていた。
なにしてんの!?
「羨ましい!」
「この状況で言うセリフが、それなの、タマちゃん」
あ、間違えた。
「なにしてんの!?」
羨ましい!
声に出す方と心に留める方、間違えちゃった。えへへっ。
って、そうじゃなくて!
「アイナさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。……少々、青臭いが」
あぁ、トマトの葉っぱはねぇ。
揺らすと、ものすごくトマトの青臭い匂いがするんですよねぇ。
トマト嫌いの人だったら、茎に触れるのすら嫌がりそうなほど。
「それよりも、これを見てほしい、わたしの胸元だ」
いいんですか!?
「よくないわよ」
今のは絶対声には出していないはずなのに!?
キッカさん、まさか人の心が!?
「で、ですが、なにを見れば……」
「これだ、シェフ!」
と、若干嬉しそうにアイナさんが自身の胸元を指さしている。
そして、きらきらした瞳でそこを見つめている。
「トマトが実ったのだ! すごく赤い!」
みれば、アイナさんの胸の間に――いや、より正確に表現するのであれば――アイナさんの雄大な、それはもう大きな大きな二つの膨らみの間に、真っ赤に熟した小振りなプチトマトが実っていた。
え、これ、普通のトマトなんですか!?
でも、こんな小振りに……あっ、対比効果か!?
「対比効果っ!」
「その余計なことしかこぼれてこない口、縫おうか?」
決して裁縫が得意ではないであろうキッカさんが不穏なことを言ってくる。
やめてください。口内炎が出来ちゃいます。
「これはもう、食べられるだろうか?」
とっても美味しそうです!
「もちろんトマトが、ですけどね!」
「ずっとうるさいよ、タマちゃん」
キッカさんの声がするけど、もう気にならない。
だって視界がパラダイス!
「すまないのだが、シェフ。わたしは今、手が塞がっていて収穫ができない。代わりに収穫してもらえるだろうか?」
トマトを?
それとも――っ!?
「トマトを、よ?」
もちろん、分かってますとも。
やだなぁ、もぅ、キッカさんってば……あはは~。
「で、では、僭越ながら……」
ゴクリとつばを飲み込み、手を、そっと、アイナさんの胸元へ…………
「あぁっ、手元が狂いそうっ!」
「じゃ、あたしが代わりにもいであげるわ」
と、トマトを無造作に「もぎっ!」ともぎ取ってしまうキッカさん。
あぁっ、なんてことを!?
でも、もぎ取った瞬間、左右の膨らみが一緒になって「もぎっ」って揺れたのはとっても眼福でした☆
「滅しろ、害虫」
……グロリアさん。
相変わらず、暴言がキレッキレですね。




