52話 ドラゴンの怒り -1-
貧弱な木が生え微かに森のような雰囲気が漂い始めた道の先に、白亜の神殿があった。
丸い柱がいくつも建ち並び、静謐で厳かな雰囲気に包まれた気品あふれる佇まい。
とても神聖な領域、ドラゴンの神殿。
その中へと、ボクたちは入っていく。
てぃんぽぃんという足音と共に。
「ここから、先は、歩いて、ほしい」
グロリアさんが【ドア】から飛び降りる。
さすがに、室内へ【ドア】で入るのは失礼か。
ドラゴンの住処だけあって、中も相当な広さと天井高なのだけれど。
「じゃあ、ここら辺に貼りついててね」
【ドア】から出て、適当な柱に【ドア】を貼りつけておく。
お師さんは、そっとカウンターに置いておいた。……アレは危険なので連れて行かないことにする。女性、多いみたいだしね。
神殿の中を歩くこと五分。……結構遠かった……広いんだもんなぁ、神殿の中。
大きな祭壇の前へと、ボクたちはやって来た。
大理石のような、美しく白い石を積み上げた階段の上に、荘厳な祭壇が設けられている。
その祭壇に立つ、一人の美しい女性がボクたちに言葉をかけてくる。
「よく来たのじゃ。待っておったぞ」
透き通るような声は静かながらもよく通り、迫力に満ちていた。
長い緑の髪は地に着きそうなほどで、それでいてまったく傷んだ様子もなく絹のような光沢を持って輝いていた。
二十代の中頃かという、大人の女性らしい魅力に充ち満ちた容姿は思わず息を飲んでしまうほどに美しく、ボクは一瞬言葉を失ってしまった。
あれが、人化したマザー。
マザーの後方に、左右それぞれ十名ほどの女性が並び立っている。
まるで彫刻かのように美しく、微動だにしない。
神殿の空気も相俟って、この場所の厳かさたるや……ボク、完全に場違いですよね?
「楽にせよ」
と、言われましても……
「…………楽にせよ」
おぉっと、「楽にせよ」を強要されている……っ!?
「………………寝転がれ!」
「それは楽にし過ぎじゃないでしょうか!?」
あまりのことに思わず突っ込んでしまった。
その瞬間、マザーの後ろにいた二十名もの女性が一瞬のうちにボクを取り囲んでいた。
速いっ!
そして怖い!
だが――
「……シェフには、指一本触れさせない」
女性たちがボクを取り囲むよりも速く、アイナさんがボクの前に立ってくれて、ボクを守ってくれた。
なんて頼もしい背中なんだろうか。
「……アイナ…………」
女性たちがアイナさんを睨んで……一瞬視線を下げて……盛大に顔をしかめて舌打ちをした。
「「「「「ちっ!」」」」」
物凄い揃ってる!?
一体、なんだというのだろうか……
「アイナよ……」
「はい」
マザーに呼ばれ、アイナさんは大人しく返事をする。
「…………相変わらず、忌々しい娘じゃな、そなたは」
「…………申し訳ない」
なぜ謝るのか?
アイナさんは何も悪くない。
なのにいきなりそんな酷いことを言われて……
「アイナさんは悪くないですっ」
思わず、ボクは声を荒らげていた。
静かな神殿に声が響く。
「……ほぅ」
背筋が、ぞくりとした。
マザーが、ボクに向かって微笑みかけた。
とても冷たく、ぞっとするような冷笑を……
「やはり、人間という生き物は信用が出来んのぅ……その娘を庇うのであるからな」
ゆっくり、ゆっくりと……マザーが階段を降りてくる。
なんとなく……マザーが目の前に来た時が、ボクの死ぬ時かも……そんな恐怖にかられてしまった。
「その娘がこの里で何をしたのか、知りもしないのではないか? えぇ、人間よ」
アイナさんが、ドラゴンの里でしたこと……?
アイナさんを見るが、アイナさんはただ前を向いて唇を引き結んでいた。




