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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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53話 マザーとカエルと -3-

 傍から見ていると、ぐらんぐらんと心が揺れ動いているように見えるマザーさん。

 氷の彫刻のようだった真っ白な頬が、今はうっすらと桜色に色付いている。


 淡い花びらのような色をした頬を少し膨らませて、マザーさんはそっぽを向く。

 すっと通った鼻が天井を差し、細く長い首が一層強調される。


「ふ、ふん! どうせ、おぬしらオスは、女のおっぱいならなんだってよいのじゃろうが!」

 

『オス』というくくりにされると「そうではない」と反論したいところですが、残念ながら『そこのソレ』はその通り過ぎて反論出来ません。


「ワシはいつでも、美人のおっぱいに興味津々じゃ☆」


 わぁ、なんていう『☆』の無駄遣い。

 謝ってほしい。『☆』に。


「わたしが、美人じゃと……申すのじゃな?」

「美人じゃ!」

「わたしのおっぱいに、興味があると、申すのじゃな?」

「興味津々じゃ!」

「………………きゅんっ!」

「ときめいちゃダメですよ、マザーさん! もっとしっかり、自分を持ってください! 客観視して、自分の置かれた状況の異常性に気付いてください!」

「客観視……ふふ、無論じゃ。わたしはドラゴン族の長。いつでも冷静じゃ。己を顧みることも常――故に分かるのじゃ……その……ひ、一目見た時から、その若干ぬめぬめした肌質に、心惹かれておったのじゃと……きゃっ☆」


 大変だ!?

 マザーさんが、思っていた以上にチョロ過ぎて、とんでもない生物にときめいてしまった!

 こんなの、一族の人にバレたら…………ボクたち、生きて里を出られないんじゃ……


「そっちのお嬢さん方も、ナイスちっぱいじゃぞ☆」

「「「「「……きゅんっ!」」」」」

「この里おかしいー! どうかしてるよー!?」


 あれほど緊張感と神聖さが漂っていた神殿の中が、ほのかに桃色なぽや~んとした、とろ~んとした空気に上書きされている。

 うっとりとした表情でぬめっとしたカエルを見つめる美女、美女、美女……


 正直、ボクは恐怖すら感じていた。

 お師さんの、その場の空気を支配してしまう能力に。


 最初、若干怖がられ……いや、キモがられていたはずなのに、一瞬で空気を塗り替えてしまった。

 九分九厘、最低なセクハラ発言しか口にしていないというのに……


「それでじゃの、ドラゴンの里の男衆についてじゃが」

「うむ! 我らには、そなたさえいてくれれば他に男など必要ない! 殺処分してくれるのじゃ!」

「マザーさん!? ちょっと待ちましょう! それはさすがにダメです!」

「黙れ、その他のオス!」


 大変だ。

 マザーさんの中で世界の男が二極化されている。

 お師さんか、それ以外かに。


「殺処分も終身刑も勘弁してやってはくれんかのぅ? 気持ちが分かる故、気の毒で仕方ないのじゃ」

「き、気持ちが……分かる、のか? そなた、にもか?」

「うむ」


 そりゃお師さんなら分かるでしょう。

 なにせ、一年の大半をおっぱいのことだけ考えて過ごしているような生き物ですから。

 けれど、お師さんの口にした理解者的ポジションからの発言が、マザーさんの心を動かしている様子だ。

 きっと本心では、同族を処罰などしたくないと思っているに違いない。

 そう、マザーさんはきっと止めてほしいんだ。どんな理由でもいい、処分を下さずに済む理由を欲しているに違いない!


 なら、ここはお師さんの弟子であるボクが、華麗な援護射撃をするべき場面だろう!


「ボクも分かります、その気持ち!」

「口を開くな、エロオス! 塵芥と化してくれるぞ!?」

「扱いが雲泥!?」


 向けられる視線が、師匠と弟子でなぜこうまでも異なってしまうのか……

 イケメンと同じ事をしてドン引きされたモテナイメンの心境だ…………妬ましや、お師さん。


「シェ、シェフ……」


 世の理不尽を嘆いていると、アイナさんがボクに声をかけてきた。

 少し口籠もりながら、躊躇いがちに、そして少し伏し目がちに。


「シェフは、その……分かる……の、だろうか?」

「世の理不尽さですか? それはもう、切実に」

「い、いや。そうではなくて……その……」


 何かを言いたいのに言い出せない。

 そんなもどかしさに抗うように、アイナさんの口が開閉を繰り返し、時折「はぁ……」と息を吐いたり「くはぁ……」と息を吸い込んだりしている。


 少し、瞳が潤んでいる。


「シェフは……あの…………っ」


 呼吸が出来ないでいるような苦しさが表情に現れ、ボクは思わず「無理しなくていいんですよ」と言ってあげたくなった。


 けれど、アイナさんの瞳ははっきりと物語っている。

「話したい」と。

「聞きたい」と。


 だから、頑張るアイナさんを、ボクも頑張って見つめ続けた。

 急かすように鼓動を早める心臓を黙らせて、アイナさんの言葉を待った。


 そして、その時が訪れる――


「お、おっぱい!」


 ――おっぱい!?


「……あっ、これは女子が口にしてはいけない言葉だった。今のは忘れてほしい」


 いや無理ですよ、アイナさん!?


 一体アイナさんは、何が言いたいんだろう?


「あの、アイナさん。ゆっくりでいいので、アイナさんのタイミングで話してくださいね。ボク、ちゃんと聞きますから」

「……うん。ありがとう」


 そうして、ボクはアイナさんが再び口を開くのをじっと待った。






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