49話 ののしり -3-
「お~い。基本全裸ちゃんが俯いてしもぅたから、【ドア】が立ち止まってしもぅとるぞぃ」
食事の間も、ドアを開けてグロリアさんが里の方向を【ドア】に指示していた。
が、現在グロリアさんは帽子に顔を隠して「むきゅむきゅ」と鳴いている。
それもこれも、すべてお師さんのせいだというのに、何を他人事のような物言いで語ってんだ、あのカエルは。
「お師さん。ドアのそばは危ないですから、『絶対』落ちないでくださいね。『絶対』ですからね」
「ボーヤや。本心がダダ漏れておるのじゃ。少しは隠せ隠せ」
笑いを理解していないお師さんは、決してドアの方へと近付かなかった。
マジKY。
「もう結構近くまで来てるって、グロリアが言ってたんだけどさ」
ウサ耳を揺らして、キッカさんがカエルに尋ねる。
「お腹すかせてる人がいると、お腹の虫が鳴くんじゃないの?」
「うむ。お腹をすかせている『人』がおったらの」
そう。
この【歩くトラットリア】は、『人』が生み出したお店なのだ。
先代オーナーは、いわゆる人間族に属する人だったので、同種族である人間族、世の中一般的に言われる『人』にしか反応しないのだ。
魔獣や魔族、獣人やドラゴンがお腹をすかせていても、【歩くトラットリア】のお腹の虫は鳴かない。
「異種族を一ヶ所に集めると、争いが起きかねんからのぅ。どこかで線引きが必要じゃったんじゃ」
「それが、種族……ってわけね。まぁ、納得出来るけどさ」
ドラゴンであるグロリアさんが弾かれた。
そんな気がしたのか、キッカさんは少し不満そうな表情を見せた。
「でも、どんな種族の方でも、ここへ来れば同じ『お客様』として、ボクは迎え入れるつもりですよ」
「異種族間の諍いは?」
「美味しい物を食べている時に、人は闘争本能をかき立てたりしませんよ、きっと」
「ご飯食べてるグロリアに、何回か暴言吐かれてたじゃない」
「アレは……ほら、一種のスキンシップの形……みたいな?」
懸命に説明するも、空回っている感がハンパない。
確かに、顔を見るだけで殺し合いを始める種族もいるにはいる。
このお店の中では、破壊行為や暴力行為は出来ない。けれど、表に出られてしまうと、ボクには何も出来ないし、そうする権利がない。
ここに来たことが原因で誰かが死ぬ……そんなことは、御免被りたい。
「じゃあまぁ、『人』にしか反応しないお腹の虫も、理に適っているってわけね」
「ある意味ではのぅ。じゃが、見過ごされてしまう者がいることも事実じゃ」
そして、カエルの大きな瞳がボクを見る。
「出会いはすべて運命によって決められておるからの。出会えた者は幸運じゃったと言えるじゃろうの」
何かを含んだような言葉。
ボクは幸せ者だと、言いたいのだろう。
お師さんに、そしてこの【歩くトラットリア】に出会えたボクは、そこでアイナさんやキッカさん、グロリアさんと出会えた。
うん。確かに幸運だ。この上もないほどに。
「じゃから、感謝くらいしてもいーんじゃぞ。ボーヤよ」
「日頃の行いが、もう少しだけでもまともになれば、感謝もしやすいんですけどね」
満面の笑みで返しておく。
感謝はしていますよ。
同時に軽蔑したりもするのですが。まぁ、そこは身から出た錆。しょうがないと諦めてもらいましょう。
それよりも、グロリアさんの顔を上げさせなければ。いつまで経っても里へは着けない。
いまだにむぁむぁ悶えているグロリアさんに、そっと声をかける。
「あの、グロリアさん」
「うひゃぁぁああああっ!?」
予想以上のリアクションで、びっくりするくらいに驚かれてしまった。
「ひ、人が、視界を、遮っている、時に、不用意に、近付く、な! ふ、ふら、ふらちっ、ふらちん!」
どっかのゆるキャラみたいになってますよ。
不埒なゆるキャラ『ふらちん』。……絶対人気出ませんけど。
「あぁ……また、罵って、しまった…………」
果たして、『ふらちん』は罵声に当たるのだろうか。
「……また、惚れられた………………」
いや、それは誤解なのですが。
「こんなにも、一人の、男子に、慕われ、た、のは………………はじ、めて…………」
ゆっくりと、グロリアさんの顔がこちらへと向いて――
「むきゅぅっ!」
締めつけるような悲鳴と共に、グロリアさんが身を縮める。
心臓を押さえ、背を丸め、喘ぐように口を震わせる。
俯いて、しばし震え、勢いよく顔を上げたかと思えば、ぐっと歯を食いしばってボクを睨む。
一瞬泣きそうな感じで眉尻が下がり、それをぐぐっと持ち上げる。
懸命に、逃げ出さないように、目の前の敵(ボク)を睨みつける。
そして、いつものように暴言を――
「あ……ぅ、あの……お前、なんか……あの……その………………なんか、変な木の実みたいな、味に、なれっ!」
吐ききれなかった!?
グロリアさんの暴言が一気にレベルダウンした!?
「ど、どうしたんですかグロリアさん!? まさか、口に合わない食べ物があって、それで気分でも悪くなりましたか!?」
「むぁぁああ! ちか、近寄る、なぁ! あっち、あっち向けぇぇ!」
「あっち行けではなく!?」
「む、向いてろぉぉおお!」
強引にアゴを押され、ボクの顔はドアの方向へと向く。
すると、ドアの向こうに……
「あ……っ」
小さなドラゴンがいた。
背丈は、アイナさんと同じくらいの、小さなドラゴン。
そんな可愛らしいドラゴンが二頭、ドアの向こうから店内を覗き込んでいた。
「着いたみたいですね」
ボクの言葉に、全員の目がドアの向こうへと向けられる。
『ぐぁあ!』
視線が合うと、二頭のドラゴンが揃って声を上げた。
威嚇なのか、歓迎なのか。
その声は、とても頼りない、ちょっと舌っ足らずな、可愛い声だった。




