54話 畑を -2-
ピンチッ!
ボク史上、最大のピンチ!
「おっぱい、たまについつい見ちゃってます」とか言ったら、そりゃそうなりよね!?
なるに決まってるじゃないか!
何を口走ってしまったんだボクはっ!?
あぁ……お師さんを道連れにして消えてしまいたい。
「あの、キッカさん……ボクってもしかして…………ちょっと、変、ですか?」
「ちょっとって……過大評価しすぎだよ、タマちゃん」
あはは。
相変わらず、キッカさんは素直に人の心を抉りに来るなぁ。最短距離で。
「まっ。今いろいろと悩んでいるんなら、今後はもう少し、自分の言動を顧みることね」
自分の言動を顧みる……
「……ボク、なんで着ぐるみなんか着てるんでしょうか?」
「それを言い出すと、あたしのバニーも恥ずかしくなるから、衣装に触れるのはやめようか、お互いのために……」
なんか、いろいろなことがあって、いろいろ考えさせられて、すっかり着替えるタイミングを失ってしまったボクたちは、いまだに変わったコスチュームを着たままだ。
アイナさんは青と白のエプロンドレス。
キッカさんは網タイツバニー。
そしてボクは、紫の謎のネコ(着ぐるみ)。
そんなボクらが、「ぺったんぺったん」歌いながら大地を耕すドラゴン(人化済み)の群れを眺めている、とある晴れた日の午後。
わぁ、シュール。
「ボーヤや」
諸悪の根源がボクに声をかけてくる。
いや、よくよく考えたら、ボクが着ている着ぐるみをアイナさんに渡してけしかけたのもお師さんだし、ドラゴン族の男衆の歌もお師さんに起因しているしで、この状況を生み出したのは紛れもなくこのカエルなんですよね。
よし、無視しよう!
「すーん」
「ほっほっほっ。スルーするにも、もうちっと上手くやってほしいもんじゃのぅ」
こちらの精神攻撃を華麗にかわして、余裕の表情を見せるお師さん。
やはり、心理戦では向こうが一枚上手かっ!?
「え、タマちゃん、なんで脂汗なんか浮かべてるの?」
「いえ、高度な心理戦が……」
「心理戦なんか繰り広げられてないから、今、この場所では」
ふふ、キッカさんには分からないかもしれませんね、この目に見えない駆け引きは。
だからこそ、そんなにもカッサカサの目でボクを見てくるのでしょう。そうなのでしょう、うんうん。
「のぅ、ボーヤよ。『蔑んだ目で見られてうっひょいプレイ』をしておるところ悪いんじゃが」
「してないですよ、そんなもん」
「耕された土に、この土を混ぜてくるのじゃ」
お師さんが差し出してきたのは、例のぱんぱんに何かが詰まった布袋だった。
あれの中身は土らしい。
それを、ここの土と混ぜる…………何のために?
「これはの、【歩くトラットリア】の魔力で作られた土なんじゃ。【ドア】の外へ持ち出すためにいろいろ細工が必要じゃったが、なんとかこれだけ持ち出すことが出来たんじゃよ」
【歩くトラットリア】は、魔力で作られた特異な空間。その存在自体が魔法のようなものだ。
その中では、普通では考えられないような現象がいくつも起こっている。
野菜が数時間で実を結んだり、狩った魔獣が加工されて食糧庫へ転送されたり、食堂内での暴力が封じられたりなどなど……
ただし、その現象はすべて【歩くトラットリア】の中でのみ発生していたものだ。
【歩くトラットリア】という結界の中で生み出される様々な魔法。
それを持ち出すことは不可能だ――と、思っていた。
「中の土を、持ってきちゃったんですか?」
「うむ。特殊加工を施しての」
「なんて非常識な……そして、なんて卑猥な人なんですか、お師さんは」
「後の方は、わざわざ言わんでもよかったと思うんじゃがのぅ。堪え性のないボーヤじゃ」
いえ、むしろ後の方こそが言いたかったことですが。
「この土を混ぜてやれば、作物が元気に育ってくれるじゃろう。量が少ない故、分量を見誤るでないぞ。ちょびっとずつ振り分けて、まんべんなく混ぜ込んでいくのじゃ」
「ちょびっとずつ、まんべんなく……難しそうですね」
現在進行形で拡大し続けているこの広大な農耕地に、布袋一杯分の土をまんべんなく混ぜ込む。……結構難しい気がする。
というか、畑…………広いなぁ。
今もなお拡大を続ける広大な畑を前に、ボクはしばし途方に暮れてしまった。




