51話 ドラゴンの里 -2-
おかしな表現だが、素直にそう思った。
声音はとても穏やかで静かなのに、他のどの音よりも明確に、力強く、濃厚な存在感を持って、脳みそに直接刻みつけられた感じがした。
一瞬襲いかかってきた目眩を、頭を振ることで振り払い、ドアの外へと目を向ける。
すると、そこに一頭の美しいドラゴンが舞い降りてきた。
白銀の鱗に覆われた他の誰よりも大きなドラゴン。
光を反射して、眩い輝きを放つそのドラゴンは、気品と迫力に溢れていて、一目見ただけで圧倒されてしまった。
「マザー」
グロリアさんが呟く。
あれが、マザー……ドラゴンたちの、長。
「ど、どうしましょう。【ドア】から出ないと失礼ですよね?」
『ほぅ……』
グロリアさんに向けた言葉が、マザーの耳へと届いてしまったらしい。
すごく小声だったのに。
マザーが一歩前へと進み出てくる。
他のドラゴンは、何も言わずに後退し、場所を広く空ける。
ドアの中に並んで立つボクたちと、荒れた大地に雄大に立つマザー。
開け放たれたドアを挟んで向かい合う。
『一応、礼儀は心得ているようじゃな、人間のオスよ』
オ、オス……ですか。
まぁ、オスですけども。
『本来なら、すぐに出てきて地に這いつくばれと言いたいところじゃが……』
言って、ちらりとアイナさんを見やる。
すぐに視線を外し、鼻を鳴らした。
『ふん……まぁ、特別に許して遣わす。……無駄に大地を荒らされても困るしの』
人間が降り立てば、荒れた大地が一層荒れる……とでも言いたいらしい。
誇りが高いのか、ただ人間を見下しているだけなのか、今のところは判断が付かない。
『その奇妙な魔法の乗り物のままでよい。我が住処まで来るのじゃ。話を聞かせてもらおう』
『マザー、よろしいのですか?』
『こんな、人間のオスなどを神殿に……!』
『黙るのじゃ』
異議を申し立てようと前進したドラゴンたちが、マザーの一言で動きを止め、口を閉ざし、ゆっくりと後退した。
マザーの意見は絶対のようだ。
『グロリア』
「はい。マザー」
あのグロリアさんが素直に従う。
何かにつけて反発する、ちょっと奔放過ぎるあのグロリアさんが。
「……何か言ったか?」
「なにも、言ってないですよ? あはは……」
こちらへの敵意は減ってない。
微塵も、減っていない。
『その者たちを案内してやるのじゃ。わたしは先に行き、人化して待っておるでな』
「はい、マザー」
ボクたちの話を聞くために、人化して待っていてくれるらしい。
「マザー、の、人化、は、珍しいナの」
「滅多に、ない、ことなノ」
「それだけ歓迎してくれてるってこと、かしら?」
「……分からない」
チルミルちゃんとピックルちゃんの言葉を良く解釈すれば、キッカさんの言ったとおりなのだろうけれど……
アイナさんは、あまり楽観視していない様子だ。
マザーのことも、多少は知っているのだろう。表情が優れない。
「食料、不足は、深刻、だから」
硬い表情のアイナさんに、グロリアさんが言う。
「友好的、だと、思う」
グロリアさんは、食糧難を解決するために里を出たと言っていた。
そのグロリアさんが戻ってきたということは――それも、ドラゴンのみなさん曰く、魔力の塊だという【ドア】を引き連れて――食料不足を解決する糸口をボクたちが持っていると、判断されたのだろう。
実際、ある程度のことなら出来ると思う。
【ハンティング・フィールド】での狩りを協力してもらえれば、きっとお肉だってたくさん手に入るだろう。
ドラゴンは最強の生き物だし。
ただ、里に棲むドラゴン全員のお腹を満たすとなれば、消費する量も相当なものになる。
【歩くトラットリア】の魔力をとても酷使することになるかもしれない。
そうなった時、【歩くトラットリア】がどうなってしまうのか……ボクには想像が出来ない。
こんな時、お師さんがいてくれれば何か意見を聞けたのに……
そのお師さんは現在『とてもエロいから』という理由で麻の袋に閉じ込められてぐるぐる巻きにされている。
まったく、頼りにならないお師さんだ!
どうしてそんなにエロいんですか!?
こんな時までエロいなんて……節度を守ってください! エロにもルールはあるはずです!
「とにかく、行きましょう。ここにいても始まりませんし」
「行くナの!」
「一緒なノ!」
「…………一緒」
ピックルちゃんの言葉を、アイナさんが反芻する。
一緒。
それは、ボクとアイナさんが交わした言葉。
ふと、視線がぶつかる。
…………てれてれ。
「う、うむ。行こう、い、……一緒に」
「ん? なに照れてるの、剣姫?」
「い、いや、別に、なにも……」
俯いて前髪を弄るアイナさん。
そんな姿に、ボクの顔の温度がぐんぐん上昇していく。
えっと……もしかして、意識、してくれてるんですか? ボクを?
「……えへへ」
「おにーさん」
「おにーちゃん」
照れ笑いを浮かべるボクの顔を、チルミルちゃんとピックルちゃんが覗き込んでくる。
「エロそうな顔、ダメナの!」
「エロ顔、死ぬなノ!」
「そんな顔してないですよ!?」
これはもっと純粋な、ピュアなときめきの表れた顔ですよ!
エロさとは対極にある顔です!
「タマちゃん…………死なないでね?」
「大丈夫ですよ! …………たぶん」
そういえば、ボク自身はそんなつもりが微塵もないのに、エロ認定される事案がいくつかあったような…………誤審が下らないことを祈ろう。
そして、ボクたちはグロリアさんに案内されて、里のさらに奥へと入っていった。




