52話 ドラゴンの怒り -3-
マザーさんの声は透き通るような透明感を纏いながら、まるでドラゴンの咆哮かのような『凄み』を含んでいた。
「ドラゴンの男たちは、皆勇猛果敢で誇り高く、穢れなき心を持った者たちだった」
遠い過去を思うように、マザーさんがまぶたを閉じる。
そのまぶたが開かれた時、その瞳に映っていたのは――アイナさんだった。
「その者が現れるまではな!」
アイナさんを指差し、鬼のような形相で睨みつける。
積年の恨みを持つ、宿敵を見つけたような勢いで。
「その者の……あの、あり得ぬほどの、肥大化した悪魔の塊を見た、我が一族の男たちは……………………っ!」
ガリッと、マザーさんの牙が音を鳴らした。
歯を食い縛ったことで剥き出しになった牙は、どんな物でも噛み千切れそうなほどに鋭利で、恐ろしいまでに立派だった。
その牙が、アイナさんに向けて開かれる。
「皆、魂を蝕まれ、心を穢れに染められたのじゃ!」
えっと、それは要するに……
「みなさん、平たく言うところの…………おっぱい星人になったと?」
「あのような禍々しい物を信仰するなど、邪神崇拝に等しい! 地に堕ち果てたも同然!」
まさかの邪教認定……
ボクも邪教徒ということだろうか。
「……だが。そこまでは、まだ、許せたのだ……まだっ」
わなわなと、マザーさんの肩が震える。
そして、怒りが限度を超えて逆に静かになった表情で、平坦な声で、言う。
「地に堕ちた我が一族の男どもは……あろうことか、最愛の伴侶の、愛しき恋人の、愛すべき家族の、そして、神聖なるわたしの胸を見て――ため息を吐きおったのじゃ!」
「「「「ブー! ブ-!」」」」
マザーさんの後ろの女性たちが一斉にブーイングを始める。
す、すごい怨嗟だ……ドラゴンの男性たち、よほど露骨ながっかりフェイスをしたんだろうなぁ…………それも、みんなして。
「よって、我らは人間が信じられぬ!」
「それが理由でですか!?」
「高貴な魂をなくし地に堕ちた男どもも地下へと幽閉してやったわ!」
「それが理由でですか!?」
「終身刑じゃ!」
「何度もすみません、それが理由でですか!?」
どうも、話に聞いていたのとは少し違う理由で、ドラゴンと人間の間には深い溝が刻まれているようだ……アイナさんはそんなこと一言も…………あぁ、そうか。アイナさんは「そーゆー」視線に一切気が付いていなかったんですね。
だから、自覚なんかなかったんだ。
「一つ言っておくと、我ら誇り高きドラゴン族の慎ましい胸が世界基準であり、人間のメスの胸が浅ましくも肥大化しているだけであるからな! 病じゃ、あんなものは!」
ついには病認定ですか……
「に、人間にも、慎ましやかな女性はいます! ね、キッカさん!?」
「なんであたしに話を振ったのかな、タマちゃん? あとで七時間ほど話し合おうか?」
「キッカ、には、シンパシー、を、感じる」
「感じないでくれるかしら、グロリア!?」
「お揃いナの!」
「一緒なノ!」
「あんたらみたいな子供と一緒って時点で物凄く屈辱的なんだけど!?」
「……キッカは、いいな」
「羨むな! こっちこそが羨んで止まないわよ、剣姫!」
おかしい。
頭の切れるキッカさんに助力を頼んだつもりが、盛大にこじれてしまった。
ならば、やはりここはボクが――おっぱいは悪くないということを伝えなければ!
おっぱい親善大使のように!
「マザーさん! 大きな胸は病でも、悪魔の塊でも、まして罪でもありません!」
「わたしに反論するのか……人間のオス」
「反論ではなく、お願いです」
ボクはマザーさんを否定したいわけではない。
追い詰めたり、言い負かせたり、意見の押しつけをしたり、そういうことがしたいわけではない。
ただ、知ってほしい。
そもそも、女性の胸とは母性の象徴であり、子を育む母の愛に満ちたものなのだ。
あの丸い形状も、柔らかい感触も、慈しむような温かさも、どれもが愛に満ちている。
そこに罪などあるはずもない。
悪い物なはずがない。
だって、愛って、世界を救える唯一の希望じゃないですか。
愛があれば争いはなくなる。
愛があれば、世界は平和になる。
そんな愛が詰まったおっぱいは……おっぱいは…………!
「おっぱいは、最高です!」
「タマちゃん。一周回って、それ、ただの変態宣言だから」
そんなことないです!
おっぱいは愛に満ちたものです。
九割以上が愛で出来ています。
それはもう、『おっぱい=愛』と言っても過言ではなく、言い換えれば『愛=おっぱい』ということなんです!
つまり!
「パイ&ピース!」
「タマちゃん。それ、オッサンの発する最低のセクハラギャグだから」
「ラブ&おっぱい!」
「平和どこ行ったのよ?」
「ラブisおっぱい!」
「真面目な顔してよく言えるわね」
「I LOVE おっぱい!」
「おかえり、変態宣言」
そんな言葉と共にキッカさんの手がボクの顔面を覆い、親指と中指がこめかみに食い込む。
いだだだだだだっ!
すみませんすみません!
ちょっとテンション上がっちゃって、本音がダダ漏れになっちゃったみたいです。
最後の方、もうほとんど勢いでしゃべってました!
ごめんなさいって!
ごめーーん!




