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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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54話 畑を -3-

「シェフ……ぁうっ」


 不意に名を呼ばれ、振り替ええたらアイナさんが逃げて行った。

 ……なんの精神攻撃でしょう…………心がちくちくしちゃいます。


「す、すまない。急に振り返ったから……それで」


 3メートルほどの距離を取り、身構えるような格好でアイナさんが言う。

 えっと……呼びませんでしたか、今?

 「急に」って……


「つ、土を散布する手伝いをさせてもらいたい。二人でやれば、きっと早く終わる」

「そうですね。では、お願いします」

「う、うむ! よろしく頼む!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……じゃあ、土、ここに置いておきますね」

「あぁっ!? すまない! 取りに伺う! すぐに!」


 両手を伸ばして、アイナさんがぱたぱた駆けてくる。

 慌てているのか、歩数に対して進む速度が遅い。

 なんだか無駄に上方向に跳ねているような感じがする。


 ぱたぱた……ゆっさゆっさ…………おぉうっふ。


「そーゆーことを考えるから距離を取られるんじゃないかぁぁあああっ!」


 都合よく手近にあった岩に額を打ち付ける。

 鈍い痛みが、緩みきった脳に喝を入れてくれる。…………うん。すごく痛い。鼻の奥がツンとした。……視界が、滲む。


「な、なんだか懐かしいな、シェフのそれは……大丈夫、だろうか?」

「あぁ、はい。大丈夫じゃないのは内側ですから」

「内側?」

「大丈夫です」


 ボクのおでこを心配してくれるアイナさん。

 少しひりひりするあたり、皮でも剥けているのだろう。自業自得だ。反省しろ、ボク。


「お嬢ちゃんよ~。すっごいばいんばいんしとったのぉ~」

「頭蓋骨が砕け散ってしまえ!」


 なぜあの人には因果がめぐってこないのか。

 あんなにも業の深い生き物もいないだろうにっ。


「ばいんばいん……とは、なんだろうか? シェフ」

「なぜボクに!?」

「シェフなら、詳しいかと思って」

「ふぐぅ……っ!」


 い、いや、きっと違う。

 アイナさんの言葉には、悪意などというものは含まれていないはずだ……

 だからきっと、ボクのことを『歩くエロ用語辞典』扱いしているわけでは、断じて、きっと、決して、ない! ……はず!


「さ、さぁ? 何のことでしょうねぇ? キッカさんにでも聞いてみてはどうでしょ……」

「刺すわよ? タマちゃん、そう、あなたをね」


 背後にぴったりと、一切の気配を感じさせずにキッカさんが立っていた。

 冷や汗が、止まらない。


「バカなこと言ってないで、さっさとやることやっちゃうわよ」


 呆れ顔で言いながら、ボクの手から布袋を取り上げる。

 袋の口を開いて、中の土を指でつまむキッカさん。


「結構しっとりしてるのね。砂みたいに、投げて散布するっていうわけにはいかなそうね」

「あの。キッカさんも手伝ってくれるんですか?」

「はぁ? 当り前でしょう。だいたい、あんたらだけじゃ日が暮れても終わらないわよ。すぐ脱線するんだから」


 ははっ。

 ぐぅの根も出ない正論ですこと。


「わたし、も、手伝って、やるぞ、感謝、しろ」

「グロリアさんも? いいんですか?」

「……不満か?」

「なぜ……怒るのでしょうか? ぜ、是非、お願いいたします」


 少し、仲良くなれたと思ったんですが……もしかしてアレかな? ボクを見ると、つい冷たい目になってしまうという条件反射的な…………そんな条件反射は嫌過ぎるっ。


「くふふっ」


 不意に、グロリアさんが笑いだす。


「お願い、いいな。なんか、くすぐったい」


 満足そうに言って、キッカさんの手から布袋を取る。


「わたし、に、任せろ。全部、やって、やる」

「あ、いや、みんなでやりましょう」

「信用、できない、のか!?」


 だから、なぜ怒るんですか!?


「みんなでやった方が楽しいですし、それに、協力するともっと仲良くなれるんですよ」

「なか、よく…………」


 大きな目をまんまるくして、ボクを見つめるグロリアさん。


「仲良く、なりたい、か? わたしと」

「もちろんですよ。今より、もっと仲良くなりましょうね」

「そう……か」


 大きな帽子を掴んで、帽子ごと頭をかくグロリアさん。

 ちょっと困ったような顔でボクを見上げてくる。


「お前は、他の男と、なにか、違う。から、戸惑う」


 戸惑う?


「マザー、や、姉様たち、を見て、生きてきた。男たちへの、態度も、全部」


 あぁ、そうか。

 マザーさんやドラゴンの女性たちの男に対する態度を見て育ってきたから、グロリアさんは男であるボクに攻撃的だったのか。

「男にはこう接するものだ」と、誤った知識が植え付けられていたんだ。


 ……根深そうだったからなぁ、マザーさんたちの男衆に対する憎悪。


「でも、ほら。今のマザーさんは男であるお師さんに優しいでしょう? あんな感じでいいんですよ」


 正しい男女の姿を見せれば、グロリアさんのボクに対する態度も軟化するかもしれな。

 そう思ってマザーさんとお師さんのいる方を指さしたら――


「そなたは、お尻も最高じゃのぅ!」

「いゃん、この正直者め☆」


 ――なにやっとんじゃい、そこのヌメッとガエル!?


「……あれを、わたしに、したい、と?」

「いや、アレではなく……」


 どんっ――と、握った布袋をボクの胸に付き返してくるグロリアさん。

 あぁ、また罵声が飛んでくる……と、思ったのだが。


「……エロ人間、め」


 照れ顔で睨まれただけだった。


 え?

 なにこれ?

 ちょっと可愛かったよ、今の照れ睨み。


 これも、お師さん効果?


 えぇ……感謝したくなぁ~い。








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