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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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53話 マザーとカエルと -4-

「まずは、状況を整理したい」


 と、アイナさんは深呼吸をしてから話を始めた。


「先ほど、お師さんは、おっp……胸の大きな女性の、大きな胸を、つい見てしまう……という話を、していたと思うのだが……」


 またおっぱいって言い掛けましたね。

 よく踏みとどまりました。

 隣でキッカさんが目を光らせてますからね。


「そうですね。確かに、お師さんはそのような話をしていましたね」

「そして、シェフも、お師さんの気持ちは理解出来ると言った、と思ったのだが……」

「そう言ったつもりなんですが……マザーさんには届かず、塵芥と化される寸前でしたね……ははっ」


 むぅ……なんだろう。

 こう、客観的に改めて整理して考えると、お師さんへの殺意がより鮮明に……


「それはつまり、シェフも、大きな胸をした胸の大きな女性の大きな胸を……」


 大きな胸、めっちゃ出てきますね!?


「……つい、見てしまうと、いうこと、だろうか?」


 う……えっと、これは、何を尋ねられているのだろうか。

「てめぇ、見てんじゃねぇよ」的なクレームだろうか?


 いや、しかし。現在のアイナさんの瞳を見るに、そのような怒りの感情は見て取れない…………むしろ、やや好意的にすら見えなくもなく……

「もう、……エッチ」的展開すら期待出来そうな雰囲気で……

 ここは、肯定的な意見を言うことこそが正しい選択…………と、思ってお師さんに賛同したら塵芥と化される寸前だったんですよね、さっき。

 危ない危ない。同じ過ちを二連続で犯すところでした。


 ここは、お師さんの逆が正解だ!


「いえ、ボクはそんなに見ない方ですけどね」


 言った瞬間、アイナさんがシュンとうな垂れ、キッカさんとグロリアさんが「嘘吐け、この爆乳ガン見ヤロウ」的な視線を向けてきた。

 気が合い過ぎでしょう、キッカさんとグロリアさん……


 と、そんなことよりも!


 アイナさんが、なんだかシュンとしていることの方が問題だ。

 ……なぜ、シュンと?


 そういえばさっき、ボクが「大きな胸が嫌いだ」なんていう勘違いをされていたような……

 そして、そのことに対して、少し寂しそうな素振りを…………え?


 えっと、それって、つまり……


 ……見ても、いいんでしょうか?


 むしろ、見てほしい、とか?

 ガン見放題……ガン見バイキングですか!?


「やはり……シェフはそうなのだな……」


 浮かれて、天にも昇りそうな勢いのボクの脳内とは裏腹に、アイナさんの表情はどんどんと深く沈んでいく。


「……すまない、見苦しいものを……隠すのも一苦労なもので…………」

「あれ? 今ケンカ売られた気がしない?」

「微かに、する、な、わたしも」


 少し離れたところで、なだらか同盟のお二人がアイナさんへ向けてほのかな殺気を放ち始めるが、それは、今は置いておくとして……


「見苦しいなんてことないです!」


 気付いた時、ボクはそう叫んでいた。

 なだらか王国の中心で、さながら謀反を起こす覚悟で。


 だって、アイナさんに見苦しいところなんて存在するはずもないのだから。


「人は、美しいものに心惹かれるものです。つい見ちゃうものなんです。ですから、つい見ちゃうということは、つまりその……そういうことなんです」

「…………つまり、見向きもされないものは、それほどまでに煩わしいものだと」


 くぅっ!

「アイナさんのおっぱい、大きくて最高!」……と、素直に言えたらどんなに楽か。

 ……言った瞬間、ボクの人生は終了を迎えるのだろうけれど。


 だから、人生が終わらない範囲で、出来うる限り素直な気持ちを言葉に載せて伝える。


「やはり、わたしは鎧を着ていた方が……」

「見ちゃいます……っ!」

「……え?」



 勇気。



 ここで発揮するのを勇気と呼んでいいのかは分からないけれど。

 一歩を踏み出す勇気が欲しい。

 嫌われるかもしれない恐怖に背を向けず、目をそらさず、逃げ出さず……ボクは、一歩を踏み出す!


「実は、たま~に…………ついつい…………見ちゃって、ますっ……」

「へっ!?」


 驚いたような声を上げ、顔を上げ、顔の温度を上げていくアイナさん。

 …………ボクは今、何を口走ったのか……後悔と反省と自己嫌悪のスペシャルブレンドが全身を駆け巡っていく。


「…………ごめんなさい」


 いたたまれなくて、とりあえず謝罪しておく。

 けれど――


「そう、か……」


 そう呟いたアイナさんは、


「つい……見ちゃっていた、のか」


 ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。

 自身の大きな胸を押さえて、ほっと息を吐いて……次の瞬間には顔を真っ赤に染めて、俯いて前髪を弄り始めた。

 ボクに背を向け、一頻り前髪をいじり回した後、首だけを微かにこちらに向けてぽそっと、呟く。


「あ、あまり……見ないで、ほしい」


 はうっ!

 拒否られた!?


 …………けど、なんだろう。この、胸の奥がむずむずする感じ。

 ………………悪くない、な。


「で、わたしはそこのエロオスをこの世から抹消すればよいのじゃな?」

「まぁ、待ってやってくれんか。これでもワシの可愛い弟子じゃからのぅ」

「可愛いそなたの可愛い弟子なのか…………むぅ、仕方ないのじゃ。大目に見てやるとするのじゃ」


 あれ?

 今なんか、絶体絶命のピンチを、すごくモヤッとした理由で救われた気がする。

 どうしよう。お師さんに感謝する気持ちが湧いてこない。


「での。男衆のことなんじゃが、殺処分や終身刑の代わりにある罰を科して無罪放免としてやってほしいのじゃ」

「代わりの罰、じゃと?」

「うむ。その罰が、この里を救うことになるじゃろうからの」


 得意げに言って、お師さんは羽織った浴衣の懐から布袋を取り出す。

 何かがぱんぱんに詰まった布袋。

 それを見つめて、マザーさんはしばし黙考する。

 そして。


「分かったのじゃ。そなたを信じよう」



 その決断の後、わずか数時間でドラゴンの里は奇跡的な変貌を遂げることになる。







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