49話 ののしり -2-
断っておきますが、ボクはののしられることに快感を見出すような人種でもなければ、それがきっかけで女性に恋するようなこともありません。
そんな誤解は早急に解かなければいかない。
とにかく、会話を!
「あ、あの、グロリアさん……」
「みぁぁああ! ナンパ、するな!」
「いえ、ナンパではなくて……」
「じゃあ、真剣交際、か!?」
「そうじゃなくて!」
「どっちでもない!? 二枚舌、だ! 信用、ならない、悪い男、だ! ジゴロめ、わたし、の、心を、かどわかす、なぁぁああ!」
大きな帽子を引っ張り、顔をすっぽりと覆い隠してしまったグロリアさん。
くぐもった声で、何かぶつぶつ言っている。
「……知らない、もん……恋とか、まだ、知らない、もん……好き、に、なられ、ても、困る……もん…………なぁぁああ!」
悶えていらっしゃる。
「……お師さんのせいですからね?」
「罪作りな男じゃのぅ」
「いや、完全無欠にお師さんの責任ですからね?」
「若いのぅ~」
「聞けよ、カエル」
帽子で顔を覆い、「むぁああ、なぁああ、にゃぁああ」と奇妙な鳴き声を上げ続けるグロリアさん。
……これ、ボクは悪くない……ですよね?
「あ~ぁ…………タマちゃん」
「なんでキッカさんは、常に面白そうな方に乗ろうとするんですか?」
「くすくす」じゃないですよ、まったく。
人の気も知らないで。
「シェフ……」
アイナさんが少し戸惑ったような、それでいて切実な表情でボクを呼ぶ。
そして……
「カ、カボチャっ」
必死に捻り出して、その直後に泣きそうな顔をする。
……えっと、なんだろう?
「剣姫さぁ……罵るなら罵るで、もっと分かりやすい言葉なかったの」
「し、しかし……悪いところが、思い浮かばなくて……」
「あっ、罵ろうとしたんですか、今!?」
「す、すまない……怒った、だろうか?」
「い、いえ、まったく」
「そ、そうか……ほっ」
安堵の息を漏らし、そしてハッと顔を上げる。
「違う、そうではなくて、シェフの悪口を……悪…………思い、つかない……っ!」
えっと、これは……ボクを喜ばせようとしている……ん、ですかね?
「しょうがないなぁ。じゃああたしがとっておきの一言を教えてあげるわよ」
「おぉ、助かる!」
キッカさんが手招きをして、アイナさんが嬉しそうに耳を出して、そして耳打ち、内緒話……
なんでそんなに活き活きしているんですか二人して。
耳打ちをされて、何かを納得したようにうんうんと頷くアイナさん。
チラッとボクを見ては、少しだけ不安そうな顔をしつつも、何かを決心したかのような顔で大きく一度頷いた。
……なんの決心ですか、それは。
「あの、アイナさん。ボクはそもそも、罵られて喜ぶ趣味を持ち合わせては……」
「しぇ、シェフの………………えっち」
ズギュゥゥゥゥゥゥンッ!
「ありがとうございますっ!」
思わずお礼言っちゃったよ!?
なに、そのムズきゅんワード!?
あぁぁあああぁあぁぁぁああっ、胸の奥がムズムズきゅんきゅんする!
「……本当に、喜んでいる」
「うん……本当に喜んじゃってるね…………ドン引きだわ」
「キッカは、シェフを喜ばせる天才だ」
「ごめん、剣姫。それ、一切嬉しくない」
アイナさんの送る称賛の拍手を、嫌そうな顔で払いのけるキッカさん。
確かに、これがキッカさんの入れ知恵なのだとしたら……グッジョブです、キッカさん!
ボクは心の中でキッカさんに一世一代の『グッジョブ』を捧げて床へと倒れ伏した。
今、目を閉じれば、きっと最高の夢を見られるだろう。
そんな確信を胸に抱いて。
「そんなとこで寝ちゃダメよ、タマちゃん?」
分かってますとも。
寝ませんとも。
それくらいの気持ちで、ということです。




